年末年始の帰省が近づくと、高齢の親が万が一のときに備えて遺言書を書いているのか気になる一方、「揉めるほどの財産はないから不要だろう」と考えてしまう方も多いのではないでしょうか。
2026年9月16日に弁護士法人東京新宿法律事務所が公表した「相続手続きに関する実態調査」(相続手続きを経験した40歳以上の男女300名対象)では、手続きの過程で「仕事を休んだり、勤務時間を調整したりした」と答えた人が59.3%(約6割)にのぼりました。
遺言書は、親族間の「相続トラブル防止」だけでなく、残された家族の「相続手続きの負担を和らげる備え」としても役立ちます。「争いがないから不要」と決めつけず、「残される家族が困らないために何を残せるか」を考える姿勢が、相続準備の第一歩といえるでしょう。
本記事では、公的機関の統計や各種調査データをもとに、相続手続きで遺族が直面する実態、自筆証書遺言と公正証書遺言の違い、無効を防ぐ書き方のポイントを解説します。
1. 遺言書がないと、残された家族は何に追われる?
遺言書がない場合の相続手続きは、「自分たちには特別な資産がないから大丈夫」という思い込みとは裏腹に、残された家族の大きな負担となるのが実情です。
1.1 預貯金解約や不動産の名義変更…平日日中の役所対応が大きな負担に
遺言書がない場合、遺族は亡くなった方の出生から死亡までの連続した戸籍謄本を取得し、相続人全員を特定した上で、全員による遺産分割協議を行う必要があります。
協議では、預貯金や不動産、株式などの遺産を誰がどれだけ引き継ぐかを話し合い、遺産分割協議書に相続人全員の署名または記名と実印による押印をし、印鑑証明書を添付するのが一般的です。
相続人の一人でも連絡が取れなかったり合意が得られなかったりすれば、手続き全体が停滞するおそれもあります。
また、金融機関は口座主の死亡を把握すると口座を凍結するため、遺産分割協議書や戸籍類などの必要書類が揃うまで、預貯金の払い戻しや名義変更はできません。
口座解約の手続きでは、金融機関ごとに所定の書類を提出した上で、審査の完了を待つことになります。
さらに、2024年4月から義務化された不動産の相続登記(所有権移転登記)でも、登記事項証明書や戸籍類を揃えて法務局へ申請しなければならず、専門知識のない遺族には精神的にも体力的にも重い作業です。
同調査で「最も負担に感じた手続き」の上位となったのは、「平日の日中に役所へ行く必要があったこと」(27.0%)と、「戸籍など必要書類の収集」(22.7%)でした。
こうした戸籍収集の負担を和らげる仕組みが、法務省民事局が案内する「広域交付制度」です。2024年3月1日に施行された改正戸籍法により、本籍地以外の市区町村窓口でも、戸籍証明書や除籍証明書をまとめて請求できるようになりました。
ただし、請求できるのは本人、配偶者、直系尊属(父母、祖父母など)、直系卑属(子、孫など)に限られる仕組みです。郵送や代理人による請求はできず、顔写真付きの身分証明書を持って窓口に出向く必要があります。
コンピュータ化されていない戸籍などは対象外とされているため、状況によっては本籍地の窓口での手続きが別途必要になる場合もあります。制度を使っても、平日日中の窓口対応そのものがなくなるわけではない点には注意しましょう。
【図版1】相続発生後に必要となる主な手続きとスケジュール1/3
出所:法務省等の公的案内をもとにLIMO編集部作成
2. 自筆証書遺言と公正証書遺言、違いは?
残された家族の手続き負担を抑える上で、遺言書の種類と特徴を正しく理解しておくことが大切です。
2.1 法定相続より遺言が優先される基本原則と検認の有無の違い
日本の民法では、遺言書がある場合、法定相続分よりも遺言者による財産の指定が優先されるのが原則です。ただし、配偶者や子などの法定相続人には、最低限保証される遺産取得割合である「遺留分」が存在します。
特定の相続人にすべての財産を譲る内容にするなら、十分な配慮が必要です。
遺言書には主に「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類があり、手続面に大きな違いが見られます。
2.2 自筆証書遺言とは?
自筆証書遺言は、遺言者が本文・日付・氏名を自筆し、押印して作成する手軽な方式です。紙とペンがあれば費用をかけずに作れる点が、メリットとして挙げられます。
一方、自宅などで保管していた場合は、相続の開始後に家庭裁判所での「検認」手続きが必要です。検認とは遺言書の状態を公的に確認し、内容を明確にして偽造や変造を防ぐ手続きで、申立てから完了まで一定の期間を要します。
そのため、相続手続きの開始が遅れる可能性にも目を向けておきたいところです。
最高裁判所が公表した「令和6年司法統計年報 3 家事編」によると、家庭裁判所での遺言書の検認件数は、2024年に2万5768件でした。自宅などで保管された自筆証書遺言では、相続の開始後に家庭裁判所での手続きが必要となる場面があります。
「自筆証書遺言書保管制度」を使うと家庭裁判所の検認が不要に
こうした自宅保管の課題を解消するため、2020年7月に法務局の「自筆証書遺言書保管制度」が始まりました。申請手数料は1件3900円で、法務局が遺言書の原本を保管するため、紛失や改ざんのリスクを抑えられ、家庭裁判所の検認も不要となる点が特徴です。
法務省民事局が公表している「遺言書保管制度 統計(月次)」の令和8年8月分までの集計では、保管申請件数は累計12万9598件に達しました。利用が着実に広がっているといえそうです。
2.3 公正証書遺言とは?
公正証書遺言は、公証役場で公証人が作成する方式で、公証人が関与するため形式不備による無効のリスクは低く、家庭裁判所の検認も不要です。作成時には公証人手数料などの費用がかかるものの、確実性が高く、その後の相続手続きも進めやすいとされています。
日本公証人連合会が公表した「令和6年の遺言公正証書作成件数について」によれば、2024年の作成件数は12万8378件で、2015年の11万778件と比べて約16%増えています。
なお、遺言書があっても、戸籍謄本の収集や預貯金の解約、不動産の相続登記といった手続き自体がなくなるわけではありません。
遺言書で軽減できるのは、主に遺産分割協議や家庭裁判所の検認といった部分である点には留意が必要です。
【図版2】自筆証書遺言(自宅保管・法務局保管)と公正証書遺言の手続き比較2/3
出所:法務省・日本公証人連合会資料をもとにLIMO編集部作成
遺言書の準備というと、財産の分け方や争いの防止に目が向きがちです。けれども、残される家族が平日の昼間に役所や金融機関を回る手間まで思い浮かべる方は、多くないかもしれません。「何から手をつければよいか分からない」という不安は、手続きの全体像を知るだけでも和らぎます。元気なうちに家族で流れを一度確認し、必要な書類や手続きを共有しておくことが、将来の負担を軽くする第一歩となるでしょう。
