2020年4月、全国の配偶者暴力相談支援センターに寄せられた相談件数は実に1万3272件にのぼり、前年同月より約3割増えたといいます。内閣府は、「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛の要請や休業要請などで生活不安やストレスが強まったこと」などが増加の要因とみているようです。

 こうしたことをみても、コロナ禍は、今まで何の問題もなかった夫婦関係が悪い方向へと向かうきっかけになっているようです。この問題は他人事ではありません。大手弁護士ファームのブレインハート法律事務所で代表を務める菅野晴隆氏は「実は、弁護士から見ると、『些細な行動の積み重ねで、大きな不幸を招く』という事例と何度も遭遇することがあります」と話します。

 この記事では、20年以上にわたって離婚・男女問題、相続問題など数千件に及ぶ家事事件を手掛けてきた菅野さんの著書『経験に学ぶな――弁護士だけが知る、生き方・働き方の処方箋31』をもとに、夫婦関係における争いやディスコミュニケーションの問題を解決するための秘訣を解説してもらいました。

ストーカー事件は5年連続で2万件超

「ストーカー規制法」について、みなさんはご存じでしょうか?

 具体的に言いますと、つきまといや無言電話、嫌がらせの連絡、乱暴な言動、監視――これらはすべて「ストーカー規制法」で処罰される犯罪になります。

 ストーカー規制法が立法されたきっかけは、1999年に埼玉県桶川市で起こった「桶川ストーカー殺人事件」でしたが、法制定がされた現在でも、日本におけるストーカー事件は5年連続で2万件を超えています。その数字も氷山の一角にすぎず、表面化していない事件はその5倍に及ぶとも言われています。

「好き」も、行き過ぎると、ストーカーになってしまう

「好き」という感情・行動の度合いが過ぎると、犯罪として処罰されることもありますが、そこまでに至らなくとも、人生を狂わせてしまうことがあります。

 実際に、私が担当した案件をご紹介しましょう。

 ある男性・Bさんからの相談内容は、自身の「浮気問題」でした。

 Bさんは既婚者でしたが、妻以外の女性と交際するようになり、離婚を希望して相談に来られました。しかし、Bさんの妻は「夫を浮気相手からどうにかして引き離したい!」との考えを変えず、Bさんはとても悩んでいました。

 ご相談当初、私は夫であるBさんの不誠実さが招いた問題なのかな? と考えていましたが、よくよく話を聞くと、それだけではないと気づきました。

 実は離婚という結論に至った経緯は、Bさんだけではなく、Bさんの妻にも問題があったのです。

監視は「愛」なのか?

 一般論として、浮気を疑っている人が最初にどんな行動を取るかというと、「相手の携帯電話などをチェックする」です。さらに、興信所を雇って調査をする人もいます。Bさんの妻も、Bさんの携帯やLINEを盗み見ていたのです。いわば監視です。

 私が「Bさんの妻の行動にも問題があるのではないか?」と気づいたのは、この監視ともいえる行動が度を越してしまっていたことからでした。

 Bさんの妻は教養ある女性で、お仕事でもバリバリ活躍し、休日は多くの趣味を満喫。オン・オフともに充実した日々を送る多才な女性でした。それなのに、夫の浮気を疑い出してからは、自身が大好きだった趣味も止めてしまい、夫の不貞行為の真偽を突き止めて暴き出すことだけに、人生のすべての時間を費やしてしまっていたのです。

「夫にはこういう男性でいてほしい」
「夫のすべてを知っていたい」
「夫の考えを正したい」

 自身の中に渦巻く「あるべき夫の姿」が、そこにはありました。それは、ありのままの夫を受け入れるのではなく、「理想の夫」を押し付けていた、といっても言い過ぎではありません。

離婚後も「夫は私のもとに戻ってくる」と信じる日々

この事件は、最終的に離婚という形で決着がつきましたが、「いつか浮気相手の女の本性がわかるはずだ。夫は必ず私のもとに戻ってきてくれる」と、Bさんの元妻は未だに周囲に言い続けているようです。

 私は決して浮気を肯定するわけではありませんが、ご紹介したBさんの件は妻側の「偏愛」が招いた悲劇でもあると思っています。

 私が担当した事件の中には、逆に男性が異常に女性を束縛し、知り合いの男性との仲を疑い、その男性に暴力を加えるという事件もありました。

「相手への信頼」と「節度ある愛情」を心がける。

 当たり前のことですが、これが夫婦関係においても、なかなかできないことなのだと痛感させられた一件でした。「好き」という表現や行為が、狂気にもなり得ることは、心に留めておいてください。

