ドラマやゲームで歴史を学ぶ子どもたち
都内の塾講師が、中3男子生徒の言葉に驚いたそうです。
「えっ、三蔵法師って男!?」
ご存じ『西遊記』に登場する、あの玄奘三蔵です。ドラマで見た三蔵役が女優であることから、玄奘三蔵も女性だと思い込んでいたようです。
ドラマの影響といえば、明智光秀もそうです。本能寺を急襲し、織田信長を自害に追い込んで「三日天下」をとった戦国武将の一人です。この9月、本能寺の変のあと光秀が書いたと思われる手紙が見つかったというニュースがもたらされました。
ドラマでは、感情的・発作的に主君の織田信長を急襲した武将として描かれることが多い光秀です。一方で、将軍の足利義昭が黒幕であるという説もあります。一般的には、ドラマの光秀像のほうが浸透しているように見えます。
歴史は、新たな史料発見によってしばしば変わります。聖徳太子の呼称、鎌倉幕府成立は1192年か1185年か…….。学校の歴史教科書は新しい発見を反映して改定されますが、そう簡単には浸透しないようです。
学校の歴史授業は、ドラマやゲームより劣っているということなのでしょうか。
多数説の伝授が中心の日本式歴史授業、対して英国は?
近年よく耳にするのは、歴史教科書の記述内容です。事実と異なる、必要な事実が記述されていないなど、海外のものも含めて教科書についての情報は数多くあります。それなのに、なぜか授業そのものについての情報には滅多に接することがありません。
ご存じのように日本では、多数説が記述された教科書に基づいて教師が解説し、生徒は記憶していくのが一般的な歴史授業です。生徒たちが是非を論じるなど思考に及ぶことはまずありません。ところが、欧米ではまったく様子が違うようです。
ロンドンからの帰国子女。日本でいえば中2の半ばまでロンドンに在住し、現地の子どもたちが通う普通の学校に通っていました。日本語に多少たどたどしいところがあるので、聞きちがいがあるかもしれませんが、授業の様子は見えてきます。
「まず歴史上の人物について先生が説明し、そのあと生徒同士で、その人物の行動についてどう考えるか意見を言い合っていた」
イギリス国教会創立についての授業であれば、経緯を説明したあと、政治上の権威であるヘンリー8世が、宗教上のトップに立ったことは正しいのかといった意見を出し合うようです。
試験は記述式で、与えられたテーマについて意見を書いていくとのことです。日本のように用語や年号を答えさせる試験はなかったようです。
敵軍を降参させる文書を考えている、米国の歴史授業
米国の歴史授業も、議論型のようです。『アメリカのスーパーエリート教育』の著者、石角莞爾氏が訪れたボーディングスクールの歴史授業風景はこうです。
「生徒たちはいつも山ほどの史料をかかえている。いわば宿題として史料を読み、史料にある事実に基づいて、次の授業で発表する意見を形成していく」。ここまでが宿題で、授業時は意見の発表に大半の時間が使われているそうです。
石角氏が訪れたときのテーマは、「あなたは第二次世界大戦中の日本軍の参謀です。戦闘相手の米軍は、あと一歩で降参しそうになっています。米軍を降参させるために、どのような文書を作成しますか」というものだったそうです。
別のボーディング・スクールでは、「Aは、立派な人物だと評価されています。ところが史料では、野卑な行動がたくさん記されています。史料と評価のちがいは、どこから来ているのか」というテーマで、生徒たちが思い思いの考えを出し合っていたそうです。
日本では中学生に当たる年齢の生徒たちが、敵軍を降参させる文書や、史料と現実の齟齬が生まれた理由について考えているなんて、日本ではちょっと考えられません。おもしろそうだとは思いますが。
もっともボーディングスクールは全寮制で、社会のリーダー育成を目的にした学校です。歴史教育もリーダー育成を根底に置いた少人数授業ですから、思考に十分な時間を割けるのかもしれません。
そこまでの環境が整わない一般の公立校では日本型の知識伝授もあるようですが、ボーディングスクールほどではないにせよ思考授業も取り入れているようです。
日本型・英米型歴史授業の優劣。答えは、未来の歴史にあり
日本型の、事実をそのまま教え、評価は生徒個々に任せる知識伝授授業。米国やイギリスのように、事実に基づいて思考していく歴史教育。自分が受けたいのは、どちらの歴史授業でしょうか?
教育ですから、おもしろさより、優れた人間形成が優先です。そのためには、どちらが優れているのか? その答えは、未来の歴史が出してくれるでしょう。当面の願いとしては、せめてドラマやゲームの歴史に負けないような授業であってほしいということです。
間宮 書子