アナリストが気づいた3つのポイント
明治時代に英国から輸入された蒸気機関車(以下、SL)が、産業遺産として動態保存されている大変めずらしい例。しかも大学の博物館で維持・管理されているのは日本では唯一で、ありがたいことに無料で一般公開されています。
これまで日本の保存鉄道は民間鉄道会社による営利運転がベース。それも新幹線等で旅客を大都市圏から移動させ、SLの牽引する列車に乗車させてマネタイズするモデルが主流です。これでは時間的拘束が強く、顧客層の拡大に限界がありそうです。
東武鉄道が2017年度を目途に、下今市―鬼怒川温泉間(12.4㎞)でSL運行を開始するのは注目です。
ぶらり、東武動物公園駅へ
半日ほど自由時間ができた先日の土曜日、のんびり東武鉄道スカイツリーライン(旧伊勢崎線)に揺られ、東武動物公園駅に向かいました。
お目当てはホワイトタイガー、ではなく明治24年に英国ダブス社によって製造されたSL、2100型2109号です。日本工業大学工業技術博物館に動態保存されています。
登録有形文化財のSL、2100型2109号
日本の鉄道の歴史は明治5年に新橋―横浜間の開業から始まります。東海道線の全線開通は明治22年。このSLが輸入されたのはその2年後です。ちなみに、国産のSL第1号は明治26年に誕生しています。
当時、同一設計の機関車が英国、ドイツ、米国、日本から発注され、総数は500両以上あったと言われています。
このSLは国鉄で長く使用され、その後一時は静岡県の大井川鉄道で動態保存・静態保存されていました。そして、整備の上、日本工業大学に寄贈され平成5年から同校で動態保存されているという、日本では稀な保存形態です。平成20年、登録有形文化財になりました。
月1回程度校内の200メートルほどの線路を運行しており、無料で一般公開されています。希望者は運転室に同乗させてもらえます。
日本のSL動態保存の現状
先ほども述べましたが、日本工業大学による動態保存は大変珍しいケースです。現在、日本のSLの動態保存は2つに分類できます。
1つは、SL列車の旅を丸1日かけて楽しんでもらうもの。これはJR、大井川鉄道、秩父鉄道、真岡鉄道などが行っています。もう1つは施設の中で短い路線を走らせるアトラクションの形態で、明治村がその代表例です。
しかし、前者のやり方では市場拡大に限界がありそうです。例えばJR東日本の場合、SL列車の起点は高崎、新潟、花巻ですが、首都圏から日帰りできるのは高崎だけ。新潟発は終着が会津若松で片道4時間の旅、花巻発の終着は釜石で片道4時間半かかります。
こうなると、列車に揺られること自体で実質1日が過ぎてしまうので、集客のすそ野やリピートに限度があるでしょう。しかも途中で下車して首都圏に戻るというのが難しいルートです。
日本在住者にとってもそうであれば、駆け足で日本を回るようなインバウンドの旅客に対しても訴求しにくいのではないでしょうか。
実際、SL動態保存のパイオニアである大井川鉄道は経営難から名古屋鉄道が手を引き、新しいスポンサーが再建に乗り出すという事態になっています。
SL列車に1日揺られる、というコンテンツだけではなかなか採算が取れず、期待のインバウンド取り込みも難航しそうだ、そう暗示している気がします。
東武鉄道のSL運行は成功するか
実は、今、注目しているのは東武鉄道が2017年度に開始予定の下今市―鬼怒川温泉間12.4㎞のSL列車運行計画です。
初めにこの話を耳にしたときはピンとこなかったのですが、改めて考えてみると、面白いと思い始めました。JR東日本の高崎起点のモデル(高崎―水上間および高崎―横川間)と似ています。
首都圏から日帰り圏である日光・鬼怒川地区で「ちょっと」余計に時間を使ってもらう「アトラクション」が増えるというアプローチです。これで日帰り客の集客強化と日帰り客の宿泊客化を狙うことになります。
日光を(JRで)訪問する外国人観光客にも、JR日光駅と東武日光駅、あるいはJR今市駅と東武下今市駅が近いことから、比較的容易に利用してもらえるでしょう。
あとは外国人にも分かるようなストーリー性が必要だと思います。
SL列車に乗るというのは、いわばタイムスリップをするということです。日光や鬼怒川温泉の歴史、東武鉄道との関わり合いが歴史的に俯瞰できるような仕掛けがあると老若男女が楽しめる内容になるでしょう。鬼怒川温泉側のコラボがあればなお良いのではないでしょうか。
SLの動態保存はノウハウの維持・継承が大切ですし、多少なりとも環境負荷がかかるものです。費用対効果を確保できる持続可能なモデルとして存続してほしいと考えました。
最後に、蒸気を出す古豪の姿をご覧ください。
椎名 則夫