本記事の3つのポイント

  • サムスン電子経営トップの李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が仮釈放された。朴槿恵(パク・クネ)前大統領の不正疑惑に連座し、懲役2年6カ月の実刑を言い渡されて再収監してから200日余りが経過
  • 今回の仮釈放には、新型コロナ禍による危機的な経済状況とグローバル経済環境を案じた、韓国経済が置かれた状況も背景にある
  • 経営復帰により、まだ決定していない米国の新工場立地など重要な投資案件の立案が加速する可能性がありそう

 韓国法務省は8月9日、仮釈放審査委員会を開いて李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長に対する仮釈放を認め、李氏は同13日に出所した。2021年1月、朴槿恵(パク・クネ)前大統領の不正疑惑に連座し、懲役2年6カ月の実刑を言い渡されて再収監してから200日余りが経過していた。これにより、オーナーシップ経営に問題が生じていたサムスンは、半導体やバッテリーなどに果敢な投資ができると期待されている。

 しかし一方で、李氏の仮釈放を受けて「有銭無罪・無銭有罪(1980年代に韓国社会を揺るがした脱獄事件。盗みで始まった刑が次第に加重処罰になり、脱獄し人質をとって警察と対峙した際に叫んだ有名な言葉)」と皮肉る市民団体の声も聞こえる。

韓国経済を案じ李氏仮釈放へ

 法務省は「今回の仮釈放には、新型コロナ禍による危機的な経済状況とグローバル経済環境を案じ、李副会長を仮釈放の対象に含めた。李氏に対する仮釈放は、社会の情緒や収監生活の態度など、多様な要因を総合的に考慮し決定された」と説明する。韓国財界は李氏の仮釈放を一斉に大歓迎する雰囲気だ。

 だが、恩赦ではない仮釈放であることから、正常な経済活動は制限される。特に、サムスングループの跡を継ぐための系列会社に対する粉飾決算問題やプロポフォール(麻薬性鎮痛剤)の違法投薬など、未確定の裁判が残っているだけに、サムスンのオーナー不在に伴う経営の不確実性は依然として残っている。

 サムスンにとってのオーナーシップ経営とは、迅速な経営判断と果敢な大規模投資が可能であることを意味する。メモリー半導体の世界トップという現状の位置づけと、過去30年間以上、一度も営業赤字を計上したことのない底力は、韓国ならではのオーナーシップ経営が功を奏したといえよう。

 仮釈放された李氏には向こう5年間、就業制限の規定が維持される。特定経済犯罪加重処罰法では、5億ウォン(約4900万円)以上の横領・背任を犯すと、懲役刑の執行が終了または執行を受けないと、確定日から5年間は就業が制限される。しかし、法務省の特別優遇者として認められれば、条件付きの経済活動が可能になる。

熾烈さを増す半導体覇権戦争

 サムスンは現在、インテルやTSMC、中国勢などと熾烈な半導体覇権戦争を繰り広げている。半導体産業の巨大な経済規模とその重要性により、これら半導体メーカー間の競争は、未曾有の国家間覇権戦争にまで飛び火しつつある。

 TSMCは現状で、55%というファンドリー市場シェアを掌握。これに次ぐサムスンは17%にとどまっている。また、TSMCは24年をめどに、147兆ウォン(約14.4兆円)規模を投じ、日米独などにファンドリー工場を建設する計画だ。

 こうした最中、インテルもファンドリー市場への参入を打ち出している。同社は300億ドル(約3.3兆円)を投じ、ファンドリー業界第4位のグローバルファウンドリーズ(米カリフォルニア州)に対するM&Aが取り沙汰されている。

 これらに対抗するサムスンは、171兆ウォン(約16.8兆円)という大規模投資を通して、非メモリー半導体の育成戦略を発表しているが、李氏の不在で具体的な投資計画は先送りされてきた。例えば、米国に新設予定であるファンドリー工場の建設地は未定のままだ。テキサス州、ニューヨーク州、アリゾナ州などが積極的な誘致活動を展開しており、李氏の経営復帰後、新工場の候補地が決まる見通しだ。

文政権のイメージは色褪せる

 李氏の仮釈放審査委員会が開催される前、韓国の世論調査では65%強が李氏の仮釈放に賛成した。李氏の釈放によって韓国経済を活気づけてほしいという切実な期待であろう。

 韓国では、経済犯罪に対する認識がいまだに甘い。韓国の経済犯罪は、大きく大手財閥と金融界に分けられる。金融界の犯罪は、投資に絡む不正や法外な商法などで起訴される場合が多い。だが、大手財閥では事情が異なる。

 財閥の違法行為は枚挙にいとまがないほどで、脱税、粉飾決算、秘密資金の造成、贈賄、公正取引法違反など、まるで犯罪のデパートのようだ。過去にサムスンや現代、SK、ハンファなど錚々たる財閥のオーナーが起訴されたが、執行猶予になったり恩赦されたりと、刑期をきっちり終えた人物は1人もいない。

 その都度、恩赦や不起訴の大義名分は「韓国の国家経済のため」であった。それもそのはず、韓国10大財閥の年商はGDPの6割以上を占めており、サムスンだけでも18%を担っているからだ。輸出主導型の韓国経済は、財閥が輸出を牽引しており、財閥無しで韓国経済は語れないわけだ。

 文在寅(ムン・ジェイン)政権は、誕生早々、「財閥改革と経済成長」をともに進めると、いわば「韓国型の二刀流」を提唱していた。ところが、成長はおろかマイナスを強いられた。特に、財閥改革は進まず、財閥の役割はむしろ一層高まった。

 いざ政権を取ってみたら、財閥を苦しめるのは韓国経済をだめにすることである、と自覚させられたのだろう。そしてまた、今回の李氏に対する仮釈放により、文政権が提唱してきた財閥改革と公正かつクリーンな政治イメージは、著しく色褪せてしまったと言わざるを得ない。

電子デバイス産業新聞 ソウル支局長 嚴在漢

まとめにかえて

 李在鎔(イ・ジェヨン)副会長の復帰により、一気に前進しそうなのが米国半導体工場の新立地です。サムスンはもともと、テキサス州オースティンに半導体工場を構えていますが、これとは別の場所で工場を新設するという観測が高まっており、今後の動向に注目が集まっていました。

電子デバイス産業新聞