76年の歴史を一新、社名を「コーチ」から「タペストリー」に
高級革製品などのブランド品を手掛ける米国の「コーチ」は、2017年10月31日から社名を「タペストリー」に変更しました。同社はニューヨーク証券取引所にも上場していますが、この社名変更に伴い、ティッカーと呼ばれる銘柄名の略称も10月31日以降は「COH」から「TPR」に変わっています。
企業にとって会社名は最大の無形資産でありブランドです。また、その変更は、一歩間違えば、これまで築いてきたブランドイメージを崩したり、顧客離れを招いたりする可能性もあります。そのため、こうしたハイリスクな経営判断を行ったことには大きな意味があると容易に推察されます。
そこで今回は、なぜ、1941年に創業されてから76年も続いた社名を捨て、新たな社名を取り入れるとの決断に至ったのか、また、この取り組みの成否について考えてみたいと思います。
そもそもコーチとはどんな会社か?
まず、コーチという会社について簡単におさらいをしたいと思います。
コーチは、家族経営の工房として1941年にニューヨーク・マンハッタンで創立されています。当初は、すべて6人の熟練職人による手作りの製品が主体でした。同社の社是は「高品質と完全性の原則を大切に守ること」とされていますが、その考えは、この時代から受け継がれてきたものです。
現在のコーチは有名ブランドの一角として、男性用および女性用のハンドバッグ、ビジネスバッグ、トラベル用品、革小物、アウターウェア、アイウェア、スカーフ、香水、宝飾品、腕時計などのアクセサリーやギフトを手がける世界的な企業となっています。
ただし、企業としてのコーチには、2014年以降、今回の社名変更にも関連する大きな出来事が3つありました。
第1は、最高経営責任者(CEO)の交代です。2014年に、同社に35年間にわたり勤め「コーチの 2人目の創始者」とも称されたルー・フランクフォート前CEOに代わり、新たにビクター・ルイス現CEOがトップを引き継いでいます。
報道によると、その頃の同社は値下げに頼りすぎ、ブランドイメージが悪化傾向にあったとのことです。実際、下図のように、株価も2012年前半をピークに2014年中ごろまで下落傾向が続いていました。
第2は、2015年に高級靴ブランドの「スチュアート・ワイツマン」を買収したことです。同社は、1986年に靴デザイナーのスチュアート・ワイツマン(Stuart Weitzman)氏の名を冠した企業として創業され、独特な素材を使い、主に女性向けの高級シューズやバッグなどを展開しています。
第3は、2017年夏に、ミレニアム世代の若者を中心に人気がある「ケイト・スペード」を買収したことです。同社は1993年にファッションデザイナーのケイト・スペード(Kate Spade)氏とその夫であるアンディ・スペード(Andy Spade)氏によって設立され、バッグ、アパレル、靴、アクセサリーなどを展開しています。
こうした取り組みによって、「新生コーチ」すなわち「タペストリー」は、「コーチ」、「スチュアート・ワイツマン」、「ケイト・スペード」の3つのブランドを持つ複合ブランド企業に変わったことになります。
ちなみに、社名変更後の初年度となる2018年6月期の市場コンセンサスによる売上高は59億ドル(約6,700億円、1ドル114円換算)となります。日本ではあまり比較対象となる企業が見当たりませんが、ユニクロを展開するファーストリテイリング(9983)の2018年3月期の会社予想売上高は2兆500億円であることから、それと比べると3分の1程度の売上規模の会社ということになります。
満を持しての社名変更だった
上述のように、2014年の経営者交代以降、同社はコーチ単独のブランド企業から、複数のブランドを扱う複合ブランド企業への転換に取り組んできました。また、各種報道によると、ブランドイメージを回復させるために安売りを避けるような施策も取られてきました。
このため、10月に行われた社名変更の発表では、その目的には「to grow beyond the coach brand」(コーチブランドを超えた成長を目指す)という意志が込められているとされています。つまり、企業としての変革を果たし、満を持して社名変更を行ったということになります。
では、この「タペストリー」という新社名にはどのような思いが込められているのでしょうか。
タペストリーとは、壁掛けなどに使われる織物のことですが、そこでは様々な色や太さの糸が織り込まれて一つの「絵」が描かれています。同じように、今回の新社名には、それぞれの独立ブランドが独自性を保ちながら、企業が集合体として成長していくことを目指すという意図が反映されているようです。
今後の注目点
2017年11月7日には、社名変更後初めての決算が発表されています。第1四半期の実績(2017年7~9月期)は、ケイト・スペードの買収効果により、売上高は前年同期比24%増と大きく伸びましたが、買収関連費用の計上で最終損益は赤字となっています。
また、傘下で祖業でもあるコーチ店舗の既存店売上高は前年比2%減と振るいませんでした。このため、8日の株価は前日比▲4%減となっています。
このように、直近の決算を見る限り、まだ変革後のポジティブな変化を十分に感じとることはできません。ただし、「ケイト・スペード」の買収や社名変更からは日が浅いため、同社の取り組みが失敗だったと結論付けるのは早計かもしれません。
むしろ、世界的な株高で今年の年末商戦では高額ブランド品の販売増が期待できることや、買収によるシナジー効果がこれから発現してくる可能性もあることから、今後の動向には大いに注目したいと思います。
和泉 美治