1日に何度も喫茶店に行く。多い日は5回も6回も行く。喫茶店代、正直バカにならない。でも喫茶店にはそれに変えられない価値があるのだ。

日中は仕事で外回りをしていることが多い。編集者と言っても俺のようなフリーランスは、打ち合わせには基本「出向く」。次のアポまで時間に余裕があれば、移動の時間を引いた残り時間を喫茶店で過ごす。都内の移動はだいたい30分くらいだから、1時間半の余裕があれば、喫茶店で1時間過ごせる。

となればノスタルジー喫茶に行かねばなるまい。ノスタルジー喫茶とは、昭和の香りがする喫茶店だ。生誕55年を迎えた俺だが、すでに平成時代で過ごした年月の方が、昭和の年月を超えてしまった。それでも我が体内に流れる血の80パーセントは「昭和ブラッド」。その昭和ブラッドが、懐かしくて、ちょっとせつないノスタルジーを求めるのだ。

連載の第1回は神保町にある名店「カフェ・トロワバグ」にご案内しよう。

その店は神保町の交差点からほど近いビルの地下にある。

街の喧騒の最中にある狭くて急な階段を下りるとき、すでにノスタルジートリップは始まっている。重い木製のドアを開けると、素晴らしいインテリアが待ち受けている。入ってすぐ見えるカウンターの正面の席が空いていたら、特等席だ。なぜなら、店主の三輪徳子さん(美人)がネルで珈琲を淹れる様子を間近で見ながらお話しできるからだ。

とはいえトロワバグ初心者がすぐに座ってはならない。初心者は少し離れた席から始めるのが俺的マナーだ。何度か通って顔も名前も覚えられた頃に、ようやく徳子さんの前に座ることができる。この俺だってまだ数回しか座ってないのだから。

ちょっと離れた席から徳子さんをチラ見する筆者(撮影/福山楡青、以下同)


三輪徳子さんはこの喫茶店の2代目。1976年(昭和51年)創業だからすでに41年になる。ずっと守り続けているトロワバグのブレンドは、ネルドリップで丁寧に低温抽出するオールドビーンズの深い味わいだ。

オールドビーンズとは珈琲豆を数年寝かせて熟成させたものだ。雑味が少なく、深い香りとコクのある芳醇な味となる。トロワバグで使われているオールドビーンズは、創業以来「コクテール堂」のものだ。昭和喫茶巡りをするとたびたび耳にする名前なので、チェックしておくように。ここ試験に出るよ〜。

特等席から見た三輪徳子さん。美しいでしょ。

 

ポットは固定して持ち、ネルを動かしながら粉を膨らましていく。

 

先代は徳子さんのお母さまで、ガンで亡くなる直前までお店に来たという。

「もう立っていられないので、カウンターの端に椅子を置いて座っていました。こうして珈琲を淹れていると、まだ母が見ているように感じます」

ブレンドには2種類あって、苦味と酸味のバランスが取れた「トロワブレンド」と、より深い焙煎の「ハイブレンド」(ともに550円)。低温抽出しているので、通常は加熱して出されるが、珈琲はぬるい方がうまいよ。いろんな味を感じられるから、そのまま出してもらおう。「温めないでください」って言ったら、ちょっとツウっぽいね。

常連さんからはだんだんお母さんに似てきたと言われるそうです。

 

今日頼んだのはトロワブレンド。カップは徳子さんが選んでくれます。

 

いつの間にか特等席で徳子さんと会話する筆者。


トロワバグにいて感じるのは、積み重ねられた時間の価値だ。珈琲を味わっているようで、実はその1杯の珈琲に込められた、時間を味わっているのだ。オールドビーンズとは珈琲豆のことだけど、この店の価値そのものがエイジングしないと出せない貴重なものなのだ。

徳子さんは最近、新しい豆も扱い出した。モカやキリマンジャロ、マンデリンなどのニュークロップ(新豆)のシングルオリジンだ。焙煎業者も彼女が探してきた若き焙煎家のものだ。

「若いのに素晴らしい焙煎をするんです。小さな工場で焼いているんですけど、研究熱心でどんどんよくなって行くのを感じます」

俺も味わったけど、これもとても美味しい。ニュークロップは豆の個性がストレートに出るから、いろいろ試してみるのも楽しいかもしれない。

オールドビーンズののれんはしっかり守りつつ、新しいチャレンジもする。トロワバグの歴史はこうしてまた新たな1ページを書き加えて行く。それがいつかエイジングする頃まで、俺は生きてないかもな〜。オールド珈琲がほろ苦いぜ。

お腹が空いたら名物のグラタントースト。アイスコーヒーは何も入れずに、ゆっくり味わいたい。

喫茶店
カフェ・トロワバグ
千代田区神田神保町1-12-1 富田メガネB1F
03-3294-8597

山本 由樹