終わりが見えないコロナ禍の中で、どうすれば売上を安定させられるか、日夜、苦悩している企業も多いでしょう。地方自治体の施設についても、コロナや感染防止対策で疲弊してしまい、「人がこない」「予算もないし何もできない」という状況にいっそう拍車がかかっているところも多いはずです。
書籍『儲かるSDGs』の著者で、中小企業の集客・売上アップや自治体・公的団体などの地方創生プロジェクトなどにも数多く関わってきた経営コンサルタントの三科公孝さんは、「政府や大規模自治体・大企業が取り組んでいるイメージが強い『SDGs(エスディージーズ)』ですが、この考え方を中小企業経営や地方自治体の事業の現場に採り入れることが、意外に打開への近道になるかもしれません」と話します。
「SDGs」とは、2015年9月の国連でのサミットで採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」のことで、2030年までに達成を目指す国際的な目標です……と言うと、ものすごく高尚で難しそうな話に思われますが、三科さんは「実はすでに多くの会社や組織で『SDGs』的な考え方でやっている施策は多いんです。だからそれをきちんとPRすればよかったり、よその事例を参考にすぐ始められたりすることも意外にありますよ」と強調します。この記事では、同書をもとに、「地方」「お金がない」「人が来ない」といった不利を乗り越え、人を呼ぶ方法について、三科さんに解説してもらいました。
「ソフト」に着目して人口1万5000の町に1万人以上を集める
2014年から始まった「第1期地方創生」の際、政府は2014年度末までに地方版総合戦略を作成するように、各自治体に指示を出しました。その時期に、私は長野県の坂城町(さかきまち)からセミナーの依頼をいただきました。坂城町は長野市と上田市の間に位置する人口1万5000人弱の自治体です。
そこから得たご縁で見聞きし、非常に興味深かったのが、同町にある「鉄の展示館」のチャレンジです。
刀匠であった故・宮入行平(みやいり・ゆきひら)氏が国の重要無形文化財保持者、いわゆる「人間国宝」に認定され、名誉町民第1号となっている「刀匠の町」坂城。この町に2002年につくられた鉄の展示館は、2015年に大きな転機を迎えます。
前年に亡くなられた俳優の高倉健氏は、宮入行平氏のご子息・宮入小左衛門行平刀匠と親交が深く、そのことや鉄の展示館の存在を知っておられたご遺族が、相続した高倉氏の愛蔵品を小左衛門行平刀匠に託し、それらが鉄の展示館に寄贈されることになりました。
それが7月のことで、9月には『高倉健さんからの贈りもの(日本刀)』と題した緊急特別展示を行ったところ、大きな反響を呼びました。
さらに、その閉幕からわずか10日後には、全国の刀匠による、人気アニメに登場する武器や世界観にインスパイアされた作品を展示する巡回展『ヱヴァンゲリヲンと日本刀展』を同館でも開催。町村部の自治体が運営する展示としては異例の1万人を大きく超える入館者を集めたのです。
同じく2015年にリリースされた、日本刀を男性に擬人化した「刀剣男士」が登場するゲーム『刀剣乱舞―ONLINE―』の大ヒットという追い風も受け、鉄の展示館は同ゲームを愛する日本中の「刀剣女子」からも注目される施設となりました。
わずか1カ月で前年の1.5倍の人が訪れた施策
この「好き」の力は、これからのビジネスや地方創生の鍵となるもので、栃木県足利市でも、同様の成功事例が生まれています。
足利市の文化部が「刀剣女子」を呼べるようにと展示を企画し、2017年の3月4日から4月2日まで、足利市立美術館で開催された特別展『今、超克のとき。山姥切国広 いざ、足利。』は、『刀剣乱舞』とのコラボレーション企画や、日本刀の展示なども含まれており、大変な大成功を収めました。
なんと、2015年度の1年間の入館者数が2万4885人であった美術館に、1カ月で3万7820人が訪れたのです。
来場者のうち、約94%が女性だったといい、刀剣女子の「好き」の強さを思い知らされる素晴らしい成果だったと言えるでしょう。
お金や資源をムダにせず、ターゲットを絞り込む
このような大成功にも、SDGs的要素が隠されています。
坂城町の山村弘町長は、富士通の事業推進担当理事や米国子会社の社長を務めたり、放送大学の特定特任教授や、東京都杉並区が「日本の教育を立て直すためには、まず小学校の先生の育成から」と考えて設立・運営していた杉並師範館の塾長を務めたりと、ユニークな経歴と柔軟な発想の持ち主で、『ヱヴァンゲリヲンと日本刀展』などは、「秋葉原にいる人が、坂城町に来てくれるように」と考えて招致されたものです。
これらの事例には、大切なポイントが2つあります。
1つは、ハードに投資せず、ソフトに力を入れて、「学習として見るもの」と思われがちな展示を、ソフトの力を借りてエンタメ化したことです。施設にもっと人を集めたいと考えるときに、「ハードを建て替える」のは最後の手段です。
お金や資源を浪費することなく、元からあった町の歴史・文化の部分に力を入れ、ソフトパワーと組み合わせて人を呼んだ試みは、実にSDGs的です。
そしてもう1つは、「秋葉原にいる人が、坂城町に来てくれるように」という坂城町の運営ビジョンや、「刀剣女子を呼ぶ」と定めた足利市の目標のように、ターゲットを明確に絞り込んだことです。
移住推進策がうまくいかない自治体の特徴とは?
経営の世界では、ターゲットのビジョンを明確にして、絞り込むのは当たり前のことですが、自治体レベルの取り組みだと、「いろいろな人に来てほしい」と考えるあまりに、そこがぼやけてしまいがちです。
しかし、総花的な取り組みは、そこそこハイレベルでもあまり印象に残らない定食のように、「どの層にも刺さらずに終わってしまう」という可能性があります。
移住推進策などで失敗に終わる自治体なども、「どんな人なら、わがまちで喜んでくれるか、イキイキと生活してもらえるか」というイメージの深掘りの部分が弱いと感じます。地方創生の成功事例は、このようなターゲットの絞り込みを、必ず明確にしています。
赤字や来館者の減少に苦しむ、自治体が運営する博物館や美術館はたくさんあるはずです。また、地方自治体に限らず、中小企業などでも、このプロセスを取り入れることで、多くの人の「好き」をとらえることができます。「好き」を活かすことの重要性は、自治体でも企業でも、大きくは変わりません。
コロナ禍のいまは、「人を集め過ぎる」ことにも注意が必要な状況になってしまっていますが、人を集める取り組みを考えるときはぜひ、「その土地が元から持っているもの」をベースにしつつ、ターゲットを明確にした企画を考えてみてください。そうすることで、無理せず、長期的・持続的な成長につながる戦略ができていくからです。
■ 三科 公孝(みしな・ひろたか)
株式会社ノウハウバンク 代表取締役。1969年山梨県生まれ。立命館大学文学部哲学科を卒業後、株式会社船井総合研究所を経て2000年より現職。中小企業の集客・売上アップ・販路開拓などの企業活性化プロジェクト、地域資源活用によるヒット商品開発や観光集客・PRなどの地方創生プロジェクト、研修・講演活動などを行う。企業・官公庁・公的団体など組織形態を問わず、実践的で確実に売上・集客につなげるコンサルティング手法に定評があり、特に近年は全国でSDGsに関する講演・セミナーを行っている。
三科氏の著書:
『儲かるSDGs ――危機を乗り越えるための経営戦略』
三科 公孝