歴史から考える香港の米ドルペッグ制

現在、香港ドルは、対米ドルで1米ドル=7.75〜7.85香港ドルを許容変動範囲内とする「ドルペッグ制」が採用されています。このため、米ドル以外の通貨に対して、香港ドル相場は基本的に対米ドル相場の動きと連動することになります。米ドル・円相場で円高が進めば、香港ドルでも円高が進み、米ドルに対して円安となれば、香港ドルも円安に動くという仕組みです。これは人民元でも、ユーロでも、変わりはありません。

ドルペッグ制採用の背景

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香港のドルペッグ制の開始はいまから36年前にさかのぼります。

1982年9月にサッチャー英首相が北京を訪問し、英中交渉が開始されました。サッチャー首相に対し、中国側の交渉相手となった鄧小平は、「港人治港」を要求して、香港の返還を強く要求しました。時には、イギリスが交渉に応じない場合、武力行使や香港への水の供給を停止するなど実力行使も示唆する厳しい交渉だったと言われています。

当初イギリス側は租借地であり、租借期間が終了する新界のみの返還を検討していました。香港島や九龍半島は、イギリスの永久領土で返還する必要も期限もなかったのですが、鄧小平の猛烈な交渉姿勢の前に、サッチャー首相が最終的に折れた恰好となりました。

この交渉過程で、香港の先行きに対する見方は揺れ動きました。時には失望感が拡大し、1983年9月24日には香港ドルが売り浴びせられ急落する「ブラック・サタデー(暗黒の土曜日)」が起こりました。その時は、香港ドルの下落が激しすぎて、街の小売店やレストランでさえ、米ドルでの支払いを求められるほどだったということです。

この状況を打開するため、香港政庁は1983年10月17日、香港ドル相場を1米ドル=7.8香港ドルで連動させることを発表しました。これが今に続くドルペッグ制の始まりです。

香港のドルペッグ制の特徴

香港のドルペッグ制は、実は「カレンシーボード制」という制度と表裏一体となっています。これは、香港ドルの貨幣発行量に見合う米ドルを香港の中央銀行(香港金融管理局)が保有することで、米ドルの裏付けによって香港ドルの信用を保証するという政策です。

香港では、貨幣の発券業務(10香港ドルの紙幣以外)は、民間3行(香港上海銀行、スタンダードチャータード銀行、中国銀行)が、香港金融管理局に代わって担う特殊な仕組みになっています。流通する紙幣を見ると同じ額面でも3種類あり、違いに面食らった方もいらっしゃると思います。

紙幣を発券した銀行は、香港ドル紙幣を発券するたびに紙幣の額面分だけ、米ドルを香港金融管理局に納めなくてはなりません。香港金融管理局は、発券銀行が納めた米ドルを政府の資産として管理・運用しますので、紙幣として発券された香港ドルは、政府の米ドル資産によって保証されているということになります。

また、香港ドルと米ドルの交換価値も安定することになり、相場のペッグ制が維持しやすくなるという仕組みです。おかげで、1997年のアジア通貨危機をはじめ、為替相場が激変するような事態が発生しても、香港ドルが危機に巻き込まれなかったとも言えます。

金融政策への影響

ただ、為替相場は安定するものの、金融政策では香港は米国に振り回されることになります。同じように経済が拡大していれば問題はないのですが、同じペースで金利を上げ下げしていくことは、なかなか難しい面があります。つまり、金融政策の自由度が事実上ないということです。

米国が利下げ(金融緩和)をすれば、香港も金利を引き下げ、米国が利上げ(金融引き締め)に転じれば、香港もそれに追随するしか選択肢はありません。香港の政策金利は米国と連動せざるを得ないのです。

もし、米国が利上げを実施した際に香港が追随せず金利を据え置くと、金利の高い米ドルが買われて、許容レンジの上限に近づくでしょう。結局、香港政府はペッグ制を維持するために、追随して金利を引き上げ、香港ドルの買い戻しを促さざるを得なくなります。

反対に、米国が利下げして、香港が金利を据え置けば、香港ドルは米ドルに対して買われるでしょう。しかも、香港ドル高は輸出競争力を削ぎ、自由貿易港である香港の経済にとってはプラスにはなりません。結局は、香港も利下げをして、香港ドル買い圧力を打ち消すしかないのです。

たとえば、昨年は米FRBが米国経済の堅調さを受けて年4回も利上げを実施しましたが、年間を通して、米ドルが香港ドルに対して買われやすくなり、香港金融管理局は、たびたび香港ドル買い介入を実施して、レンジの上限に張り付いた米ドルを売り浴びせ、ペッグ制のレンジを維持しました。

今後、変化はあるのか?

香港経済が中国の影響をより受けるようになってきたことを理由に、香港ドルも人民元に連動してはどうかとか、通貨バスケット方式を採用してはどうかとの意見も一部には出ています。しかし、人民元はまだ変動相場制にも移行していない通貨ですし、香港経済への米国経済の影響も少なからずあります。

香港政府は、現行ペッグ制を堅持することをたびたび表明していますが、前回書いたとおり、米国が香港政策法に基づき、通商・経済に関して香港を完全な自治がある別地域として扱っている間は、この制度が変わることは想定しないでよいのではないかと考えています。

参考記事

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長谷川 建一
  • 長谷川 建一
  • ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク
  • 取締役兼CIO (Chief Investment Officer)

京都大学卒、MBA(神戸大学)。 シティバンクグループ日本及びニューヨーク本店にて資金証券部門の要職を歴任後、2000年にシティバンク日本のリテール部門で商品開発や市場営業部門のヘッドに就任。2002年にシティグループ・プライベートバンクのマーケティング部門ヘッドに就任。
2004年末、東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)に移り、リテール部門マーケティング責任者として活躍。2009年からは国際部門でアジア・リテール戦略を担い、2010年は香港にてBTMUウエルスマネージメント事業の立ち上げに従事。
2013年よりNippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク)にてCOOに就き、2017年3月よりCIOを務める。