2017年シーズンから風間八宏前監督(現名古屋グランパス監督)から川崎フロンターレ(以下、川崎F)の指揮官を引き継いだ鬼木達監督。しかし、川崎Fは開幕前後からけが人が続出。中心選手であるエウシーニョ(エウソン)選手や2017年シーズンに活躍が期待されている家長昭博選手(大宮アルディージャから移籍)も出場できずにいた。
一方、鬼木監督はけが人続出により選手配置に苦心しながらもACL(アジア・チャンピオンズリーグ)ではグループステージを首位で突破。今後もさらに勝ち進むことが期待されている。
また、2017年5月19日のJリーグでは昨年、チャンピオンシップ、天皇杯と川崎Fのタイトル獲得に立ちはだかった鹿島アントラーズを0-3で下し、好調だ。今回はその「鬼木フロンターレ」の戦術についてみていきたい。
個の技術を軸に戦術に広がり
2017年シーズンに入り、鬼木監督下では昨年からのボールを支配して対戦チームを圧倒するスタイルに加え、攻守の切り替えや球際の厳しさなど、個の技術に加えて、勝ちにこだわるエッセンスを植え付けている。元鹿島の鬼木監督らしさが加わっている印象だ。
その一端が現れたのが、2017年5月19日の対鹿島戦だ。鹿島の小笠原満男選手からのコーナーキック後、鈴木優磨選手が放ったシュートを川崎FのGKチョン・ソンリョン選手が好セーブ。そのこぼれ球を車屋紳太郎選手がドリブルで駆け上がり、長谷川竜也選手にスルーパスを送る。長谷川選手が相手を寄せ付けずに上手にドリブルでゴール前に持ち込み、シュート。そのシュートを鹿島のGKクォン・スンテ選手が一度ははじくが、詰めていた川崎Fの阿部浩之選手がきっちりゴール。カウンター攻撃できっちりと鹿島から先制点を獲得した。
川崎Fといえば、ゴールキーパーからディフェンス、ボランチとつないでしっかりとビルドアップをしていくというのがよく見られるパターンだ。昨年はカウンターを仕掛ける場面でも、味方の準備、人数が整うまでタメを作るようなプレーも見受けられた。ただ、今回は一気に攻めあがり、得点に結びつけた。鹿島の得意なカウンター攻撃のお株を奪うようなスタイルだ。
もちろん、川崎Fのビルドアップをしっかりし、フォーメーション通りにしっかり守る相手をパスをやり取りし、外に広げ、中に切り込むスタイルも健在だ。
実際、5月19日の試合で鹿島の石井正忠監督の「相手の両サイドハーフにボールが入ったとき、外側に追い出す守備を徹底すること」というハーフタイム時のコメントにあるように、川崎のサイドから中に切り込み、正面から攻撃をされるシーンについての注意をしている。
こうしてみると今年の川崎Fはボールを支配してゲームのイニシアティブをとるというこれまでのスタイルに、相手にスキがあれば、数的優位を確立していなくとも攻め込むというエッセンスを加えたことになる。
鬼木フロンターレのゼロトップ戦術
Jリーグで3試合連続得点をあげた阿部浩之選手は2017年に川崎Fへガンバ大阪から移籍してきた選手だ。ボールの扱いやシュートが上手な選手であるというだけではなく、動き出しの良さも目立ち、また献身的にディフェンスをする姿勢も見せている。ポジションは最近では小林悠選手とポジションが入れ替わって試合に入ることもあるが、ここ最近は1トップを任されることが多い。
ただし、このマイクロな点に注目しているだけでは鬼木戦術を見落としてしまう。もともとは小林選手の1トップという体制を試していたが、小林選手に相手の意識やマークが厳しくなり、思った通りに動ける時間帯や機会が減っていた。そこで、阿部選手の1トップにして小林選手を右に配置し、相手のマークを薄めるという変更をしているように見える。
しかし、ポジション変更はそれだけが狙いではない。川崎Fの前線は1トップの阿部選手のほかにトップ下に中村憲剛選手、左に長谷川選手が配置されることが多い。実態は、「阿部・小林・中村・長谷川」という4人が流動的に前線で配置を変えながら決定機を作り出すという布陣だ。見方によってはトップを意識的に置かない「ゼロトップ」戦術ともいえる。
これにはどういったメリットがあるのだろうか。
鹿島のようにシステムを忠実に形成しその中でボールを奪いたがるチームやディフェンスに人数をかけてブロックするチームを攪乱する機会を得ることができる。2016年の川崎Fは先述のように鹿島相手に辛酸をなめ、またシーズン中にはブロックを敷いてくる下位チームに勝ち切れないという局面を目にした。2017年にそれらに対応した形が現在の布陣ともいえる。
孫子に見る無形の形と奇襲
このゼロトップは、「孫子」の兵法に見られる無形の形といえなくもない。孫子は多くの経営者が愛読をしているだけではなく、元ブラジル代表監督のルイス・フェリペ・スコラーリが愛読していたとしても知られる。ちなみにスコラーリはACLで川崎Fと対戦した広州恒大の現監督でもある。
孫子は理想の軍の形を水で例えている。水には形がなく、とらえどころがない。また、変幻自在であり、刺激を加えれば動きを伴う。
川崎Fのゼロトップはそうした水のような形を意識しているのかもしれない。水は高いところから低いところに流れ、勢いを帯びるとその力は大きなものとなっている。前線が孤立することなく、相手にとってとらえどころがなく、一体となり攻撃できることが簡単に言えば、攻撃の厚みを増すということである。
また、相手がしっかりと守備を敷いているときにこそ奇襲が必要だ。ただ、守備のシステムがしっかりとしている、また数的優位を作っている場合などは奇襲は仕掛けにくい。仮に仕掛けたとしても相手の守備網に引っかかってしまう。こうした場合こそ個の技術が必要となる。
特に最近の川崎Fではよく自陣でパス回しをするシーンを見かける。相手がボールをとりたがるチームであれば、自陣内に多くの相手選手を引き込むことができる。結果、相手陣内の守備の枚数が薄くなり、攻撃の選択肢と機会が増えるからだ。これが奇襲のチャンスとなる。
ただし、この戦術をとるためには、自陣でボール回しができるという技術が必要だ。相手にボールを食いつかせるために自陣でボール回しをするというリスクをとるからだ。ここでも個の技術が問われることになる。
話はそれるが、昨年や一昨年は、ディフェンダーでもあるエウシーニョ選手が変幻自在にゴール前に現れ、得点に絡んでいた。フォワードのような活躍をしていた。サポーターからは「そこにエウソン」という言葉も生まれ、まさに奇襲の申し子のような存在である。確かな技術のもとに変幻自在なポジション取りで得点に結びつけていたのは記憶に新しい。エウシーニョ選手は現在けがにより出場していないが、復帰後はさらに川崎Fの攻撃に厚みを増すであろう。
新しいスタイルを確立しつつある川崎F
話を戻そう。
このように、川崎Fは悲願のタイトルを獲得するためにこれまでのボールを支配するというスタイルの上に、攻め手の選択肢を増やす手立てに出ている。
昨年までは大久保嘉人選手(現FC東京)が決定機を得点に結びつけるというフィニッシュがスタイルとしてあったが、現在は誰が得点に絡んでもおかしくない状況が生まれつつある。
小林選手の目を引く切り返しやしなやかなシュートは川崎Fの強みであるが、誰でも得点してもおかしくないという体制は、今後ACLや長いリーグ戦を戦っていく上では不可欠となる。引き続き新生・川崎Fに注目だ。
LIMO編集部