皆さんは子どものころ、塾に通ったり、家庭教師をつけてもらったりした経験がありますか? 難関私立中学に合格するために小学生のうちから週に何度も塾に通った、あるいは子どもにそうさせた、という方もいらっしゃると思います。
ところで、いま注目を集めている「教育虐待」という言葉をご存じですか? 最近、NHKをはじめ、さまざまなメディアに取り上げられ、非常にホットな話題となっているようです。教育虐待は成人するまでのどの年齢層でもみられますが、ここでは、特に問題点が指摘される中学受験をめぐる現状を見ていきたいと思います。
教育虐待とは?
教育虐待とは、教育に熱心な親が、子どもの意思や受容能力などを無視して過剰な学習スケジュールを無理やりやらせたり、子どもが成績不振であれば暴言や暴力を浴びせたりネグレクト(育児放棄)したりすることを指しています。こうしたことが引き金になって、心療内科を受診する小学生も増えているといわれます。
このような虐待の背景には、批判されつつもいまだにある「学歴主義」「エリート志向」のような風潮や、親の「自分でできなかったことをせめて子どもは……」もしくは「自分と同じように」「この程度の学力じゃうちの子は生きていけない」といった過干渉な思いなどがあるといわれています。
このテーマは、NHKの「ニュースウォッチ9」を皮切りに、「ひるおび!」「サンデー・ジャポン」「バイキング」など多くの番組でも取り上げられ、急速に注目を集めています。
殺人にまで発展した痛ましい事件
2016年8月には、名古屋市内で当時12歳の小学生の息子を父親が包丁で刺して殺害するという事件が起こり、2019年7月の地裁判決では、父親に懲役13年が言い渡されました。
裁判の中では、中学受験を目指すものの思うように勉強の進まない息子を包丁で脅し、暴言・暴力を浴びせていたこの父親自身も、実は祖父から同様に包丁で脅されて中学受験をさせられた経験があるといい、さらにこの祖父も曽祖父から教育虐待を受けていたという、驚くべき「教育虐待の連鎖」も明らかになりました。
この事件については、ネット上でも多くの声が上がっています。
「まさに負の連鎖だよな…」
「多くの教育専門家が『この父親は特別じゃなく、教育熱心な親なら一歩踏み外せば誰でもこうなる可能性がある』と言ってるのが印象的だった」
「自分自身も娘に対して絶対にこうならないよう時々この事件を思い返したい」
「この父親自身も名門中高一貫校に入ったあとに落ちこぼれて結局は大学にも進学しなかったのに、自分の中学受験から何も学ばなかったんだろうか」
ショッキングな事件ではありますが、同時に「誰もがはまる可能性のある問題かも」という自戒を込めた声も多く見られました。
実際に「教育虐待」を受けた人の声
「教育虐待」をテーマにしたテレビ番組や報道、記事などには、さまざまな反応が寄せられています。しばしば見受けられたのが、「まさに自分が教育虐待を受けた」という声です。
「私、中学受験の時、母が怖くて震えながら勉強してた。そして定期的に原因不明の腹痛で冷や汗かいてた。中学入ったらピタっと腹痛なくなったから、ストレスだったんだな。と後に気づいた」
「俺自身が中学受験を主とした10代前半までの経験、はっきり言えば親の教育虐待で勉強死ぬほど嫌いになった」
「俺が母親からされたのがこれだわ。中学受験とかは自分の意思でやったし、あれは楽しかった。ただ、そこに至るまでの過程は本当に思い出したくはないな。学校から帰ってきたら監禁監視状態で勉強。100点取れなければ叩かれる」
「私も夫も教育虐待を受けてきました。互いに親とは半分縁を切り、中学受験をさせなくて良い土地に引っ越しまでしました。それでもまだ、どうしようもない葛藤に日々苦しめられる」
いま中・高・大学に通っている学生だけではなく、社会人になってからも昔の自分が受けた仕打ちを思い出して苦しんでいる人の声も多く見られるのが印象的です。「中学受験をするまでは親との関係もよかったのに」といった嘆きの声もあります。
とはいえ、受験が嫌だったという声ばかりでもありません。
「僕も中学受験経験者で5・6年生の頃は勉強ばっかりしてた でもイヤな思い出ではなく、学習塾の友達と過ごすのは楽しかった覚えがあるな まあ僕は地方だから都内ほど中学受験競争は激しくないからこんなこと言えるのかも笑」
「親もうるさくて大変だったけど受かって入ってみたら実際に小学校より面白いやついっぱいいたし頑張った意味はあったと満足してる」
