本記事の3つのポイント

  • がん治療法としてBNCTが注目される。手術を要さず中性子照射という短期間・短時間で施療可能な治療法で、副作用も少ないという特徴を持つ
  • 各医療機関では治験がスタートし、世界的にも日本がBNCTの研究開発をリードする立場にある
  • 中性子加速器は、新たにロームと関連会社の福島SiC応用技研㈱が小型かつ高精度の中性子加速器を開発しており、両社が京都府立医科大学に装置および建物を寄贈し治験開始

 

 次世代のがん治療法として注目されるBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)は、薬剤(ホウ素製剤)を腫瘍細胞に集積させ放射線の中性子を照射することで、腫瘍細胞に選択的に作用する画期的な放射線治療方法だ。

 京都大学が世界をリードして研究を続け、中性子源として当初の原子炉に代わる世界初のサイクロトロン(加速器)を開発し、その1号機を用いて治験を開始したことで、病院での治療施設の設置が実現した。加速器は住友重機械工業㈱(東京都品川区)、ホウ素製剤はステラファーマ㈱(大阪市中央区)が担当した。これに基づいた2号機は南東北BNCT研究センター、3号機は2018年6月に竣工した大阪医科大学関西BNCT共同医療センターに設置されている。

南東北BNCT研究センター、欧米からも注目

 BNCTは、がん患者のQOLの維持向上が求められるなか、手術を要さず原則1回(30~60分)の中性子照射という短期間・短時間で施療可能な治療法で、副作用も少ないという優れた特徴を有している。手術(切除)が困難ながんや難治性がんにも効果が期待できるほか、特に通常の放射線治療を行った後に再発したがんにも適用できる治療法であり、がん治療の新たな選択肢としてさらに期待が高まっている。

 南東北BNCT研究センターと関西BNCT共同医療センターが治験を続け、国立がん研究センターが19年11月から治験を開始した。

 南東北BNCT研究センターでは、2016年2月から脳腫瘍、同年10月から頭頸部がんの治験を開始した。センターの診療所の廣瀬勝己所長は、2019年6月に米シカゴで開催されたASCO(米国臨床腫瘍学会)2019において、「頭頸部がん」に対する治療成績を発表し、続いて9月にはスペイン・バルセロナで開催された欧州臨床腫瘍学会ESMO 2019 congressにおいて演題発表を行い、MERIT Awardを受賞した。

 ESMO congressはヨーロッパ最大のがん治療の学会で、毎年2万人を超えるがん治療のプロフェッショナルが参加する。廣瀬所長は、頭頸部がんに対するBNCTの第II相臨床試験(企業主導治験)の最新データを発表した。南東北BNCT研究センターでは、ヨーロッパにおいてはフィンランドを中心に各地で原子炉を用いたBNCTの開発が進められてきた経緯があることから、BNCTに対してより高い期待感があるように思われ、今回の受賞はヨーロッパにおけるBNCTへの期待感を反映したものとも感じたとコメントしている。

 同センターでは、「発表で各国の出席者から熱心な質問を受けたが、その中で『この試験は、拡大や延長はしないのか』という声が最も多かった。同試験は非常に良好な結果ではあるが、『この治療がスタンダード足り得るか』という問いに答えるにはあまりにも登録患者数が少ないため、データの信頼性が不十分と感じる臨床医が多いのは当然である。試験の拡大によってより信頼度の高い結果となれば、本治療は再発・進行頭頸部がんのスタンダードにもなりえるだろう。さらに本治療の普及が加速し、より社会に貢献できると考えられるため、私たちは本試験の主導者である企業に対してこのことを強く求めているが、いまだ試験延長の見込みは立っていない。試験の継続には莫大な費用がかかることもまた事実であり、国や企業がもっと積極的になってBNCTの治療の拡大に取り組むべきであると実感する」と述べている。

関西BNCT共同医療センター、3つ目の治験開始

 関西BNCT共同医療センターにおいては、住友重機械工業がステラファーマと共同で、頭頸部がんを対象とする第Ⅱ相臨床試験(企業主導)を実施した結果を受けて、世界初のBNCT治療システムとBNCT線量計算プログラムの医療機器製造販売承認のために、先駆け審査指定制度による先駆け総合評価相談を続けている。2019年10月に、切除不能な局所再発頭頸部がんおよび切除不能な進行頭頸部非扁平上皮がんを対象とした国内第Ⅱ相臨床試験の結果に基づき、BNCT治療システムならびにBNCT線量計算プログラムそれぞれについて、製造販売承認申請を行った。

 関西BNCT共同医療センターでは、両社主導により、頭頸部の再発悪性神経膠腫の治験も終えており、承認に向けた申請の準備を進めている。同センターの小野公二センター長は、京都大学原子炉実験所時代からBNCTの研究開発において中心的な役割を果たし、世界をリードしている。

