社名を聞いて、その会社の来歴まで思い浮かべる人は少ないだろう。キオクシアホールディングス(285A)という名前が世に出たのは2019年で、それ以前この事業はまったく別の名前で呼ばれていた。
日本を代表する総合電機メーカーの一部門だった時代の痕跡は、製品ではなく資本の側にいまも残っている。
※本記事中の株価は、過去の株式分割の影響を調整した値を使用しています。
- キオクシアホールディングスの前身は東芝のメモリ事業で、2018年に東芝が全株式を手放して独立した
- 2026年3月期の有価証券報告書では東芝がいまも筆頭株主で、持株比率は17.59%
- 2027年3月期1Qの営業利益は1兆2,700億円で、1四半期で前期通期の水準を上回った
1. キオクシアという社名が世に出るまでに起きたこと
私はこの会社を長いあいだ「メモリの会社」としてだけ見ていた。社名から連想するのはNAND型フラッシュメモリで、それより前をたどろうとは思わなかった。
ところが有価証券報告書の沿革は、まったく別の話から始まる。もともとこの事業は、東芝の社内カンパニーが抱えるメモリ事業だった。
2017年1月にメモリ事業を分社化する方針が決まり、翌2月に旧東芝メモリが東芝の100%子会社として設立される。同年4月、会社分割によってメモリ・SSD事業がそこへ移った。
資本が動いたのはその翌年だ。2018年6月、東芝は旧東芝メモリの全株式を、Bain Capital Private Equity, L.P.を軸とする企業コンソーシアムが組成した買収目的会社、Pangeaへ譲渡した。
同年8月にはPangeaが存続会社として旧東芝メモリを吸収合併し、東芝メモリへ社名を変えている。2019年3月に単独株式移転で持株会社が設立され、同年10月に持株会社と事業会社がそろってキオクシアへ改称した。
社名は日本語の「記憶」とギリシャ語の「価値」に由来すると有報に書かれている。東京証券取引所プライム市場への上場は2024年12月で、上場銘柄としてはまだ若い。
つまりキオクシアという名前は、この事業の歴史のなかでかなり後から付いたものだ。そして名前が変わっても、資本の来歴は消えていない。
2. 東芝が手放した会社の筆頭株主が、いまも東芝であるという構造
2026年3月期の有価証券報告書に載る大株主の状況を見ると、首位は株式会社東芝で、持株比率は17.59%だ。全株式を譲渡した相手が、いまも筆頭株主として名を連ねている。
買収の器の名前も株主名簿に残っている。BCPE Pangea Cayman2, Ltd.が14.17%、BCPE Pangea Cayman 1A, L.P.が4.91%と、Pangeaを冠した4つの名義を合わせると2割強を占める。
この構図は動いている。1年前の2025年3月期には東芝が30.5%を持ち、Pangeaを冠した4名義の合計は5割を超えていた。1年で東芝は17.59%まで下がり、ベイン系も2割強へ縮んだ。
東芝の側の開示でも位置づけははっきりしている。2023年3月末時点で、東芝はキオクシアホールディングスを持分法適用関連会社として扱い、議決権比率は40.6%だった。
貸借対照表にも痕跡がある。2026年3月期末のれんは3,955億円で、過去3期ほとんど動いていない。買収の過程で生じた無形の資産が、いまも資産の一角を占めたままだ。
資本の薄さも来歴と重なる。2026年3月期末の自己資本比率は37.9%で、有利子負債は1兆475億円ある。電気機器181社の自己資本比率の中央値は62.2%なので、これと比べると大きく低い。
「電気機器の大手といえば財務が厚い」という一般的な見方と、この水準は噛み合わない。ただし同じ期のROE(自己資本利益率)は51.9%で、業種中央値の7.4%を大きく上回る。
薄い資本と高い資本効率は、対立する話ではない。同じ資本構成から同時に出てくる姿だと考えられる。
積み上げの過程も見ておきたい。親会社の所有者に帰属する持分は2024年3月期に4,496億円まで細り、2026年3月期には1兆3,989億円へ増えた。
利益剰余金は2024年3月期の▲4,630億円から2026年3月期に3,669億円へ転じている。分離後の赤字期に開いた穴を、自前の利益で埋め戻したということだ。
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出所:キオクシアホールディングス株式会社 有価証券報告書をもとに筆者作成
図の形がそのまま示すのは、外から資本を入れ替えられた会社が、いまは稼いだ利益で自分の資本を厚くしている局面にあるということだろう。
3. 1カ月で37%上げた株価と、PBR11倍台という値付け
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出所:各種資料をもとに筆者作成
株価はこの1カ月、大きく振れた。2026年7月29日の終値は38,380円で、これが直近1カ月では最も低い。
そこから水準を切り上げ、8月17日には61,840円まで上げている。直近1カ月ではこの日が最も高い。
その後は上げ幅を吐き出し、8月19日に49,950円、8月26日に50,000円まで下げた。8月27日の終値は52,500円で、前営業日からは上昇した。
起点から終点までを並べれば1カ月で37%の上昇だが、その間に6万円台と5万円割れの両方を通っている。ボラティリティ(株価の日々の値動きの激しさ)は相当に高い。
8月27日時点のPBR(株価純資産倍率)は11.97倍だ。水準としてはかなり高い。メモリ市況の強さと、1株当たり純資産がまだ薄いことの両方が効いていると考えられる。
値動きの理由を1つに絞るのは難しい。AI向けの需要を織り込む買いと、短期の値幅を取る売買が重なった可能性は高い。相場全体の地合いも無視できない。
ただ、株価がどれだけ振れても資本の来歴は変わらない。1カ月の値動きを見るときと、資本構成を見るときでは、目を置く時間の長さがまるで違う。
4. 筆者コメント
なぜ、この会社のイメージは来歴から切り離されたまま定着したのだろうか。
理由の1つは、社名が2019年に付いたことだと考えられる。個人投資家がこの銘柄を意識したのは2024年12月の上場以降で、その時点で会社の名前はすでにキオクシアだった。
もう1つは、事業がメモリの単一セグメントに絞られていることだろう。総合電機の一部門だった痕跡は製品側には残らず、株主名簿と貸借対照表にだけ残る。
だから沿革を開かないかぎり、東芝という名前は出てこない。裏を返せば、大株主の状況を1ページ見るだけで、この銘柄の見え方は変わるということだ。
株価の振れ幅だけを追っていると、こうした構造は視野に入らない。四半期の数字を確かめるのと同じ手間で、資本の来歴にも目を向けることをおすすめしたい。