投信1編集部による本記事の注目点
- 2017年度の営業利益予想を大幅に下方修正した村田製作所は今、新たに立ち上げた事業「メトロサーク」に苦しめられています。
- メトロサークとは、LCP(液晶ポリマー)を用いた樹脂多層基板で、村田が現在力を入れている事業の1つです。
- 同じLCPベースのフレキ基板を供給する競合メーカーには、台湾FPCメーカー大手のCareer Technology/米Amphenolの連合軍があります。
*****
2017年度上期(4~9月)決算で、半導体・電子部品メーカーの業績は総じて堅調なものであった。中国スマートフォン(スマホ)の回復が遅れていることで、一部で需要が低迷した分野もあったが、メモリーを筆頭に半導体は空前の好景気に沸いた。電子部品は中国スマホの調整を受けたが、Appleの新機種需要や車載・IoTといった新市場の台頭に支えられ、好決算が目立った。
ただ、大手メーカーのなかで厳しい決算となった企業がある。村田製作所だ。17年度の営業利益予想を大幅に下方修正するなど、「村田らしくない」ともいえる内容だった。同社は今、新たに立ち上げた事業「メトロサーク」に苦しめられている。メトロサークに何が起こったのか。難所に挑む村田製作所を追った。
メトロサークとは?
村田製作所は上期決算発表にあわせ、17年度通期予想の下方修正を発表している。期初計画では通期の営業利益予想を2260億円としていたが、これを今回1700億円へ大幅に引き下げている。修正要因は製品ミックスの悪化などいくつかあるが、最も大きな要因はメトロサークの生産不良によるものだ。
メトロサークはLCP(液晶ポリマー)を用いた樹脂多層基板で、村田が現在力を入れている事業の1つだ。数年前から事業として展開していたものの、供給先が特定の1社(Apple)に限られていたため、事業内容そのものがベールに包まれていた。しかし、複数顧客への展開が可能になったことで、16年ごろから「メトロサーク」の名前を発信し始めている。
通常の多層基板は樹脂と銅箔、接着剤をビルドアップ工法によって製造するが、メトロサークは独自の積層技術と有機技術を組み合わせ、一括プレスによる製造を実現する。さらに、接着剤を用いておらず、これによって高周波特性の向上と耐腐食性の改善を図っている。LCPを用いた樹脂シートは1枚あたり10~50μmで、接着剤レスにより基板厚みの薄型化も実現している。
また、FPCと異なり、折り曲げた状態を保持できるため、コイルやコンデンサーなどの機能を印刷技術で付与できることもメトロサークの特徴だ。これにより、部品を実装する基板としてだけでなく、高周波特性を生かした伝送線としての役割も担えるほか、電池などをつけてシステム単体としても機能させられる。同社ではこうした特徴をもとに、メトロサークを「折り紙のような基板」と呼ぶ。ちなみに、メトロサークの名称は、複雑な「地下鉄網」から連想している。
効率化追求が裏目に
この期待の新事業が今回、下方修正の要因となったのだ。具体的には11月から販売が開始されたAppleの10周年記念モデル「iPhone X」向けのメトロサークが大きな生産不良を起こしたとみられる。もともと、メトロサークはiPhone内のアンテナ伝送モジュールとして使われており、同軸ケーブルの置き換えとしての役割を担っていた。「X」では従来機種よりも採用点数が増えており、なかには非常に難易度の高いものも含まれている。
同社はこうした難易度の高いものを受注していたが、効率化を追求すべく、広幅化(大判化)を推進した。しかし、これが裏目に出たもようだ。思うように歩留まりが上がらず、製造コストの大幅な上昇を招き、これが業績の下方修正につながった。
足元では歩留まり問題は終息に向かいつつあるようだが、同社の17年度下期(17年10月~18年3月)の営業利益が従来の1180億円から704億円に下ぶれていることを考えれば、年明け以降も影響が残りそうだ。