 小野センター長は「これら以外に2019年8月から医師主導による再発脳腫瘍の治験が開始されている。BNCTは、他の治療法に比して、多種多様ながんに対し包括的に効果が発揮される可能性を有するものと確信しており、当センターが名実共にBNCT医療の中核的拠点となり、がん患者の期待にも応え、がん治療の飛躍的な進歩を果たすことができるよう、全力を挙げて取り組んでまいります」と抱負を語っている。

国立がん研究センター中央病院で治験開始

 リゾートトラスト㈱の連結子会社、㈱CICS(東京都江東区)とステラファーマ㈱は、悪性黒色腫と血管肉腫を対象に、CICSが開発したリチウムターゲットを用いた加速器中性子捕捉治療装置「CICS-1」および、ステラファーマが開発したBNCT用ホウ素薬剤「SPM-011」を用いたBNCTの第Ⅰ相臨床試験を、2019年11月から国立がん研究センター中央病院(東京都中央区築地5-1-1、∴03-3542-2511)で開始した。

 CICSは、国立がん研究センターと共同研究契約を締結し、2014年の中央病院診療棟の完成とともに加速器型の中性子捕捉治療装置を導入してこれまで非臨床試験を行ってきた。今回の試験は、加速器中性子捕捉治療装置「CICS-1」とホウ素薬剤「SPM-011」を用いたBNCTの安全性および忍容性を検討することを目的としている。今回の試験は皮膚がんの一種である悪性黒色腫と血管肉腫の患者で、病理組織学的に診断され、皮膚原発でありリンパ節転移や遠隔転移がない患者が対象となっている。

 江戸川病院は、国立がん研究センターと同じ装置を導入しており、連携を図りながら治験に向けた準備を進めている。筑波大学では、いばらき中性子医療研究センターにおいて、2017年から非臨床試験(動物実験など)を進めている。現在は装置を休止し改良などを行っており、完了後に非臨床試験を再開する目標である。

ロームが京都府立医科大に新型加速器の寄贈準備

 中性子加速器については、新たにローム㈱(京都市右京区)と関連会社の福島SiC応用技研㈱が小型かつ高精度の中性子加速器を開発しており、両社が京都府立医科大学に装置および建物を寄贈し、治験開始を目指している。

 開発した加速器は、中性子線の単門照射のみであること、治療範囲が体表面から7cm以内の表層部分に限られ、適用できる症例が限定されるが、ロームの半導体技術「SiC-MOSFET」を利用して開発したSiC(炭化シリコン)中性子源加速器は、機器を小型化することで10方向からの多門照射が可能となり、従来の装置では届かなかった部位、体表面から25cm程度まで治療対象を拡大できることになる。

 また、加速器の長さは、サイクロトロンおよび線形加速器の10分の1以下を実現、重量はサイクロトロン80t、線形加速器20tに対し、頭頸部治療適用のものがわずか37㎏、肝胆膵治療のものが48㎏と大幅にダウンサイジングする。また、中性子源強度も10分の1~30分の1以下程度で、かつ中性子線、γ線を遮蔽する自己遮蔽体が標準装備されており、既存レントゲン室程度の遮蔽環境での設置が可能となる。

 京都府立医科大学では、当初2020年度の治験開始としていたが、2021年度以降となる見通しである。企業側の施設において小型実験機で実験を続けており、またプロトタイプの装置も完成した。原子力規制庁の許認可が必要なため、プロトタイプが稼働できるのは2020年2~3月のもようで、これにより実験を行った後、これをベースとする新しい装置を大学敷地内に建物を建設し、装置を導入する予定である。すでに建設地を用意してあり、施設は着工後1年余りで完成できるとしている。

 大阪府が2014年度にまとめたBNCTであれば治療が可能な患者数は、国内だけで年1.4万人と推定。今後、適応症例の拡大に伴い対象患者も増加し、放射線治療とは競合しないため、将来的には各県に1台の設置が必要とのデータを公表した。新たな小型加速器の登場で治療対象が拡大、大幅なダウンサイジングと投資コスト削減によりBNCTの潜在需要が拡大し、また大きな輸出産業としての可能性が膨らんだ。

電子デバイス産業新聞 大阪支局長 倉知良次

まとめにかえて

 次世代のがん治療法として注目を集めるBNCT。電子デバイス・半導体業界の観点に立てば、中性子加速器にSiCパワーデバイスが搭載されていることも注目ポイントです。記事にもあるとおり、SiCの搭載によって機器を小型化でき、10方向からの多門照射が可能となり、従来の装置では届かなかった部位、体表面から25cm程度まで治療対象を拡大できるということです。ニッチな分野ではありますが、こうした先進医療にもSiCパワーデバイスの応用分野があることは非常に興味深いところです。

電子デバイス産業新聞