皆さんの中にもアップルのiPhoneを利用している方は多いのではないでしょうか。iPhoneの日本における市場シェアは海外各国よりも高いとされ、アップルからすれば日本は「お得意様の国」なのです。
そのアップルが、神奈川県横浜市港北区綱島の「Tsunashimaサステイナブル・スマートタウン」(以下、綱島SST)内に研究所を構えつつあります。アップルの狙いは何かを考えてみたいと思います。
綱島SSTは旧松下通信工業の跡地
綱島SSTは東急東横線の日吉駅にほど近い、旧松下通信工業(現パナソニック)の工場跡地を再開発して作られる予定の新しい街です。
今後の開発の中で、野村不動産(3231)が展開するマンション「プラウド綱島SST」やENEOSの水素ステーション、国際学生寮、ユニーなどの商業施設が整います。その街づくりの一部にアップルの技術開発施設が加わることになるわけです。
かつて携帯電話市場で存在感を示したパナソニック(6752)が事業所を所有していた跡地に、スマートフォン市場をリードしてきたアップルが技術研究所を展開するというのは、時代の流れとともに勝者と敗者の構図を感じずにはいられません。
ただ、パナソニックは消費者が利用するハードウェアというマイクロな商品を扱う領域から、街づくりとその運営という、より上流の仕事に軸足を移したという見方もできるかもしれません。
なぜアップルは温泉街・綱島を選んだのか
さて、その綱島にはどのようなイメージをお持ちでしょうか。綱島は古くは温泉場として知られ、歓楽街としても有名なところでした。その綱島になぜアップルの研究所が?という疑問を持つ方もいるでしょう。
もちろん、まとまった用地と環境にやさしいインフラが手に入る場所が綱島SSTだったという可能性は高いと思います。その一方で、横浜市にある外資系メーカーの研究所はアップルが最初ではないという背景もあります。
たとえば、韓国サムスングループの研究所であるサムスン日本研究所は横浜市鶴見区にあります。そこから鶴見川を北にさかのぼっていくと今回のアップルの研究所にたどり着くことになります。横浜はテクノロジー企業の研究所が集まっていると言えるかもしれません。
外資系メーカーだけではなく、現在、経営再建が課題となっている東芝(6502)にとっても、サムスン日本研究所に近い神奈川県川崎市は同社の歴史を振り返るうえで重要な場所です。
横浜市に話を戻すと、綱島と同じ港北区にある新横浜には、ソフトバンク(9984)が買収した英ARMの日本支社を始め、半導体関連企業が集まっています。さながら”日本のシリコンバレー”のようでもあります。
サムスンも横浜に研究所がある
数年前、サムスンが日本で材料や電装系の自動車部品に強いエンジニアを積極的に採用しているという話もありましたが、そうした人材を採用しようとする場合、この横浜には地の利があると言えるのではないでしょうか。
アップルも今後、これまでのハードウェアだけではなく、日本企業に優位性のある材料・デバイスを含めた優秀な人材の獲得や、それらを組み合わせた新しい機能を生み出そうとするのであれば横浜は最適な場所でしょう。
ちなみに、綱島の近くには慶應義塾大学理工学部のキャンパスもあります。アップルが学生とどの程度の接点を持ちたがるかは不明ですが、優秀な学生を青田買いしたいのであればそれもまた可能な場所でもあります。
アップルの研究開発費は日立製作所の約3倍
ところで、アップルの研究開発(R&D)費はどの程度なのでしょうか。
2016年度のR&D費は約100億ドル(1ドル110円換算で1兆1,000億円)とされます。一方、日本で研究開発に熱心な日立製作所(6501)はグループ全体で3,337億円(2015年度)と、アップルのR&D費は日立の3倍超となる計算です。
また、アップルのR&D費が売上高に占める割合は2016年度で約5%です(日立は3.3%、2015年度)。しかし、アップルも当初から売上高の5%も研究に充ててきたわけではありません。
アップルの2014年度、2015年度のR&D費はそれぞれ60億ドル(同6,600億円)、80億ドル(同8,800億円)で、売上高に占める比率はそれぞれ3%程度でした。つまり、アップルは2016年度にR&Dに対する投資のギアを上げたことになります。
なぜアップルはR&Dに積極的なのか
アップルのiPhoneが登場したのは2007年です。当初はGSM向けで、移動通信インフラも現在のようではなく、使いずらいということで売れ行きは良くありませんでした。
その後、iPhone 3Gが発売され、世界で爆発的に売れるようになったのが2008年です。それから早10年近くが経とうとしていますが、果たしてその間にアップルはイノベーティブな商品を提案できたのでしょうか。
iPhone以降、iPadやApple WATCHといった新商品は出てきたものの、2017年度第2四半期の決算を見ると売上高の60%強はiPhoneです。
また、販売台数も同四半期を対前年同期比で見るとiPhoneは微減、iPadは▲13%減となっています。今後、早い段階で売上高をけん引していけるような商品が欲しいところでしょう。
アップルが次に狙うアプリケーションに必要なものとは
アップルは自動運転に積極的だとか、はたまたそのスタンスはトーンダウンしているとか、様々言われています。しかし、iPhoneに変わる巨大な事業を生み出すのはそうたやすいことではありません。
加えて、材料やデバイスが新しい商品を生み出してきたのはこれまでの歴史を見れば明らかです。
iPhoneの前身ともいえるiPodは東芝の小型ハードディスクドライブ(HDD)がなければ存在しえなかったし、iPhoneも同社が開発したNANDフラッシュメモリがなければここまで普及しなかったでしょう。
東芝だけではありません。シャープ(6753)の液晶パネル、村田製作所(6981)のセラミックコンデンサといたキーデバイスを安定的に調達してこれたからこそ、今のアップルがあるわけです。つまり、材料やデバイスにイノベーションやアップグレードがなければアップルの次の発展はないとも言えるでしょう。
まとめにかえて
今回はアップルの新しい研究施設の話題から、同社のR&Dについて考えてみました。今後、アップルがスマホや時計といったコンシューマ向けデバイスからどのようなアプリケーションにシフトしていくのか、また、材料やデバイスの開発でどのように日本企業と連携していくのかに注目したいところです。
青山 諭志