統計について語るとき、前年比の増減を用いることがあります。2月のチョコレートの売上を、1月と較べても意味がありませんが、前年の2月と比べれば、増えたか減ったかを論じる意味があるからです。このように便利な「前年比」ですが、気をつけないと思わぬ誤解をする場合もあります。今回は、前年比を使う際の留意点について考えてみましょう。

前年同月が異常値である場合、前年比が歪む

テレビメーカーの売上の前年比について考えてみましょう。前年8月にオリンピックがあったため、テレビが良く売れたとします。今年8月には、テレビの売上の前年比が大幅マイナスになるはずです。それを見て社長から「営業がサボってるから前年割れしているのだ」と怒られたら、何と反論すべきでしょうか?

「2年前、3年前の8月と比較すればマイナスにはなっていないので、今年の数字は悪くありません。昨年ができ過ぎだっただけです」というのが、わかりやすい答えでしょう。2年前の同じ月と比べる場合には、割り算をしても構いませんが、今年8月の前年比と昨年8月の前年比を合計すれば、若干の誤差はありますが、2年前同月比を求めることができるので、便利です。今ひとつの答えは、「季節調整値で見れば今月も悪く無い」というものですが、これについては後述します。

石油ショックから1年経つと物価上昇率がゼロに戻る

ある年の1月に、石油ショックで物価が上がり、そのまま推移したとします。消費者物価指数が100から120に上がったとすれば、消費者物価の前年比は20%です。2月も3月も、12月も、前年比は20%で推移します。ところが、来年1月になると、前年比が0%になります。

消費者物価前年比のグラフを見ていると、「石油ショックで物価が突然上がり、1年経過した時点で突然物価上昇率がゼロに戻った」ように見えますが、それは誤解です。消費者物価そのもののグラフを見ると、今年1月に上昇した後は、「高値横ばい」が続いているのです。1年経過したから何かが起きたわけではなく、消費者物価は高値横ばいが続いているのです(物価の前月比は石油ショックの翌月以降、ずっとゼロのまま)。

インフレ率前年比のグラフに「石油ショックから1年経過し、ようやくインフレも落ち着いてきた」などという解説が付いていることがあります。新入社員が書いたコメントを上司がチェックせずに発表してしまったのでしょうね。もちろん正しくは、「物価は石油ショックで高騰したが、その後はそのまま高値横ばいが続いている」ですよね。

年内は下がり続け、年明けから上がり続けたら、相場反転に気づくのが遅れる

原油価格が毎月1ドルずつ値下がりし、年末に最安値をつけた後、毎月1ドルずつ値上がりしたとします。原油価格の前年比は、6月頃までマイナスを続け、7月頃からプラスになります。そこで、7月頃に「ようやく原油価格が戻り始めた」と思うようでは、世の中の流れに遅れてしまいます。

原油価格であれば、特に季節性が無いので、そのまま価格の推移をグラフにしてやれば、反転を始めたことがすぐにわかりますが、チョコレートやアイスクリームの売上のように季節性があるものは、売上をそのままグラフにすると何が起きているのかわかりません。だからこそ前年比のグラフが用いられるわけです。しかし、そこは工夫次第で何とかなるのです。

季節調整値のグラフが最強

季節調整という手法があります。「2月はチョコレートが普通の月の3倍売れるから、2月のチョコレートの売上を3分の1にしてグラフに書き込む」という手法です。こうすれば、2月が1月に比べて好調だったか否かがわかります。問題は、2月が普通の月の3倍なのか4倍なのかを知る方法です。

プロは複雑な計算をしていますが、簡単なのは以下の方法です。過去10年の売上を120で割ると、1カ月当たりの売上が求められます。過去10年の2月の売上を10で割ると、2月の売上の平均が求められます。2月の平均を10年の平均で割れば、2月が普段の3倍売れるのか4倍売れるのかが求められるわけです。同じ方法で、1月も3月も求めます。こうして求めた結果を「季節調整値」と呼びます。

ちょっと面倒ですが、これをグラフにすれば、前年比の問題点がほとんど解決します。最近では、各種経済統計の発表時に季節調整値も併せて発表されることが多いので、季節調整値の推移を見る習慣を身に付けたいものですね。

<<これまでの記事はこちらから>>

塚崎 公義