この記事の読みどころ
日銀は9月20~21日の金融政策決定会合において、金融政策について総括的検証を行うと表明しましたが、どのような内容になるか市場では様々な憶測があります。総括的検証に対する市場のコンセンサスも見出しがたい状況ですが、最近の黒田日銀総裁のスピーチや中曽副総裁の講演から想定される内容を占います。
- 市場は日銀の総括的検証の内容の予想に苦慮していますが、最近の日銀正副総裁の講演にヒントが隠されていたように思われます。
- これまでの政策を前向きに評価する可能性が高いと思われる反面、副作用にも配慮するなど変化の兆しも見られます。
中曽日銀副総裁:必要ならどんな修正が適当か判断。総括的検証を前に講演
中曽宏副総裁は2016年9月8日都内で講演し、9月の金融政策決定会合で予定している過去3年半の総括的検証の論点について説明しました。
中曽副総裁は、非伝統的金融政策と呼ばれる国債購入などによる金融緩和政策(「量的・質的緩和(QQE)」)は修正の必要性はあるかもしれないが、期待インフレ率の上昇などに効果があると述べています。
また、別の非伝統的金融政策であるマイナス金利については、導入後の金利低下が、保険や年金の運用利回り低下など経済活動に悪影響を及ぼす可能性には留意が必要と指摘しています。ただし、マイナス金利政策は金融機関の収益への影響を考えて深掘りできないとの考えは否定しており、今後も金融緩和策として温存する姿勢を示しています。
どこに注目すべきか:予想物価上昇率、ベネフィット、2%物価目標
このようなことを言うと年が分わかってしまうので嫌なのですが、金融機関に入社した当時、先輩社員から中央銀行は金融政策について嘘をついてもいいのだと教わりました。
時代は変わり、中央銀行は市場との対話を重視するスタンスに変化しています。しかし、総括的検証は普段行われないこともあり、内容を予想することに市場は苦労しています。ただ、中曽副総裁の講演に加え、先日は日銀の黒田総裁も同様のトピックで講演を行っています。正副両総裁の講演から総括的検証を占います。
1点目は、マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策のうち、量的・質的金融緩和は主に予想インフレ率の上昇に寄与、マイナス金利は長期金利の低下に効果があったと評価しています。2013年に黒田総裁が就任して以来実施してきた政策(QQEなど)は、前向きな評価がなされると思われます。
特に、金融機関からの不満が高いマイナス金利政策について、正副総裁の見解は長期金利の引下げを通じた効果が期待できるというもので、市場に見られた同政策の取り下げ期待は後退するものと思われます。
2点目は政策をベネフィット(効能)とコストのバランスの両面から政策を評価する姿勢が見られることです。従来、市場の声に対し「強気」(プラス面のみを主張し、マイナス面には触れない)で押し通した黒田総裁に変化の兆しが見られます。その意味で、マイナス金利の銀行収益への影響などに配慮を示したのは一歩前進と思われます。
ただし、正副総裁が明確にしていないのは量的金融緩和の国債購入の限界です。黒田総裁は以前、日銀の国債保有については3分の1に過ぎず、残り3分の2は市場に残っていると述べています。日銀が国債発行残高のどの程度まで保有してよいか明確な基準は見当たりませんが、そろそろ限界に近いといのではという懸念も指摘されています。
たとえば、国際通貨基金(IMF)は(個人名の)論文で、民間銀行には担保として国債を保有する動機があること、そして年金や保険もALM(資産負債の総合管理)の観点などから一定の国債を保有すると見られること、したがって日銀の購入余地は狭まっていると指摘しています。
ひょっとすると、日銀は国債に代わる債券の購入、たとえば現在は購入対象となっていない財投機関債などを検討している可能性も考えられます。
3点目は2年で2%の物価目標の変更の可能性です。正副総裁は明確に文言の修正を示唆していませんが、講演の中で物価目標について2%の「物価安定目標」という表現を使っており、「2年で2%」という表現は、意図的かどうかは全く分かりませんが、控えた印象です。
表現を変えても、物価上昇2%を目指す姿勢に変化がないことを市場に説明できるのであれば、実現可能性が低すぎる目標を維持し続けるよりもベネフィットは大きいと思われます。
最後に、中曽副総裁の講演後の市場の反応を見ると、先物市場で長期国債が若干売られています。9月の金融政策決定会合での総括的検証に伴い、金融緩和拡大などが公表されるとの観測があったものの、講演で述べられたベネフィットとコストに配慮した政策運営では消極的な金融緩和にとどまるとの見方が浮上したのかもしれません。
8日には欧州中央銀行(ECB)が市場予想に反し、金融政策は現状維持としました。全くの個人的な見解ですが、中央銀行の中で、これまでの非伝統的な金融緩和政策を続けることに対し、ためらいが生じているのかもしれません。