小学校高学年くらいともなると、特に知識レベルの高い子は「周りの同級生と話が合わなくてつまらない」ということも出てきます。小学校と違って学力レベル別のクラス編成になっていることが多い塾や、実際に受験に合格して入った中学のクラスは、同じくらいの知識レベルを持つ子も比較的多いために話が合って、小学校より仲の良い友達ができるという例もよくあるようです。
心配から気づかず子どもを苦しめてしまう人も
一方で、子どもに中学受験をさせたい親心としては、
「中学受験で勉強した知識は将来役に立たないかもしれないけど、頑張った記憶とかやり抜いた経験は子どもの人生で重要だと思う」
「結果よりも、大変なプロセスをくぐり抜けたことがあとで宝になるから」
「教え方がダメだったせいでその教科が嫌いになることもある。いい学校では面白い先生や授業が多いし、そこからいろんな教科に興味を持って自分で学んでいけるのが理想」
「中学受験=教育虐待という記事をよく見かけるようになった。まだ子どもがいないとき、夜遅くに塾から出てくる子どもを「可哀想」と思った。今中受を考えてるうちの娘は可哀想なのだろうか。それでもこれからの時代生き抜くために受験させたいんだよ〜。」
といった意見もあります。子ども本人はもちろん、費用や時間の面で親の負担も大きい中で、それでも一緒に頑張ろうというのには、相応の覚悟も必要です。親子が納得してその道に進むのは意味のあることです。
他方、そうした考えが教育虐待になっているかも、あるいは教育虐待に発展するかも、という恐怖を持つ親御さんも多いようです。たとえば、次のような思いを吐露する人もいます。
「毎回わからなくて泣く息子見ると やっぱ塾やめようかな そして勉強になると旦那が怖くなる」
「私も教育虐待していた。。幼稚園生に漢字や計算プリント山ほどやらせたり。。すべて自分の自己肯定感の低さから来る行動だと知った時は驚愕。子どものためと思ってたけど、自分が認められたかっただけ」
「息子は志望校に無事受かって楽しく通ってるみたいだからいいけど、いまから振り返ってみると、あのときは自分も夫も異常だったし子どものトラウマになってないか心配。結果オーライだっただけでここまでかけた時間もお金も尋常じゃなく、もう思い出したくない」
「親としては…子どもを追い詰めたつもりはないが、子どもが追い詰められてると感じてたりしたら嫌だなぁ…テストの点数が悪いから…通知表が悪いから…勉強しないから…という理由でキレた覚えはないのできっと大丈夫と自分に言い聞かせてみる。。。」
親自身も、教育虐待になるのはダメだけど、やっぱり勉強自体は大事だと思うし……と、さまざまな点で悩んでいることがうかがえます。
親の中には「子どもはまだ小さいし分別もつかないから、親が正しい道に導いてあげる必要がある」という感覚を持っている人も多くいます。「いまは苦しくても、それを乗り越えたらわかってくれる」と考えて、勉強に関してつい厳しく子どもにあたってしまうという親御さんも多いようです。
将来に向けてどう考えるか?
また、教育虐待というより、将来に向けて激しい受験戦争を経験することそのものに疑問を呈する意見も最近はよく見られます。
「答え出てる問題を解く力に意味あんの?それ全部AIで代替される能力だけど」
「これからは人と違う視点とか経験を持ってることが重要なのに、『この問題の答えが合ってる人だけ来てください』って完全に時代に逆行してる」
「お勉強エリートが必要とされる場面は減っていくんだから、農業とか海外経験とか自然の中でのサバイバル経験とかつけさせるほうがよっぽど有用」
このように、この先の未来や、そこで必要とされる能力の捉え方にも、多くの意見があります。上のような視点からすると、厳しい受験勉強や、ひいては現在の教育そのものにも疑問符がつくのでしょう。ただ、そうした教育の体制は、一朝一夕に変わっていくようなものでもないのが難しいところです。
このように、子どもに期待する将来像から未来の捉え方まで、親の考え方もさまざまです。いずれにしても、子どもが生きていく道は、「親の人生のやり直し」や「親の期待に応えるための人生」ではなく、その子自身の人生です。気づかないうちに教育虐待になってしまうことのないように、この点は親としても気をつけなければいけません。
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