こうした時に多くの男性が、「逆差別だ」「冤罪を助長する」と怒りをあらわにしている光景を何度も目にしてきました。このように男女が互いに糾弾し合うだけになると、次から次へと怒りの矛先探しに躍起になってしまい、痴漢撲滅という本来の目的を見失いがちになります。

そもそも安全ピンという対策法に共感していた女性が多いのは、電車内で痴漢に遭った際には大声を出したり助けを求めたりすることが非常に困難だからです。先述の通り「関わりたくない」という男性も多い現状。痴漢をされたときに勇気を出して隣の男性に小声で助けを求めたら、「自分に言われても困る」と返された、という被害者女性の声もあります。

痴漢の被害に遭いたくない、痴漢を撲滅したいと考える女性にとっては、痴漢行為を行う男性だけでなく、痴漢行為はしないけれども「痴漢は仕方ない」と無関心を決め込む男性という2つの障壁が存在してしまっているのです。

痴漢対策以外のアプローチからも痴漢撲滅の可能性を

今のように痴漢対策議論が白熱していることは、痴漢行為を行う人に対するアラートという一定の効果を持つかもしれません。しかし安全ピンもハンコも、対症療法に過ぎないでしょう。

一方、痴漢を巡る問題の根本的解決策として「満員電車の解消」があります。しかし現実的に、都心の満員電車が解消される日はいつ訪れるのでしょうか。また電車が混んでいようが混んでいまいが痴漢をしない人はしないのであって、社会や痴漢行為をする人の思考が変わらなければ意味がないのではないかとも思います。

最近では、痴漢行為の中には反復性のある精神疾患がある場合も指摘されています。覚せい剤のように「痴漢をやめたくてもやめられない」という依存症に陥っている人に対しては、適切な治療が必要になってきます。そして、そのような依存症には誰しもが突然陥ってしまう可能性を持っています。

もちろん「病気なら何やってもいいのか」という意見もありますし、病気か否かの判断も非常に難しいでしょう。しかし、「そもそも痴漢をする人の思考や心理状態はどうなっているのか」「自分も被害者になるかもしれないし、加害者になるかもしれない」という認識を広げることで、見えてくる光もあるはずです。

痴漢に対して無関心でいることや「仕方ない」と見なす異常さに気付き、多角的なアプローチからより現実的な解決方法を探る。痴漢被害や冤罪をなくすために必要なことは、痴漢そのものを撲滅させること。男女の対立構造で語られがちだった痴漢問題は、いま、男女問わずすべての人が当事者意識を持って真剣に考えるタイミングに来ているのではないでしょうか。

秋山 悠紀