大型客船事業から撤退を決定も、まだ残る高リスク案件
2016年10月18日、三菱重工業(7011)は、累計約2,300億円超の特別損失を計上した大型客船事業から撤退する方針を明らかにしました。この決断により、造船事業がこれまでのように赤字を垂れ流し続けるリスクは大きく後退したことになります。
とはいえ、同社にはまだいくつかの懸念案件が残っています。そのため、18日の会見では造船事業の見直し策の発表に加え、事業リスクマネジメントの強化についても詳細な説明を行っています。
ちなみに、現在同社が直面している大きなリスクは、(1)米国の原子力発電所の事故に伴う訴訟問題、(2)小型旅客機MRJの事業化に伴うリスク、(3)日立製作所との南アフリカにおける発電所案件の損失負担を巡る係争、などです。
発表資料を見ると、(1)についてはこれまで通り「今年度末までに概ね決着」、(2)については「事業化推進体制の見直し等」が言及されていた一方で、(3)については触れられていませんでした。
ただし、リスクコントロールを強化することで、2019年3月期から始まる次期中計では、特別損失の計上を過去10年間の年平均(600億円)に対して半減以上の改善を目指すと明言されていました。そのため、今後の施策効果にはある程度の期待は持てそうです。
一番やっかいな問題は米原子力発電事故訴訟
とはいえ、事案の特殊性からやはり気になるのは、「今年度末までに概ね決着」とされている米国の原子力発電所の事故に伴う訴訟問題です。
訴訟内容は、米カリフォルニア州のサンオノフレ原子力発電所で同社が納入した蒸気発生器から放射性物質を含む水が漏えいした事故に関するものです。当初は交換工事での対処が検討されましたが、その後廃炉が決定したため、同社は同原発を運営する電力会社等から66億6,700万ドル(約6,700億円)もの巨額の損害賠償請求を受けています。
一方、同社は、契約時点で責任上限は約1億3,700万米ドル(約140億円)と決まっているため訴えは無効であるとして、米国連邦地裁に訴訟の停止を引き続き求めて係争中です。
この問題の複雑さは請求額の大きさだけではなく、米国という契約社会においても当初の契約が反故にされ、大きな訴訟になってしまったという事実です。こうしたことが常態化してしまうと、「先進国への輸出は契約が明確であり、賠償の範囲もきちんと決められているから安全」という前提でのインフラ輸出も立ちいかなくなってしまうからです。
また、仮に同社の主張が認められないという最悪の事態になったとすると、原子炉の運転等により生じた原子力損害についてはメーカー責任を問わないという、日本の「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」で定められている条件が海外では通用しない可能性があることになります。すると、今後海外で原子力発電事業を展開する事業者は、そうした前提で事業を進めなくてはいけないということにもなりかねません。
そうなると、この問題は同社1社の問題ではなく、日立製作所(6501)や東芝(6502)など、他の原子力発電関連メーカーにも波及しかねない、“やっかいな問題”になるということになります。
ちなみに、同社は2016年5月に開催された決算説明会で、原子力発電事業は現在市場が不安定な状況にあるため、無理な拡張は避けながら技術基盤を固め、今後さまざまな状況に対応できるようしていきたいと考えているとコメントしています。つまり、原子力事業に対してバラ色の成長ストーリーを描かずに、現実的に対処しようとしています。
まとめ
同社は、インフラ輸出、新産業の創出(航空機・宇宙開発等)など、リスクは高いものの今後の日本経済には欠かせない事業を多く手掛けています。そこでのリスクを包み隠さず開示し、対応策を考えながら事業に取り組んでいることが18日の発表からは読み取れました。今後の動向を慎重に、かつ前向きに注視していきたいと思います。
三菱重工の過去10年間の株価推移
和泉 美治