この記事の読みどころ
日米独など7か国(G7)首脳がグローバルな視点から経済や外交など政策の協調を議論する主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)が2016年5月26、27日の日程で開催されます。景気てこ入れを目論む日本としては財政、為替政策で各国の理解を得たいところですが、財政政策の拡大についてはドイツが消極的との報道も見られます。ドイツが財政規律重視だからというのは確かにその通りですが、現在の局面でドイツで何が問題となっているのか、その背後を考えます。
- ドイツが財政拡大に消極的なのは財政規律だけだろうか?
- 欧州の難民問題を振り返ると、解決には時間とコストが必要
- 難民問題は欧州の様々な問題に関連している
欧州難民問題:増え続ける難民と対応策
ドイツに限らず欧州では難民問題が重くのしかかっています。ともすると日本での関心は低いようにも思われます。そこで、改めて欧州の難民問題を振り返ります。
まず、解決を難しくしているのは難民の数があまりに大きいことです。欧州への非正規難民の数をユーロスタット(EU連合の統計局)で見ると、主にシリア内戦の影響で2015年には130万人を超える人々がEUに難民申請しています。中東情勢の悪化を受け、過去と比較にならない水準の難民が欧州に流入しています。
次に問題となるのは、どの国が受け入れるかです。難民の申請先の上位国を見るとドイツが突出し、その後ハンガリー、スウェーデン、オーストリアが続きます。
ドイツの難民申請者が2015年に加速した背景は、欧州の難民認定制度(ダブリン協定、難民申請はEU内で最初に到着した国が「安全な国」等であった場合、その国のみに申請できる、したがってドイツに最初に到着しない場合ドイツに通常難民申請できない)を2015年中頃に一時的に停止したことなどによります。
ドイツと同程度の経済規模の英国は、難民受入れに消極的と見られえており申請者は少なくなっています。各国の難民受け入れ方針が申請者の数の大小に反映されている格好です。
どこに注目すべきか:共同行動計画、ビザ免除、財政均衡目標
当初ドイツ政府が難民に対し積極的な受入れ姿勢は示したことが喝采を浴びた時期もありました。しかし、2015年後半頃からドイツでも空気に変化が見られました。ドイツ国内でも雇用とテロへの懸念から難民政策への見直しを求める声が強まり、最近ではドイツは難民申請受け入れの削減(流入の制限)に舵を切っています。
この方針の変更を行うにあたり(EUを代表する)ドイツが難民対策の拠り所としたのはトルコでした。難民の多くはシリア人で、大半がトルコからエーゲ海を越えてEUを目指すルートで流入していたため、難民をトルコに留める対策を模索しました。
そこでEUとトルコが2016年3月に合意した内容はEUへの違法な難民をトルコに送還することや、トルコに留まることとなる難民の学校など、必要となる施設建設の資金の拠出です。一方、見返りとしてEUはトルコに対しトルコ国民のビザ(査証)免除を6月に前倒しにすることなどを柱にしています。
この合意は主にドイツのメルケル首相と学者肌のトルコのダウトオール首相(当時)との信頼関係で進められましたが、共同行動計画の効果は大きく、欧州へのギリシャ経由の難民流入の数は最近では激減しています。
ただし、トルコのエルドアン大統領が憲法改正(大統領の権限拡大につながる)に慎重姿勢だったダウトオール氏を辞任に追い込んだため、EUは重要なパートナーを失うとともに、トルコの政治姿勢を問題視しています。そのため、難民問題を通じてトルコとの関係を強化したメルケル首相への批判が高まるなど問題は複雑化しています。
また、イスラム圏の大国トルコにビザなし渡航の自由を与えることへの批判はおさまる気配が見られません。ただし、エルドアン大統領は合意は維持するとしており、合意が反故にされるといったことは避けられていますが、関係は不安定となっています。
ドイツは財政規律に厳しい国で知られています。報道などによると、財政均衡目標は当面維持する模様です。しかし、削減しているわけではなく、2016年、17年と過去の黒字の割り当てなどで追加支出は確保する見込みです。
ただ今のところ大半は難民対策に当てられる模様で、国内では難民問題が右往左往する中、使い道に不満もあるようです。反難民を掲げる政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の人気が高まる傾向にあるのも、国民すべてが難民対策を支持しているとは限らないことの表れと見られます。
欧州の最近の懸念として、英国のEU離脱を問う国民投票もよく話題となります。この問題に関し、英国国民がEUの何に対して不満を持っているかという調査を見てみると、国境政策を指摘する割合が高いなど、実は難民問題の側面もあることがわかります。このように、難民問題は欧州の様々な分野に影響を及ぼしていると思われます。
日本が財政政策拡大に向け、各国へ政策協調を求めてもなかなか理解を得られない背景の1つに、難民問題が影を落としている可能性も考えられます。