海運会社の決算資料は、たいてい船の話から始まる。私も長いあいだ、商船三井(9104)を「船で世界を運ぶ会社」としてだけ見ていた。ところが同社の関係会社の一覧には、大阪に本社を置くオフィスビルの会社が議決権100%の子会社として並んでいる。船ではなく、ビルである。

※本記事中の株価は、過去の株式分割の影響を調整した値を使用しています。

ココがポイント
  • 2026年3月期の設備投資5,432億円のうち、1,970億円が不動産事業に向かった
  • 不動産事業の中核は、商船三井が議決権100%を持つ連結子会社のダイビルである
  • 2027年3月期の通期予想は期初計画から引き上げられ、経常利益は2,250億円を見込む

1. 海運会社の子会社名簿に、大阪のビル会社が並んでいる

商船三井の有価証券報告書に載る関係会社の一覧をたどると、船会社や港湾荷役会社に混じって、ダイビル株式会社という名前が出てくる。所在地は大阪市北区、資本金は123億円、商船三井が持つ議決権比率は100%である。

関係の内容の欄には「当社へ不動産の賃貸をしている」と書かれている。海運会社が自らのオフィスを借りている相手が、自らの完全子会社だという構図だ。

有価証券報告書の経営者による分析では、ダイビルは同社グループの不動産事業の中核と位置づけられている。しかも保有物件は国内にとどまらない。

2026年3月期には、豪州の135 King Streetと英国のCapital Houseという新規取得物件が利益に貢献したと説明されている。シドニーとロンドンのオフィスビルを、日本の海運会社が持っているわけだ。ここまで来ると、船の会社という一言では収まらない。

もっとも、不動産事業の規模そのものは連結の中では小さい。2026年3月期の売上高は489億円で、連結売上高1兆8,250億円の3%に満たない。数字だけを眺めれば、確かに脇役に見える。

ただ、金額の大きさだけで事業の重みを測ると、この会社の資本配分を見誤る。

2. 設備投資5,432億円のうち、1,970億円が不動産へ向かった

事業の重みは、売上高ではなく資本の配分に表れる。

商船三井は2026年3月期に5,432億円の設備投資を実施した。その内訳をセグメント別に並べると、最も大きいのはエネルギー事業の2,256億円である。ここまでは海運会社らしい。

問題は2番目だ。不動産事業に1,970億円が投じられている。全体の3分の1を超える。

同じ期の投資額を他のセグメントと並べると、差の大きさがはっきりする。自動車輸送・ターミナル・物流が488億円、ドライバルク船が362億円、フェリー・内航RORO船・クルーズが148億円、コンテナ船に至っては13億円である。

売上構成比で3%に満たない事業に、設備投資の3分の1が向かっている。船を増やすより、ビルを買うほうへ資金が動いた期だったということになる。

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出所:株式会社 商船三井 有価証券報告書をもとに筆者作成

出所:株式会社 商船三井 有価証券報告書をもとに筆者作成

この偏りは単年の気まぐれではない。会社は経営計画「BLUE ACTION 2035」のPhase 1にあたる2023年度から2025年度の3年間で2兆円を投資し、うち1兆6,000億円を安定収益型事業に振り向けたとしている。市況で上下する船の商売の横に、契約と賃料で稼ぐ資産を積み上げてきた。

利益率で見ると、その意味がもう一段はっきりする。2026年3月期の不動産事業は、売上高489億円に対して経常利益67億円を計上した。利益率は13%台になる。

一方、伝統的な主力であるドライバルク事業は、売上高4,557億円に対して経常利益108億円である。売上高が9倍以上あっても、利益は1.6倍にしかならない。

海運は市況で振れる。振れる事業を大きく回し、振れない事業で下支えする。ダイビルという子会社は、その下支えの側に立っている。

もっとも、不動産事業も無風ではない。会社の説明によると、2026年3月期の不動産事業は、既存物件の堅調な利益と新規取得物件の貢献があった一方、一部物件の建替えの影響と、前期に計上した持分法による一過性の投資利益がなくなったことで前期比では減益となった。安定収益型といっても、期ごとの凹凸まで消えるわけではない。

3. 1カ月で2割近く上げた株価と、1倍を下回るPBR

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出所:各種資料をもとに筆者作成

出所:各種資料をもとに筆者作成

株価はこの1カ月、はっきりと水準を切り上げてきた。

2026年7月30日の終値5,933円から、8月28日の終値7,096円まで、2割近い上昇である。8月3日には5,801円と、この期間で最も低い終値をつけていたことを踏まえると、上げ幅はさらに大きく映る。

途中の8月21日には7,278円と期間中で最も高い終値をつけ、その後は7,000円前後で足踏みした。8月28日は前日終値7,003円から+1.3%の小幅な上昇で終えている。

きっかけを一つに絞ることはできないが、2027年3月期の通期予想が期初計画から引き上げられたことは意識された可能性が高い。経常利益の見通しは1,450億円から2,250億円へ、当期純利益は1,700億円から2,400億円へと変わった。

一方で、株価が上げたあとでもバリュエーションは高い位置にない。8月28日時点のPER(株価収益率)は10.16倍、PBR(株価純資産倍率)は0.82倍である。PBRは1倍を下回ったままだ。

純資産に対して株価が低く置かれた状態が続いているわけだが、これを事業の中身と重ねると少し奇妙に映る。市況で振れる船と、賃料で稼ぐビル。この二つが同じ会社の中で同居しているのに、市場は前者の振れ方だけでこの会社を測っているのではないだろうか。

4. 筆者コメント

なぜ、この会社の姿は「船の会社」のまま更新されないのだろうか。

理由の一つは、見え方の非対称にあるとみている。船は写真に写る。港のニュースにも出る。ビルの賃料は、決算資料の中の一行にしかならない。

もう一つは規模の錯覚だろう。売上構成比で並べれば不動産は数%にすぎず、目に入りにくい。だが企業の先行きを決めるのは、いま計上している売上ではなく、いま投じている資本のほうだ。

同社が2026年3月期に投じた設備投資の配分は、そのことを素っ気なく示している。船を増やす金額と、ビルを買う金額の順位が、すでに入れ替わった期があったということだ。

私はこの手のズレを見つけると、その会社の呼び名のほうを疑うことにしている。呼び名は過去の実績でつくられ、資本配分は先を指す。どちらを信じるかで、同じ決算資料の読み方は変わってくる。海運株を見るときも、運賃市況の欄だけでなく、資本がどこへ流れたかの欄に目を移してほしい。