あなたがキムタクならどうする?

SMAPの解散劇は大きなニュースになりました。メディアの論調の大多数はこの解散の原因が「誰にあったのか」という視点で展開されています。しかし、筆者はこれを個人のキャリア選択や企業の長期経営戦略という視点から捉えた方が有益だと考えます。

もしあなたがキムタクだったら、どんな選択をしていたでしょうか?

筆者は残念ながら「キムタクに似ている」と言われたことはただの一度もありませんし、芸能界やジャニーズ事務所に詳しいわけではありませんので、まったくの想像になります。こうお断りしたうえで、この選択は、(1)事務所に残り、事務所の力を適切に利用してしっかりタレントとして収入を上げ、将来的には経営に携わるための勉強をする、(2)独立し、ジャニーズ事務所の助けを受けずにタレントとして独り立ちをする、という2択だったのではないかと考えます。

普通に損得勘定を考えると(1)の方が従来の活動との連続性が高く、しかも功労者として長期の待遇が保証されると思いますので合理的に思われます。木村さんの選択は、今後の収入の確実性を基準にすると、極めてまっとうな選択だったと言えそうです。

世間の評価が上がらない理由とは

しかし、今回の決断で木村さんの評価が上がったのか、男を上げたのかと言われると、いまのところ疑問符がつきます。世間が期待するスターとしての像に対して、ともすると安定志向にも見えるからなのかもしれません。

事務所をやめてSMAPとして独立するという選択をした場合、ジャニーズ事務所の所属タレントとの共演に制約が出る可能性もあり、テレビの世界では起用が難しくなるでしょう。テレビの露出が極端に低下すると、コンサートや音楽ダウンロードなどにもマイナスの影響が出そうです。有望な楽曲を提供してくれる人も減るかもしれません。仮に映画や演劇の世界で勝負するとなれば、それに応じたしっかりしたトレーニングと実績が求められます。収入が従来よりも不安定になることは間違いないでしょう。

とはいえ、今回はSMAPが解散するため、事務所に残ってもSMAPというバンドルを使うことはできず、本人独力でがんばらなくてはなりません。

もちろん、木村さんには他の目算があるでしょう。タレント事務所はタレントの卵のリクルートのために、タレントとして成功した功労者に一定の優越的な経済メリットを与える必要があります。「いつかはマッチ、いつかはヒガシ、いつかはキムタク」を目指す若者を集めるためです。そして、木村さんは十分功労者として「年金」のようなメリットを受ける権利はあるはずです。

安定志向が安泰とは限らない

さて、木村さんが功労者としてしっかり「年金」を貰うにはジャニーズ事務所の株主になることが必須でしょう。そうであればこれまで蓄積した(と推測される)事務所の資産に対して請求権を持てるからです。

そうでなければ木村さんの「年金」はこれからの事務所の稼ぎに依存することになります。実はここが問題です。ジャニーズ事務所の成功は、テレビが圧倒的なメディアパワーを持つ時代に多くの番組に大量のタレントを一斉供給できたことにあるのではないでしょうか。

しかし、時代は変わりました。テレビ番組に投下される広告費が頭打ちになり、しかも視聴者の高齢化が進んでいます。さらにタレント供給元として見ると、LDHやアミューズが着々と地歩を固めています。テレビの位置づけが変わる中で、タレント事務所のあり方も変わっていくはずです。ここで新しい付加価値を事務所が提供できなければ、いま期待している「年金」が思惑通りに手に入る保証はなくなってしまいかねません。

オンリーワンという評価を目指すべき

SMAPの名曲に「世界に一つだけの花」という楽曲があります。ここではナンバーワンにはならなくても、オンリーワンであればいい、と歌われています。いまの木村さんはSMAPというバンドルを失い、文字通りオンリーワンの立場になりましたが、オンリーワンと評価されるポジションを固めたと言えるでしょうか。

歌手、俳優として見たとき、不遜を承知で正直に言わせていただくと、まだまだ伸びしろが残されているのではないでしょうか。たとえば、ジャニーズ事務所出身の本木雅弘さんは映画「おくりびと」の素晴らしい演技で人々の記憶に残りました。事務所後輩の岡田准一さんのNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の熱演には、多くの方が引きつけられました。それに比べれば、老若男女を納得させる木村さんの代表作というのはこれからと言えそうです。

オンリーワンというのはなかなか難しいポジションです。高倉健さんの場合、任侠路線で一世を風靡しましたが、その後「幸福の黄色いハンカチ」、「八甲田山」、「鉄道員(ぽっぽや)」などなど、実に様々な作品で年齢に応じてオンリーワンの存在感を示して来ました。その域に近づくためには、木村さんはまだまだやるべきチャレンジがたくさんあるはずです。

筆者が心配するのは、安定を求めて事務所幹部への道を確保することで、捨て身で勝負する機会を自ら奪ってしまわないのか、ということです。オンリーワンを極めるにはどこかで果敢な勝負が必要です。そしてハングリーでなければ捨て身の勝負はできません。木村さんがハングリーに新しいことに挑戦した方が、ご本人にも、社会にも実りが大きいのではないかと案じてしまいます。

以上の議論は主に収入にフォーカスを当ててきました。しかし、これまでの実績を踏まえると、すでに木村さんは多少のことでは困らないだけの富と名声を手にしているはずです。いったん大きなリスクを取ってでも、いまはチャレンジの時ではないでしょうか。

企業経営にも求められるチャレンジ精神

実は、目先の安定志向にとらわれるのは個人ばかりではありません。企業も全く同じです。

「しっかり営業キャッシュフローを上げて、投資は厳選。フリーキャッシュフローをプラスにして、株主還元もしっかりやって、ROEを高める」

こういう会社はたくさんあります。このお題目は大変優等生的で耳触りが良くて、反対する人はいないでしょう。しかし、まかり間違えると、現在のキャッシュカウビジネスだけに依存し、新しいチャレンジもせず、手元現金や毎期の収益はどんどん株主に返す、将来の成長機会を貪欲に求めない安定志向の罠にはまりかねません。

自社株買いに積極的な企業はROEに敏感で良い企業だと言われることが多いですが、仮に株価が会社のポテンシャルを過小評価しているのであれば、自社株買いの前に、その内容を株式市場にしっかり表明すればいいのです。そして、自社株買いではなく、設備・事業投資で株式市場に示せばいいのです。仮に自社株買いにアナウンスメント効果を求めるなら、少額で十分なはずです。

現在日本の企業の中で「世界一」を達成している、あるいは達成を明確な目標としている企業はどれだけあるでしょうか。そのために、どれだけキャッシュフローとバランスシートを効率的かつ積極的に活用しているでしょうか。トヨタ自動車(7203)は設備・事業・人材・研究開発などの「投資」に積極的ですか、それとも、いわゆる株主還元により積極的ですか? ソフトバンクグループ(9984)、ファーストリテイリング(9983)、日本電産(6594)はどうでしょう。ブリヂストン(5108)やファナック(6954)、信越化学工業(4063)はどうでしょうか。キヤノン(7751)や武田薬品工業(4502)の場合はどうですか。

木村さんの問題は個人でも、そして企業でも見られる問題です。一定の成功を収めた後ほど、安定志向に振りたくなるものです。しかし、変化の速い現代には「安泰」という言葉はありません。常に新しいもの、高い目標にチャレンジするというスピリットを持っていたいものです。自分の決めた領域でナンバーワンになることが、本当のオンリーワンへの道につながると考えています。

LIMO編集部