受注残高という言葉には、どこか安心感がある。すでに注文をもらっている売上、という響きだからだ。IHI(7013)が2025年3月期末に抱えていた受注残高は1兆4,873億円で、その期の年間売上収益に迫る規模である。それでも株価は2026年8月に3,000円台から2,700円台へ水準を切り下げた。受注の厚みと株価は、必ずしも同じ方向を向くわけではない。

※本記事中の株価は、過去の株式分割の影響を調整した値を使用しています。

ココがポイント
  • 2027年3月期1Qの営業利益は732億円で、通期予想2,500億円に対する進捗率は29.3%だった。
  • 2025年3月期末の受注残高は1兆4,873億円で、同期の売上収益1兆6,268億円のおよそ0.9年分にあたる。
  • 単一の販売先が売上収益の16.5%を占めており、その金額は3期前の3.7倍に膨らんでいる。

1. 1カ月で13%振れた株価と、PER17.1倍・PBR4.21倍という値段

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出所:各種資料をもとに筆者作成

出所:各種資料をもとに筆者作成

まず直近1カ月の値動きを追っておきたい。2026年7月30日の終値は2,772円だった。

そこから8月上旬にかけて2,600円台まで沈む場面があり、その後は切り上げに転じる。8月14日には3,028円をつけ、これが直近1カ月では最も高い終値となった。

ところが8月中旬を過ぎると流れが変わる。8月19日に2,773円、8月21日に2,673円と水準を落とし、8月26日には2,638円まで下げた。直近1カ月では最も低い終値である。

この最も高い終値から最も低い終値までの下げ幅は13%近い。1カ月のうちに、上下どちらにも大きく振れたことになる。

そこからは戻している。8月27日が2,720円、8月28日は2,766円で、前日から1.7%上げて引けた。とはいえ起点の7月30日と比べればほぼ横ばいであり、1カ月をならせば行って来いの動きだ。

バリュエーションは、2026年8月28日時点でPER17.1倍、PBR4.21倍。PBRは重工・機械系の企業として高めに出ている。

ただし、この数字は自己資本比率とセットで読む必要がある。2026年3月期末の自己資本比率は26.9%で、機械業種159社の中央値67.3%を大きく下回る。純資産が相対的に薄いぶん、同じ時価総額でもPBRは高く出やすい。

ボラティリティの高さと株価の値段。この二つを頭に置いたうえで、中身を見ていきたい。

2. 営業利益732億円、通期予想に対する進捗率は29.3%

2027年3月期1Qは、売上収益3,745億円、営業利益732億円、親会社の所有者に帰属する当期利益535億円で着地した。1株当たり利益は50.48円である。

会社が示している2027年3月期の通期予想は、売上収益1兆8,400億円で前期比+12.0%、営業利益2,500億円で+51.0%、当期利益1,720億円で+6.8%。

この予想に1Qの実績を当てると、営業利益の進捗率は29.3%になる。四半期を均等に置いたときの25%を上回っており、序盤としては速い。売上収益の進捗率20.4%と比べても、利益側の先行が目立つ。

もっとも、予想そのものに少し引っかかる点がある。営業利益は+51.0%の大幅増益を見込む一方、当期利益の伸びは+6.8%にとどまるという組み合わせだ。

手がかりは前期の中身にある。2026年3月期は営業利益1,655億円に対して税引前利益が1,854億円と、営業段階を199億円上回った。さらに法人所得税費用は202億円で、税引前利益に対する負担率は1割程度にとどまっている。

営業外の押し上げと軽い税負担が重なり、当期利益は1,609億円まで積み上がった。2027年3月期の当期利益予想が控えめなのは、この二つが繰り返される前提を置いていないためと読み取れる。

言い換えれば、営業段階の実力と最終利益の伸びは、この会社では必ずしも一致しない。決算を見るときは、どの利益段階を見ているのかを意識しておきたい。

3. 受注残高1兆4,873億円は、売上収益のおよそ0.9年分

この会社の業績を先読みするうえで、株価より先に動く指標がある。受注だ。

2025年3月期の有価証券報告書によると、同期の受注高は1兆7,511億円、期末の受注残高は1兆4,873億円だった。

同じ期の売上収益は1兆6,268億円である。受注高が売上収益を1,243億円上回っており、消化した分より新たに取った分のほうが多い。受注残高は積み上がる方向にあった。

受注残高1兆4,873億円を年間の売上収益と比べると、およそ0.9年分にあたる。極端に言えば、新規受注がしばらく途絶えても1年近くは仕事がある計算だ。

セグメント別に開くと、偏りが見える。受注残高が最も厚いのは航空・宇宙・防衛の6,059億円。次いで資源・エネルギー・環境が4,376億円、社会基盤が2,170億円、産業システム・汎用機械が2,061億円と続く。

受注高で見ると、航空・宇宙・防衛が7,199億円、産業システム・汎用機械が4,844億円、資源・エネルギー・環境が3,703億円、社会基盤が1,667億円。

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出所:株式会社IHI 有価証券報告書をもとに筆者作成

出所:株式会社IHI 有価証券報告書をもとに筆者作成

ここで面白いのは、産業システム・汎用機械の受注高4,844億円に対し、受注残高が2,061億円と薄いことだ。取った仕事を短い期間で売上に変えている、回転の速い事業だと考えられる。

逆に資源・エネルギー・環境は、受注高3,703億円に対して受注残高が4,376億円と、残高のほうが大きい。納めるまでに時間のかかる案件が多い事業の姿だろう。

受注残高が厚いことは、売上の見通しが立ちやすいという意味では強みである。ただし残高は「いくら売れるか」を教えてくれても、「いくら儲かるか」までは教えてくれない。ここが受注型の事業を読むときの難所だ。

4. 筆者コメント

受注の厚みと株価の弱さは、なぜ同居できるのか。

受注残高は、過去のある時点で結ばれた契約の集まりだ。そこに書かれているのは金額と納期であって、資材費や人件費がその後どう動くかは書かれていない。

長納期の案件ほど、契約時点と実際に作る時点の間が開く。厚い残高は、売上の確かさと同時に、コスト変動を抱え込む期間の長さでもある。

だから受注残高が増えたというニュースを、そのまま利益の増加として受け取るのは早い。見るべきは残高の金額そのものではなく、その残高がどの事業に積まれ、どれくらいの期間で消化されるかのほうだろう。

受注残高を「約束された売上」と読むか「これから作るべき仕事の山」と読むか。同じ数字でも、そこから受け取る手触りは変わってくる。両方の読み方を持ったうえで四半期ごとの進み方を追う姿勢を、私はおすすめしたい。