「いじめ」という軽い言葉で片付けてもいいのか…。信じられないような酷い「いじめ」の内容をテレビや雑誌で目にするたびに親として胸が痛みます。また、いじめを苦に悲しい結末を選んでしまった子どもたちのことを思うと、言葉に詰まります。

「いじめ」が心に与える傷とは何か。今回はいじめられた経験のある方のお話をご紹介します。

いじめたほうは「他人事」

いじめを受けた側は、今後の人生に影響を及ぼしてしまう深い深い傷を心に負います。では、いじめたほうはどうなのでしょうか。

自分が行った愚かな行為を恥じ、悔いて残りの人生を償いのために生きていくのでしょうか。そこまで行かずとも、折りに触れそのことを思い出し、胸を痛め、後悔の念にかられるのでしょうか。

残念ながら答えは「NO」です。

いじめを行った大半の人は、そんなことなど忘却の彼方。もしかしたらテレビのニュースを見るたびに、自分のことを棚にあげて「こんな酷いことをするなんて許せない」と憤っているかもしれません。

3歳の子どもを持つ専業主婦のAさん(38歳)がこんな呆れたエピソードを語ってくれました。

「私は中学を卒業するまで、学校の中心的グループにいじめの標的にされていました。最初は無視から始まり、廊下ですれ違うと聞えよがしにクスクスと笑う。『ダサっ』『なんかクサクない?』などと通りすがりに声をかけてくる。幸い私には他に仲良くしてくれる友達がいたので、かろうじて学校には登校できていました。でも、その子たちも報復が怖いので、いじめをやめるよう訴えることはありませんでした。それは仕方ないですよね。反抗したらターゲットが自分になるかもしれないのですから」

Aさんはときおり声を震わせながら続けます。

「いじめはエスカレートしました。『玉ねぎごっこ』と称してスカートをめくられて、頭の上で結ばれたり、昼休みに私にバレーボールを当てるゲームをしたり。そのグループのリーダーが、私にお金を要求するようになりました。最初は数百円。だんだん額が上がり、千円単位のお金を要求されたとき、私は母に相談し、担任に訴えました。でも、担任は『話し合いをしましょう』で終わり。担任の前ではその子たちは謝るのですが、先生のいないところで『チクリ』『ウザイ』と言ってくるようになりました。私の好きな子を誰かから聞いて、休み時間に大声で『あいつ、○○のこと好きらしいよ。身の程知らず!』と笑われたことも。私の中学時代は地獄でした」

その後は平和な日々を送っていたAさんに、一通の封書が届きました。

「同窓会の案内でした。幹事はいじめグループのリーダー。『楽しいことがいっぱいだった中学時代を思い出してみませんか? 懐かしい皆さんにぜひお会いしたいです』という文面に殺意を覚えました。私は楽しいことなんて何もなかった。私の時間をむちゃくちゃに壊しておいて、今さら懐かしいだなんて…。今でも彼女のことは許せません」

理不尽だけどこれが現実。

いじめをしたほうは、自分の行った醜い行為など都合よく忘れて、「あのときは楽しかった」などとノスタルジーにひたっているのです。

付きまとう不安…いじめは終わっていない