実際に、メトロサーク事業などを統括する代表取締役専務執行役員の中島規巨氏も17年7~9月期の決算説明会で「改善の見込みは来年度。本年度は厳しい状況が続く」とコメント。11月30日の会社説明会では、「歩留まりは90%台中盤で推移するが、立ち上げ遅れの影響はまだ残る」と進展は見せているものの、まだまだ十分な生産歩留まりに達していないことをうかがわせる。
生産能力増強を前倒し
思いがけないかたちで落とし穴があったメトロサーク。しかし、同社はこれとは対照的に、メトロサークの大増産を打ち出しており、アクセルを緩める気は全くといってよいほどない。同社は21年をめどにメトロサークの年間売上高を1000億円(現状は500億円前後)にまで引き上げる中期計画を持っており、設備投資を積極的に展開していく考えだ。
実際に、17年度設備投資金額を従来計画の1700億円から2600億円に引き上げ、メトロサークの生産能力増強を前倒しで実施する。従来、メトロサークの生産は富山村田製作所(富山市)、岡山村田製作所(岡山県瀬戸内市)、ハクイ村田製作所(石川県羽咋市)で生産していたが、これに新たに2拠点が加わる。
ソニーが所有していた根上工場(石川県能美市)を取得したほか、(株)ワクラ村田製作所(石川県七尾市)でもメトロサーク増産のための新棟を建設する。
根上工場は(株)金沢村田製作所能美工場として設立し、18年春から稼働を開始する。同工場はもともとソニーのラミネート基板製造工場であったが、14年から(株)ジェイデバイスがPLP(パネルレベルパッケージ)の量産工場として土地と建物を賃借して操業していた。しかし、ジェイデバイスが17年度内に同工場から撤退することから、村田製作所が取得することとなった。
ワクラ村田製作所の新棟は、18年2月に着工、19年2月の稼働開始を予定する。これら一連の投資により、メトロサークの生産能力は現行の約3倍に引き上がると見られている。
明らかになったセカンドソースの存在
しかし、今後に向けては不安材料も残る。今回、明らかになったのが競合メーカーの存在だ。従来、iPhone向けメトロサークの供給は村田製作所が独占的に行っていたが、今回の「X」では、ここに台湾FPCメーカー大手のCareer Technology/米Amphenolの連合軍も同じLCPベースのフレキ基板を供給する予定であったのだ。
結果的にこのセカンドソースは生産が立ち上がらず、村田が一社供給の立場となったが、Appleのこれまでの戦略を見れば、これほどの重要部品の調達を分散化しないわけがない。
さらに、今回のメトロサークの生産不良でAppleが村田の依存度を下げ、LCPベースフレキ基板の複数調達を加速する可能性もありそうだ。実際に「Careerのレーザー穴あけ装置の投資負担をAppleが行っている」(FPC関連企業)という話もある。
よく理解しなければならないのが、村田はフレキ基板メーカーとしては後発だ。FPC分野には日本メクトロンや住友電工、フジクラなど数多くの企業が存在しており、村田に比べれば、製造工程における経験値は非常に豊富だ。彼らに「よくあんなに難しいものを受けた」と言わしめるほど、メトロサークの製造難易度は高い。今回の生産不良で多くの教訓を得たのは間違いないだろうが、今後も顧客から難題を突きつけられていくことになるだろう。
さらに、基板業界はアジア圏のコスト競争に常に晒される分野。仮にそれがLCPベースという高付加価値品であっても例外ではない。今回の大増産が吉と出るのか、凶と出るのか。その答えはもう少しに先になってみないと分からなさそうだ。
電子デバイス産業新聞 副編集長 稲葉雅巳
投信1編集部からのコメント
本記事は、村田製作所の現状を理解するためには必読の内容と言えるでしょう。新技術に挑戦をし続けなければ、事業機会を逸してしまう電子部品業界。その中でも村田はM&Aも含めて新たな領域に挑戦を続けています。今回は、立ち上げフェーズでの歩留まりが思うように上がらない状況があったようですが、今後の回復には期待したいところです。
アジアの競合メーカーも同じ技術に挑戦しているという環境の中で、どこまで村田が技術や取扱商品の幅を広げられるのか注目です。
電子デバイス産業新聞×投信1編集部
電子デバイス産業新聞