この記事の読みどころ

英国の国民投票は結果が予想外であったことに加え、離脱後の方向性が不透明なことも市場の変動を高めている理由の1つとしてあげられます。このような局面では、状況は刻々と変わりやすいのが通常です。そのような局面だからこそ何が正しくて、何が憶測なのかを区別することが必要と思われます。そこで、新たな情報をベースに英国の欧州連合(EU)離脱の動きを占います。

  •  誰が保守党の新党首となるかが目先のポイント
  •  離脱後の青写真が示されていないことも憶測を呼ぶ原因
  •  EUは英国との交渉に厳しい姿勢で臨む模様で、英国のEUとの新たな関係構築は試練が続くことが想定される

英国国民投票後の動き:9月上旬までに新首相選出の流れに

予想外の結果に終わった英国の国民投票は、離脱支持派が勝利した後の方針が明確でありません。まず誰が離脱後の指導者となるのか、現時点では不明です。分かっていることは既に辞任表明をしているキャメロン首相には全くその気がないことです。与党保守党の党首が今後の政策運営を担うわけですが、保守党の議会における基本原則を定める1992委員会は、党首選を(複数候補の場合)7月にも開始、9月初旬までに結論を下すとしています。

EU離脱を問う国民投票は、政治的には重要な意味がありますが法的拘束力はなく、その意味では英国がEU離脱のプロセスを本格的に開始するのはEUの自主脱退を規定したリスボン条約の第50条を提出してからとも言えます。保守党の新たな党首には、第50条提出の決断が迫られると想定されています。

どこに注目すべきか:EU、EEA、EFTA、CETA

保守党の党首を選ぶ手続きは6月29日に候補者の受付を開始、翌30日には締め切りとなっています。複数の候補者の場合、7月中に2名に絞り、遅くとも9月初旬までに新党首を選ぶ予定です。予想では、有力な候補者として離脱支持派で元ロンドン市長のボリス・ジョンソン氏、残留支持派のテリーザ・メイ内相などの名前があげられています。

なお、当初キャメロン首相の辞任は保守党の党大会がある10月で、新体制が決まるのもその前後との憶測もありました。ボリス・ジョンソン氏はゆっくりと第50条を提出することを示唆していましたが、EU側は第50条提出前の交渉で英国を利することは拒否する構えで、速やかな決断を英国に求めています。

次に、憶測が多い理由として離脱派がEU離脱後の英国とEUの関係についての青写真を示していないこともあげられます。今後の動きを占うため、欧州における基本的な共同体や同盟などの関係の整理を試みます。

まず、欧州における基本の共同体は欧州連合(EU)です。たとえば、ユーロは加盟国(19か国)中で既に共通通貨として採用されていますが、EU(28か国)は本来、単一の通貨(ユーロ)を目指しているものの英国やデンマーク、スウェーデンなどは自国通貨を使いながらEUに属しています。

そこで、人の自由な移動を求めるシェンゲン協定とユーロの採用の可否でEUを分類すると、4つのグループに分けられます。英国はユーロを採用せず、シェンゲン協定は結んでいません。拠出金などの義務があるとはいえ、EUの中で比較的自由な立場です。反対に通貨としてユーロを採用し、シェンゲン協定を結んでいるのはドイツやフランスなど17か国です。なお、キプロスとアイルランドはユーロに加盟していますが、シェンゲン協定は結んでいません。

次に、EUに加盟しないでEU諸国との貿易、ビジネスをする国、たとえばノルウェーやスイスはEUと協定を結んでEUへのアクセスを確保しています。ノルウェー(他にアイスランド、リヒテンシュタイン)は欧州経済領域(EEA)をEUとの間に交わしています。このノルウェー型ではシェンゲン協定を結ばずにEU市場へのアクセス(単一パスポート)が確保されています。ただし、EEAはEU規則と同等のルールを遵守する必要もあり、現状との違いが少ない点が懸念されています。

スイスはEEAの3か国と欧州自由貿易連合(EFTA)を結ぶことでEUとの関係を確保していますが、数多いEU各国と個別に協定を締結して市場へのアクセス確保しているため、自由度は高いものの膨大な手続きが懸念されます。カナダは包括的・経済貿易協定(CETA)でEU市場へのアクセスが確保できる一方、CETAにはEU予算への拠出金義務が含まれないなど経済優先の協定となっています。

いずれの協定も一長一短で、どのタイプを目指すかを推し量るのは困難です。場合によっては、上記以外の協定を目指すことになるかも知れません。いずれにせよ、どのタイプが選ばれたとしても締結まで数年に及ぶ長い交渉が予想され、英国経済への相当の負担が長期的に想定されます。離脱キャンペーンでは離脱派から英国離脱後の明るい未来が語られていましたが、無理があるように思われます。

全くの個人的な憶測ですが、本当に離脱できるのか疑問に思うときもあります。

ピクテ投信投資顧問株式会社 梅澤 利文