最近、人手不足倒産が増えているが、これは良いことだ、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は主張します。
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倒産は悲惨です。経営者も労働者も銀行も痛手を被ります。そうした当事者にとって「良い倒産」などあり得ませんが、日本経済を全体として見た場合には、そうした倒産は「良い倒産」なのだ、というのが筆者の趣旨です。決して経営者や銀行を批判したり、まして他人の不幸は蜜の味だ、と言ったりしているわけではありませんので、ご理解を賜れれば幸いです。
まずは労働力不足を祝おう
不足というのは、ネガティブな語感のある言葉なので、何か悪いことが起きているように思いますが、労働力不足というのは景気が良い時に発生する現象ですから、まずは労働力不足になるほど景気が良いということを素直に喜びましょう。
それから、労働力不足というのは経営者にとって困ることでも、労働者にとってはありがたいことですし、日本経済にとっても素晴らしいことなのです。なんといっても、バブル崩壊後の長期低迷期の日本経済にとって、最大の問題は失業が多いことだったわけですから、失業問題が解決したことを素直に喜びましょう。
労働力不足が倒産の悲惨さを緩和
労働力不足の時に企業が倒産すると、労働者は一時的に失業しますが、遠からず新しい仕事にありつけるでしょうから、不況時の倒産に比べれば、遥かにマシです。
銀行にとっては、借り手の倒産は貸し倒れ損失に直結しますから、悲惨には違いありませんが、労働力不足になるほど景気が良い時には、不況型倒産が激減しているはずですから、銀行全体として見れば借り手の倒産による被害はそれほど大きくないはずです。
それから一般論としては、景気が良い時には銀行貸出が増加し、しかも資金需要が強いために厚い利ざやが確保できる場合が多いので、倒産に伴う貸し倒れは容易にカバーできるはずなのです。もっとも、昨今の銀行は好況でも貸出が伸びず、利ざやも縮小していて、通常の好況時とは様相が異なっていますが。
経営者にとっては、倒産はいつでも悲惨です。もっとも、リーマンショックのような不況による倒産や、親会社の倒産に伴う連鎖倒産などと異なり、労働力不足倒産は経営者が競争に負けたことによる倒産ですから、ある程度は「自己責任」と言えるでしょう。ライバルよりも稼いでライバルよりも高い給料を払うことができていれば、労働力が確保できて倒産せずに済んだはずですから。
日本経済が労働力を有効利用できるようになる
労働力不足で倒産した企業は、「労働力を有効に活用して利益を稼いで高い給料を払う」ことができていなかった企業です。そうした企業が倒産して労働者が失業すると、失業者は別の企業に雇われることになりますが、雇われる先の企業は労働力を有効に活用して高い給料を払うことができる企業です。
つまり、勤務先の倒産で転職した労働者は、労働力を有効活用できない会社からできる会社に移動したことになります。これは、日本経済全体として見ると、労働力が有効利用できるようになったということです。これは素晴らしいことです。
中には「業界が過当競争を繰り広げているので、どの会社も労働力を有効活用できていたのだが、どこかが潰れるまで安売り競争が止まらなかった」といった場合もあるでしょう。そうした場合であっても、1社が倒産することで同業他社が無用な安売り競争で体力をすり減らすことがなくなったのだとすれば、当事者には申し訳ないことですが、日本経済にはプラスであったと前向きに評価しましょう。
倒産より穏当な労働力移動が望ましいが
労働力不足倒産が増えていると言っても、数はそれほど多くありません。その陰で、廃業や合併、会社の身売りなどが多数行われているのでしょう。これも、素晴らしいことです。
会社が倒産すると、経営者が悲惨なばかりではなく、会社が持っている様々なノウハウや顧客の信用といった「バランスシートに載っていない財産」が雲散霧消してしまいます。そうしたものが別会社にうまく引き継がれて有効に利用されるならば、日本経済にとっての損失が防げます。
また、倒産すると、まだ使える機械設備がスクラップ業者に二束三文で買いたたかれたりします。これも大変にもったいないことですから、どこかの企業が引き取ってくれれば日本経済の損失が防げるでしょう。
経営者にしてみれば、会社が生き残る望みが少しでも残っているならば、身売りなどせずに最後の最後まで努力を続けたいという気持ちもあるのでしょうが、倒産の手前で諦めて身売りをすることで、自らも悲惨な破産を免れることができ、日本経済にとっても無用な損失を避けることができるのですから、ぜひとも冷静な判断を期待したいところです。
なお、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。
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塚崎 公義