仕事でも日常生活でも、「数学、苦手なんだよな……」「学生のときにもうちょい真面目に数学をやっときゃよかった……」と感じる人は多いのではないだろうか。しかし、発売1カ月半で6万部を突破した『東大の先生! 文系の私に超わかりやすく数学を教えてください!』の著者で、東京大学教授の西成活裕氏は、「生活レベルで求められる数学的思考は、中学数学で十分に養われます。そして、その中学数学なら、たった数時間で攻略できます」と話す。
応用数学のエキスパートである西成教授は、数学をベースにした「渋滞学」など最先端の研究を進めているかたわら、小学生や主婦にも「微積分」の概念をわかりやすく教える活動を行っている。同書には「R16指定」「中学数学が5~6時間で終わってしまう『禁断の書』」など刺激的なキャッチコピーが並んでいるが、本当に数時間で攻略できるのか……? 西成教授にその方法を聞いた。
多くの「文系人間」が数学で挫折する理由
「数学が苦手なので文系を選んで、今でも数学コンプレックスを抱えている」「数学アレルギーをこじらせて、今まで数学をできるだけ避けてきた」……こう聞いて「えっ、それって私のこと!?」と思った人も少なくないのではないでしょうか。
私自身は、その数学を駆使して、東京大学で先端科学技術を研究している、いわゆる「理系」の人間なのですが、正直なところ、文系のみなさんが数学で挫折してしまうのもムリはないと思っています。
その理由は単純明快。ズバリ、「ゴールが見えないから」なのです。
これは、料理で考えてみればよく分かると思います。たとえば「じゃがいもと人参、玉ねぎを乱切りにして」「牛肉を炒めて」「水を入れて煮込んで」「味付けして」……と工程だけをそのつど指示されて料理をつくっていても、いったい何ができ上がるのか、つくっている本人も最後まで分かりません。
それよりも、まず「肉じゃがをつくる」のか、「カレーをつくる」のか、といったゴールを明確に教えてもらえれば、つくっていく工程にも見通しがつけやすいですよね〈別図版1参照〉。
ゴールが見えれば実は簡単
数学もこれとまったく同じ。「ゴールを知って、そこから逆算すること」こそがベストなのです。
ですが、今の学校教育では、そのような教え方になっていません。生徒たちは、「なんのためにこの課題をやらされているのか」が分からなければ、不安で混乱しますし、意義も見出せないからつまらない。これが数学嫌いを生み出しているメカニズムなのです。
この「数学におけるゴール」がまず明確に提示されれば、数学はグッと簡単に感じられるようになります。
次に、「数学アレルギー」のみなさんのアレルギーを治すべく、数学は実は「びっくりするほど単純」だとわかる考え方をお伝えしましょう。
数学は3体の「ラスボス」を倒せばおしまい
数学というと、「負の数」「平方根」「分配法則」「平行移動」「反比例」「相似比」……などなど、なんだか覚える項目が複雑で、数えきれないほどあるように思えます。ですが、これらはたった「3つの領域」に分けることができるのです。
・代数(algebra アルジェブラ)=数・式
・解析(analysis アナリシス)=グラフ
・図形(geometry ジオメトリー)=図
「代数」は数や式を扱うもの。「解析」はx軸とy軸があって、そこに曲線が描かれて……といった領域で、簡単に言えばグラフの世界。中学では「関数」と習います。そして最後の「図形」はその名の通り図のことです。
小学校だとこの3つの分野の境目がはっきりしませんが、中学校くらいから何となく境界が見え始めてきて、高校になるときっちり分かれてくる、という感じです。大学の数学は、これらをもっと細かく複雑にしただけです。
文系のみなさんは、中学数学レベルをマスターすれば、まずはOKだと思います。生活レベルで求められる数学的思考は中学数学で十分養われますし、私のような専門家でも、ふだん仕事で使うのは中学数学レベルのことが多いですから。
先ほどの分類に戻って見てみると、中学数学で到達すべきゴールは明確にあります。
「代数」は、「二次方程式」がゴール。
「解析」は、「二次関数」がゴール。
「図形」は、「ピタゴラスの定理と円周角と相似」がゴールです〈別図版2参照〉。
簡単に言えば、数学というのは、一種のゲームです。謎解きゲームのように徐々にアイテムを集めていき、「ラスボス」を倒すことがゴールとなります。つまり、上記の3体の「ラスボス」を倒せば、数学はおしまいなんです。
たとえば、数学の基本である「中学校の数学」での最終ゴールは「二次方程式」だけです。「平方根」も「負の数」も、「分配法則」も、このボスキャラを倒すために必要な「アイテム集め」にすぎないのです。
教科書の5分の4はカットできる!?
