投信1編集部による本記事の注目点

  •  LGディスプレー(LGD)の中国広州工場建設計画に、韓国政府(産業通商資源省)が否定的な見解を露わにし、見直しを勧告したことで波紋が広がっています。
  •  LGDが建設する広州工場が広州地方政府と合弁投資の形態で進められるため、有機EL製造技術が流出することを憂慮したというのが、産業通商資源省が待ったをかけた表向きの理由と推察されます。
  •  10年ほど前、サムスン電子とSKハイニックスが中国現地における半導体工場建設を打ち出した際にも多くの関連筋から反対の声が上がりましたが、中国半導体メーカーの技術水準は、微細化や量産技術などでいまだに韓国に遅れを取っているのが現状です。

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韓国政府(産業通商資源省)は、このほどLGディスプレー(LGD)の中国広州工場建設計画について否定的な見解を露わにし、見直しを勧告した。先端の有機ELパネル製造技術が中国に流出する可能性を懸念したためだ。

この産業通商資源省の表明によって、LGDをはじめ、同社に有機EL製造装置を納入する多くの装置メーカーにも大きな波紋が広がっている。

2014年9月、LGDの中国広州液晶工場竣工式の様子

韓国装置メーカーの喪失金額は4兆ウォンに

有機ELパネル製造装置のドライエッチャーをLGDに供給するある中堅装置メーカーは、2018年度の事業計画が立てられない状況に陥っている。同社がLGDの広州工場に納入予定の装置は700億ウォン(約70億円)にのぼり、全社売上高の20%に達するためだ。また、LGDに蒸着装置を提供する中堅メーカーの場合、売上高の減少だけではなく、追加の雇用計画も見直さざるを得ないといい、韓国政府の勧告に不満を吐露する。

万が一、LGDの広州工場計画が白紙になった場合、韓国におけるLGDの協力メーカーらは、約4兆ウォン(約4000億円)強のビジネスチャンスを喪失するかもしれないといわれている。

LGDが18~20年までに、広州工場の建設に必要な設備と部品調達に費やす金額は5兆ウォン(約5000億円)にのぼると見積もられている。このうち、韓国装置メーカーが受注する金額は4兆ウォン程度で、全体の80%を占める。また、20年の工場完成以降における、毎年1兆ウォン(約1000億円)程度の施設維持およびメンテナンス費用も消滅してしまう。

LGDが中国市場で大型有機ELパネルをアピールしている(2017年9月)

有機EL製造技術の中国流出を懸念

産業通商資源省がLGDの広州工場建設に待ったをかけた表向きの理由は、「有機EL製造技術の流出」への憂慮であろう。

韓国は半導体や有機ELなど、国家のコア技術に関連した工場を海外で建設する際、産業通商資源大臣に申告して承認を得なければならない。同省は、LGDが建設する広州工場は広州地方政府と合弁投資の形態で進めることから、LGDの持つ大型有機ELパネル製造技術が中国に流出する懸念があると判断している。

だが、韓国ディスプレー産業界は、こうした政府の主張に全面的に賛同してはいない。これまで海外への技術流出は、産業通商資源部傘下の電気・電子専門委員会によって審査され、承認申請後45日以内に結果が通達されてきた。しかし、LGDの今回の件は、17年7月末に申請があったにもかかわらず、突然、特別小委員会が設置され、改めて審査がなされた。これは、「文在寅(ムン・ジェイン)政権が雇用創出を優先的な国政課題に位置づけていることから、国内の雇用が減少するような企業の活動を制限する傾向にあるためだ」と韓国ディスプレー業界の専門家は指摘している。

LGDにとって中国工場の建設は不可欠

LGDとしては、大型テレビ向け有機ELパネルの生産には、中国工場を建設するのが最も理想的な事業戦略だと強調している。

中国工場の建設が認められないとしても、韓国国内への建設に方向転換するのは困難である。LGDの韓国坡州(パジュ)工場には拡張余地がなく、新たな敷地を確保して工場を建設する場合、最短で5年はかかるといわれている。テレビ向け有機ELパネルは、6カ月~1年前に発注を受けて生産するという流れであるため、工場の建設が遅れれば遅れるほどLGDの顧客に対する信頼が低下する。同社はすでに、14年9月から広州で大型テレビ向けの8.5G液晶パネル工場を運営している。

専門家らは「川上・川下産業への影響が大きいディスプレー産業の特性上、LGDの広州工場建設には、韓国政府の素早い決断が求められている」と警告している。

有機ELの韓国勢シェアは低下する見通し

こうしたなか、ディスプレー専門調査会社のDSCCが興味深いレポートを発表した。それによると、22年ごろには有機EL市場における韓国勢のシェア(キャパシティー基準)が63%に低下すると予測している。

韓国勢は16年にシェア94%を誇ったが、中小型フレキシブル有機ELを中心に中国勢の投資規模が継続的に増加し、韓国勢からシェアを奪い取ると予想している。中国勢は中小型フレキシブル有機ELに積極的に投資し、16年に市場の4%に過ぎなかった生産キャパシティーが22年には36%へ増大し、年平均114%ずつ成長するとDSCCは予測している。巨大な内需と中国政府の支援をバックに急成長し、韓国優位だった世界の有機EL市場の構図を大きく揺さぶっている。

実際、17年10月になって、BOEがフレキシブル有機ELをファーウェイに供給することが明らかになり、韓国ディスプレー業界に激震が走った。中国青島に位置するBOEの工場(B7)で10月末から有機ELパネルを生産し、ファーウェイなど主に中国セットメーカーに納品することになると、韓国経済紙が報じている。

国内投資誘導に悩む韓国政府

韓国ディスプレー産業界の大勢は、LGDの広州工場建設をビジネス的な観点から支持している。特に、「サムスン電子やSKハイニックスが中国現地工場を運営しているが、メモリー半導体技術が流出したという事例はなく、LGDの中国工場建設がすぐに有機EL技術の流出にはつながらない」と専門家らは分析している。

確かに、サムスン電子とSKハイニックスが10年ほど前、中国現地における半導体工場建設を打ち出した際、多くの関連筋から反対の声が上がったが、中国半導体メーカーの技術水準は、微細化や量産技術などでいまだに韓国に遅れを取っているのが現状だ。

韓国政府には、市場原理に基づく海外工場建設の許認可と、雇用促進のための国内投資誘導という狭間で、最適な判断が求められている。

電子デバイス産業新聞 ソウル支局長 嚴在漢

投信1編集部からのコメント

半導体や、液晶・有機ELパネルをコモディティーと言い切ることはできません。しかし、そうした産業では、技術もさることながら、巨額の設備投資が可能なプレーヤーが興味を持ち、製造装置にそのノウハウがある程度蓄積されるということを前提にすれば、技術的優位性のある企業が存在する国から別の国に産業そのものがシフトすることは、これまでの歴史を見ても十分にあり得ることです。

日本はこの事実に鑑み、産業全体で調達できる資金規模を視野に入れながら、どの産業を残し、どの産業を捨てるかの選択をし続けなければなりません。ただ、翻ってみるとCPUという半導体がないのが悔やまれるところです。

電子デバイス産業新聞×投信1編集部

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