皆さま こんにちは。アセットマネジメントOneで調査グループ長を務めます柏原延行です。

5月17日の米国株式市場(NYダウ工業株30種平均)は、372.82ドル(▲1.8%)下落の20,606.93ドルとなりました。恐怖指数とも呼ばれるVIX指数も15.59と前日までの10近辺から急上昇し、投資家が将来の市場の変動性が大きいと考えていることを示しています。フランス大統領選後に上昇していたことの反動もあると思われますが、米国株式市場の下落率は比較的大きなものとなりました。そして、これは、皆様もご承知の通り、米国の政治的混乱に起因するものと思われます。

5月9日に、トランプ大統領はコミー米連邦捜査局(FBI)長官を突然解任しました。その後、16日に米ニューヨークタイムズ紙などが、トランプ大統領がコミー氏に対して、「フリン前大統領補佐官のロシアとの関係についての捜査を打ち切るよう求めた」と報じました。これらの報道を受けて、一部には、「ニクソン大統領が辞任を余儀なくされたウォーターゲート事件」との類似性を指摘する声が見られ始めているように思います。

そこで、今回のコラムでは、ウォーターゲート事件の経緯と今回との類似性について考えたいと思います。

ワシントンポストのスクープから始まったウォーターゲート事件は、1973年10月20日のコックス特別検察官の解任(土曜日の夜の虐殺と呼ばれます)にて重大な局面を迎えました(大統領による司法への介入との視点では、コミー氏解任と類似性が見られます、この時には解任の3日後には議会が弾劾手続き入りしました)。そして、解任から約1年後の1974年8月9日に(弾劾の決議に賛成する議員が多数を占めることが予想されたため、)ニクソン大統領は辞任を選択します。

そして、コックス特別検察官解任から、ニクソン大統領辞任までの期間のNYダウ工業株30種平均の下落は、約2割にも達し、その後も市場は低迷し、1974年12月6日には約4割の下落となりました(図表1)。

図表1:NYダウ工業株30種平均
1973年6月29日~1974年12月31日:日次

出所:ブルームバーグのデータを基にアセットマネジメントOneが作成。

このように、ウォーターゲート事件時の米国株式の動きを見ると、その下落率の大きさに愕然とするわけですが、仮に今回の問題に関して、トランプ大統領の疑惑が強まり、辞任に追い込まれることがあったとしても、私は同様の株価の大幅調整が起こるとは思っていません。

その理由は、大統領の疑惑以外の状況が異なるためです。

1973年11月から1975年3月までは、米国の景気の後退期です。加えて、この前の1971年にはニクソン・ショックがあり、米ドルと金の交換が停止され、通貨制度が混乱した時期でした。また、中東では1973年10月に第四次中東戦争が発生しており、世界の投資環境は混乱状態にあったといっても過言ではないと感じます。

一方で、足元の米国、および世界景気には、一定の底堅さがあると考えています。

今回のトランプ大統領の問題に目を転ずると、「①議会が弾劾の手続きに入るか」、「②仮に入ったとして、このことが投資環境に大きな影響を与えるか」がポイントになると考えます。

まず、議会の弾劾手続きに関してお話します。

米国大統領の弾劾手続きでは、下院の過半数、上院の3分の2以上の同意が必要であり(上院に審判する権限があります)、弾劾には与党共和党議員の賛成が必要です。

弾劾手続きに関与する連邦議員は来年11月に、下院では全議員、上院では3分の1が改選される予定であり、要するに、与党共和党の議員が、このままでは来年の選挙を戦えないと考えるか否かが、弾劾におけるポイントと思われます。トランプ大統領には、選挙戦の中でも否定的な報道もありましたが、それにも関わらず熱心な支持があり、大統領に選任されました。

とすれば、ウォーターゲート事件時の録音テープのような客観的な証拠が提出されれば話は変わりますが、疑惑に留まるかぎり、弾劾手続き入りを想定することはメインシナリオではないと考えます。

次に、仮に、この疑惑が色濃くなった場合の投資環境への影響についてです。

投資家は不透明感を嫌うため、この問題が燻り続けること自体が株式に対する弱気材料になると思われます。加えて、この問題に政権の政治的資源が使われ、これまで市場が好感してきたと思われる「減税、インフラ投資」などのトランプ政権の政策の進捗が大幅に遅れる可能性もあります。したがって、1973年から1974年にかけての大きな下落に至らないまでも、弱気材料になると思われます。

また、足元で一部の銘柄のバリューエーションが割高と思われることも懸念されます(1970年代前半にはニフティフィフティと呼ばれる一部銘柄の集中物色がありました)。図表1からも分かる通り、1974年は「ニクソン大統領の辞任により、(悪材料出尽くしで、)株式市場が反転する」との動きにはならず、低迷が一定期間継続しました。

一方で、トランプ大統領はこれまでも色々な議論があった方ですから、仮にトランプ大統領が辞任に追い込まれても、ペンス副大統領が大統領に就任すれば、かえって政権は安定し、株価の下落は一時的なものに留まるとの見方をとることも可能なように思います。

(2017年5月18日 13:00執筆)

【当資料で使用している指数についての注意事項】
NYダウ工業株30種平均はS&P ダウ・ジョーンズ・インデックスLLCが所有しており、アセットマネジメントOne株式会社に対して使用許諾が与えられています。

柏原 延行