私としては、中学3年間の教科書の内容は、5分の4はカットできるのではないかと思っています。現在の教科書の内容は、ひたすら類似問題を解くのに時間を費やしているだけで、ムダが多いと言わざるを得ません。ただのアイテム集めなのに、練習問題を延々と解かせるうえ、やたらと例外的な問題を出している。実際、そうした例外なんて、毎日数学を扱っている私ですら2年に1回くらいしか出合いません。
それらを省き、大切なポイントだけをギュッと凝縮して学べば、中学3年分の数学は、たったの5~6時間でサクッと理解することができます。どうでしょう、数学は意外と単純なものだと思えてきたのではないでしょうか〈別図版3参照〉。
ちなみに、あと数年で、中学校と高校の教科書が「現実社会に応用できる数学」に変わります。実は私も、「数学の教科書を変えよう!」という点で言い出しっぺの一人なのですが、この次世代の教科書作りに参加していますので、さらに数学が簡単で面白いものだということが伝わる教科書になるよう、尽力していきたいと思っています。
日常生活や仕事でも大いに役立つ
先ほども少し触れましたが、生活レベルで求められる数学的思考は、中学数学で十分養われます。
そして実際に私も、メーカーの開発者の方と打ち合わせをする際、議論で使うのは中学生レベルの数学だけということも多いもの。「こんな感じでしょうか」とフワッとしたグラフを紙に書き出して、「よし、これで行こう」となったときに初めてきちんと計算します。ただ、そのとき使うのも二次関数くらいです。
二次方程式を使って立てた式で、特許申請中のものもあります。この二次方程式を使えば、車の燃費がものすごくよくなって、地球環境に優しい社会がつくれるのです。地球環境レベルの問題も、実は二次方程式で解決できるということになります。
「代数」「解析」「図形」がわかると……
これは、別の言い方をすれば、「中学数学をきちんとやれば、かなり使える武器を手に入れられる」ということ。
最終的に、先述した「代数」「解析」「図形」の3つが分かれば、だいたいどんな研究でも始められます。もちろん、数学を使う専門家ではない職業の人なら、中学数学は、最も身近な、仕事やあらゆる生活のシーンに役立つ武器となるでしょう。
中学数学を、ポイントを絞って超短時間で学び直し、数学の感覚を身につければ、高校数学の学び直しも簡単にできます。これまで数学を避けてきた人も、ぜひ「大人の学び直し」として中学数学にもう一度取り組んでみてください。きっと、人生がワンランクアップするに違いありません。
■ 西成活裕(にしなり・かつひろ)
東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は数理物理学、渋滞学。1967年東京都生まれ。東京大学工学部卒業、同大大学院工学研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。ドイツのケルン大学理論物理学研究所などを経て現職。予備校講師のアルバイトをしていた経験から「わかりやすく教えること」を得意とし、中高生から主婦まで幅広い層に数学や物理を教え、小学生にも微積分の概念を理解させた実績を持つ。著書『渋滞学』(新潮社)で講談社科学出版賞などを受賞したほか、『とんでもなく役に立つ数学』(KADOKAWA)、『東大人気教授が教える 思考体力を鍛える』(あさ出版)など著書多数。
西成氏の著書:
『東大の先生! 文系の私に超わかりやすく数学を教えてください!』
西成 活裕