言葉による治療〈ムントテラピー〉を用いる

 さて、ここまでは具体的な事例を通して、「夫婦のコミュニケーションがいかに大切か」という話をしましたが、後半は私たち弁護士が仕事で使っている方法論をご紹介します。

 Mundtherapie(ムントテラピー)、略して「ムンテラ」という言葉をご存じでしょうか。

 医療の現場で使われる用語で、「口頭治療」とも訳されます。医師が、患者さんやそのご家族へ病気の症状・検査・治療・予後などをよく説明し、理解・納得して治療を受けていただくために、しばしば行われます。

 このムントテラピーが、いかに有用かを示す例をまずお話ししましょう。

話を真剣に聴き、向き合ってくれる医師の存在に救われた

 私が仕事を通じて知り合った女性・Gさんは、30代の若さでステージ1の乳がんにかかり、乳房全摘手術と再建術を受けました。現在は仕事をしながら薬物療法を続けています。

「まだ未婚の自分が乳がんだなんて……胸の形がおかしくなったらどうしよう」
「結婚ができなくなるのでは」
「再発の可能性はどれくらいだろう」

と、不安でいっぱいだったGさん。

 手術前の検査などで、Gさんは担当女性医師の診察を受けていましたが、そりが合わず、面談のたびに不安で、涙があふれて止まらなくなったそうです。

 Gさんは思いきって担当医師を変更してもらうことにしました。次に担当となった男性医師は彼女の話をよく聴いてくれ、不安な彼女の心情を理解しつつ、手術内容や術後の治療を丁寧に説明してくれました。この医師の適切なムントテラピーによって、Gさんはあれほど拒んでいた全摘手術も受け入れ、今は再発もなく、病気にかかる前と変わらない毎日を送っているそうです。

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徹底的に「聴く」ことで、相手の気持ちを受け止める

 前半で取り上げた「夫婦問題」、そして先ほど取り上げた「ムントテラピー」の事例に共通するのは、「相手の立場に立って聴く」という姿勢です。

 たとえば、頑固で、最初は「どうしたものか……」と思うような相手でも、私はその方のお話を徹底的に聴くようにしています。穏やかに、ゆっくりとした口調を基本としつつ、ときに緩急をつけながら、丁寧かつ明確な説明をすること。法律の用語や言い回しはただでさえわかりづらいので、相談者がわかる言葉や伝わりやすい表現で説明するようにも心がけています。

 自分自身が「正しい」と思うことを互いに主張し始めると、「相手の思い」を置き去りにしてしまうことがあります。

 意見を押しつけるような言い方では納得されない相手でも、「ムンテラ的聴き取り」を行うことで、「あなたに相談したおかげで、自分なりに納得できた。この件はお互いさまだったね。私の話に付き合ってくれて、ありがとう!」というように、ひとつの解決へ導くことができる場合があります。

 これが、私の言うムンテラ、つまり「言葉による治療」であり、私自身も常日頃から心がけているものです。コロナ禍の中で、お互いにイライラしてしまい、コミュニケーションがうまくいかないときもあるでしょう。そんなときこそ、相手に真剣に向き合って、本質を理解するように聴いてみてください。

 

■ 菅野晴隆(かんの・はるたか)
 弁護士法人ブレインハート法律事務所 代表弁護士社長。東京・横浜・大阪等、全国に6事務所を展開する。福島県出身。慶應義塾高校、慶應義塾大学法学部卒業。約2万人が受験した1994年の司法試験において、最難関の論文試験に上位2パーセントの成績で合格し、同年最終合格を果たす。弁護士登録後は「ブレイン(頭脳)」と「ハート(心)」のふたつを掛け合わせたホスピタリティあふれる法律事務所を目指し、2000年にブレインハート法律事務所を開業。20年以上の弁護士経験の中で、離婚・男女問題、相続問題、高齢者問題など数千件に及ぶ家事事件を担当。労働法・倒産法等にも精通し、3桁にのぼる企業の顧問弁護士として企業法務にも積極的に取り組む。

菅野氏の著書:
経験に学ぶな 弁護士だけが知る、生き方・働き方の処方箋31

菅野 晴隆