コロナ禍の影響もあり、有名企業の経営不振に関するニュースが飛び交っています。そうでなくても、社会が変化するスピードは加速する一方です。このような状況のもとでは、これまでの就職活動のやり方は通用しない可能性があります。学生にとっての「会社選び」は、昔よりも確実に難しくなっているのです。

 こうした環境のなかで、就職活動のトレンドはどう変わっているのか。成長意欲の高い学生に向けて、スキルアップの機会やキャリアサポートを提供するメディア「Goodfind」を主宰している伊藤豊氏は、多くの学生の就職活動には抜けているプロセスがあると指摘します。

 この記事では、伊藤氏の著書『Shapers 新産業をつくる思考法』をもとに、「自信を持ってファーストキャリアを選択するための考え方」をお聞きしました。キャリアや産業を「大きな流れ」で読み解く伊藤氏の視点は、すでに企業に所属している方々や、学生を子に持つ親御さんにも役立つはずです。

社会分析で「仕事の将来性」を見極める

 就職活動を始める学生の多くは、自己分析から始めて業界分析・企業分析に進んでいくパターンが多いのではないでしょうか。

 以前はそのようなやり方でも、あまり問題は表面化していなかったかもしれませんが、変化の激しい現代においては、これらのプロセスだけでは不十分と言わざるを得ません。もっと広い視野が必要です。

 就活のやり方について相談に訪れた学生に、私はよく「自己分析の前に、産業の歴史を掘り下げて社会分析をしてみましょう」と話します。戦後の産業史がどうなっていて、今の産業構造がどう成り立っているのか。未来はどうなっていきそうか。これを時間軸で捉えていくことが、キャリアを考える上ではとても大事だからです。

 いくら自己分析をして、自分に合った仕事に就いても、その仕事に将来性がなければ続けることはできません。一般的に業界分析・企業分析というと、「就活時点での業界構造・企業の業績」に着目しがちです。しかし、もっと広い視野で「社会全体の流れ」を捉えなければなりません。過去から現在に至る経緯を知らなければ、未来を予測することは難しいでしょう。

銀行の経営不振はずっと前から予測できた

 たとえば、銀行について考えてみます。日本は戦後の復興のなかで、「世界の工場」となるべく製造業で発展してきた国です。製造業が発展するには、間接金融としての銀行が重要な役割を果たします。工場をつくり、材料を仕入れて、在庫を抱えるには、資金供給が必要になるからです。製造業が強い国では、両輪として銀行業も必然的に強くなります。だから、伝統的な日本の産業界では、製造業と並んで銀行など金融系企業の地位やブランド力が高かったのです。

 しかし、グローバル経済のなかで、世界の工場たる製造業の中心は中国や台湾、ベトナム、インドなどへ移行していきました。国内の会社総数に占める製造業の割合は低下し、主要産業は製造業からサービス産業へシフトしています。インターネットが普及したことで事業に必要な投資額は減少しただけでなく、資本市場の充実、直接金融の発展、さらにはベンチャーキャピタルの規模拡大やエンジェル投資家の増加などにより、エクイティ(株主資本)の供給量も増えています。

 これらの事実から、今後、銀行が果たせる役割は、戦後の産業社会よりも小さくなっていくと考えられます。

 今の20代の祖父母世代や親世代にとっては、大手メーカーや銀行は「安定している就職先」というイメージが強いかもしれません。けれども、祖父母世代や親世代が思うほど、銀行は安泰でステータスの高い就職先ではなくなっています。この話は、メガバンクが人気の就職先としてランキング上位に名を連ねていた10年以上前から、私たちがずっと言い続けている話です。

 近年、銀行が大規模なリストラを発表しています。しかし、産業史をとらえた俯瞰的な思考をしていれば、具体的な業績不振やリストラのニュースを待たずとも、ある程度は予測できたと言えます。どの産業にダウントレンドが働いているのか、長期視点でわかるようになるからです。過去の歴史的経緯から時間軸をたどり、産業の成り立ちを理解すると、今度はこれから起きる時代の変化から、産業が今後どのように変わっていくのか考えられるようになるのです。

これからアップトレンドの分野は?

 では、産業史的な観点で俯瞰したときに、これから長期で確実にアップトレンドとなる分野やテーマは何でしょうか。具体的な事業やプロダクト、会社の盛衰を予測するのは難しいでしょうが、高い抽象度であれば、アップトレンドのテーマや分野を予測することは可能です。

 たとえば、「伝統的な日本企業にある固定化された雇用慣行からの脱却」というテーマは、長期で見れば間違いなくアップトレンドであり続けるでしょう。戦後の人口増加もあいまって国内市場が伸び続けた時代から、日本はすでに人口減少社会へとシフトしています。その転換点たる2000年代半ばを境にして、伝統的な日本の雇用環境が生んだ「労働市場の歪み」は解消されていくはずだからです。

 ほかにも、「産業のデジタル化」というテーマも、アップトレンドであり続けることは疑う余地がありません。雇用の流動化にも関連しますが、「個人へのエンパワーメント(能力開花・権限移譲)の拡大」というテーマも注目に値します。20年近く前にダニエル・ピンク氏が著書『フリーエージェント社会の到来─「雇われない生き方」は何を変えるか』で描いたような脱組織の動きは、いまだに現在進行形だからです。

 長期的にアップトレンドの分野を予測できるようになれば、「入社して数年後に勤め先が業績不振に陥る」といった最悪のシナリオを回避できるでしょう。それだけでなく、事業分野の成長に乗じて、自分に大きなチャンスが巡ってくる可能性すらあるのです。

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産業史を学べるおすすめ書籍は?

 このような理由から、就活の本番までに時間がある人には、産業史を学ぶことをおすすめします。たとえば、『戦後経済史─私たちはどこで間違えたのか』(野口悠紀雄著)など、日本の戦後の経済史について一冊にまとめられている書籍もあります。そういった本を一度読んでみるのもいいでしょう。

 あるいは、戦後の復興のなかから生まれた企業の歴史を個別に読んでみても、社会への理解が深まります。ソニーの創業者である盛田昭夫氏の著書『MADE IN JAPAN─わが体験的国際戦略』は、名経営者の自伝でありながら、ビジネス書としても古典的名著として名高い本です。ホンダ(本田技研工業)の創業者である本田宗一郎氏の『夢を力に:私の履歴書』も読み応えがあります。ベンチャー企業として創業し、日本発のグローバル大企業に成長していく両社の社史をなぞりつつ、その時代背景や日本社会の様子も垣間見ることができます。

 同様に、パナソニック創業者の松下幸之助氏について、リーダーシップ論で有名なジョン・P・コッター教授が描いた『幸之助論─「経営の神様」松下幸之助の物語』も日本の産業と社会の歴史を学ぶのに最適です。産業史を知ることで、自信を持ってキャリアを選択できるようになるはずです。

 

■ 伊藤 豊(いとう・ゆたか)
 スローガン株式会社 代表取締役社長。東京大学文学部行動文化学科卒業後、2000年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。システムエンジニア、関連会社出向を経て、本社マーケティング業務に従事。2005年末にスローガン株式会社を設立、代表取締役に就任。「人の可能性を引き出し 才能を最適に配置することで 新産業を創出し続ける」ことを掲げ、学生向けメディア「Goodfind」や若手社会人向けメディア「FastGrow」などのサービスを通して、数多くのベンチャー企業や事業創出に取り組む大企業を人材面から支援している。

 

伊藤氏の著書:
Shapers 新産業をつくる思考法

スローガン株式会社 代表取締役社長 伊藤 豊