4-5月に実施されたインド総選挙(下院選挙)では、モディ首相が率いるインド人民党(BJP)が圧勝しました。しかも、予想以上の得票を得て単独過半数という政権運営には絶好の環境を得る結果となり、第2次モディ政権はスタートしました。

モディ政権は7月5日に、2019年度の予算案を発表しました。目立ったのは、農業対策や中小企業対策のほか、ノンバンクの流動性危機などに直面する銀行への支援です。特に、雇用の拡大や農民の所得増加は総選挙でも争点となり、公約に織り込んできたものだけに、大幅な予算配分の変更を伴っています。

ただし、選挙前の今年2月の補正予算では、零細農家への直接所得補償や個人所得税の免税額の引き上げというバラマキ的な政策を実施したので、それに比べるとおとなしい印象はぬぐえません。

一方で、インド経済はGDP成長率が昨年度は6.8%にとどまり減速の兆しが見られるなど、経済成長をどう果たすのかという課題に早速、直面しています。加えて、ノンバンクの経営危機や天候不順による農産物の出来高減少など、新たな困難も待ち受けています。

ノンバンク問題が深刻化

インドでは、過去数年でノンバンクの貸し出しの伸び率が商業銀行を上回り、住宅ローンや自動車ローンでは銀行よりも存在感が大きくなってきました。業者の数では1万4000社以上、貸出残高も28兆ルピー(約43兆6千億円)超と、資産規模では商業銀行の3分の1にまで達しています。

一方で、小規模経営の業者が多い上に、リスク管理などでは金融当局の規制もさほど及ばず、銀行よりは甘い規制の下で業容を拡大してきたノンバンクには、経営状況を問題視する声も根強くありました。昨秋には、ノンバンクの中では大手と目されてきた一部業者がデフォルト(債務不履行)を起こし、ノンバンク業者の流動性危機が顕在化しました。

ノンバンクの経営危機は、彼らのみならず、バランスシートの調整に苦しんでいた銀行にとっては、さらなる貸出債権の資産劣化という逆風となり、市場の不安を招いています。

こうした中、インド準備銀行(RBI)は経営が不安視されるノンバンク業者への規制の強化や、経営基盤の弱い業者の免許取り消しなどを検討していると伝えられています。これにより業界再編が進むと予想されますが、こうした環境下ではノンバンクの貸出姿勢が抑制的にならざるを得ず、貸出量の減少は景気の足を引っ張る要因となりかねません。

実際に、ノンバンクの貸出残高は前年度比3割も減少しているとの報道もあります。これに、国を挙げて進めてきた債務超過・破産法(IBC)に基づく企業の破綻処理や銀行の不良債権処理が重なり、流動性不足から経済成長の足かせとなることが懸念されています。

予算案では、450万ルピー(約700万円)までの住宅を購入する層には、ローン金利から最大15万ルピー(約23万円)を減免する住宅促進政策が盛り込まれました。ノンバンクの貸し渋りによって販売が低迷しはじめた住宅セクターをテコ入れすることが狙いですが、小粒な政策という感は否めません。

改善しない農家の経営環境

予算案では、インド独立75周年を迎える2022年までに、全ての農村世帯を電化することが目標として掲げられました。また、農業関連歳出には前年予算比75%の大幅増加となる1兆5251億ルピー(約2兆4千億円)を充てることが盛り込まれ、モディ政権の農村重視の姿勢が、まさにこの「大盤振る舞い」ぶりに現れました。

しかし、インド農業には、従事する人口が大きい割に、天候に大きく左右される経営基盤に構造的な問題があることが、長らく指摘されてきました。

農家に対する技術供与や情報提供、資金支援のいずれをとっても十分でないとされ、雨季の少雨などのリスクに対して、成長性・生産性は低く、抜本的な対策の必要性が叫ばれてきました。他の産業が、高い成長率を果たす中、農業の成長性が低いことは、後継者問題にも繋がりはじめており、農家の子弟の農業離れも課題のひとつです。

こうした中、雨季が始まった6月の降水量が平年比33%減と、今季は5年ぶりの少雨になっていることも、短期的な懸念材料として浮上しています。少雨は作付面積の減少に直結し、6月末時点では前年比約10%減見込みと、農作物の不作懸念が広がっています。

農家の所得向上は総選挙の公約としてもインパクトがあっただけに、この逆風をどう乗り切るのか、モディ政権の対策が期待されるところです。また、イラン情勢の緊迫化などで原油価格が今年6月以降上昇に転じていることも、コスト上昇に繋がり、ボディブローのように効いてくる懸念が強まっています。

このように、農業政策は、総選挙で大きな信認を受けたモディ政権の命運を握るといっても過言ではなさそうです。

予算案や政策は評価

予算案では、製造業支援やインフラ投資促進、そして不良債権処理の加速や国営企業の民営化など、待ったなしの課題が浮き彫りになっています。

株式市場の好調を背景に、国営企業の政府持ち株売却の目標額を、今年度は過去最高の1兆500億ルピー(約1兆6千億円)に設定しました。バランスシート悪化が懸念される国営銀行に対しては新たに7000億ルピー(約1兆1千億円)の公的資金を注入する計画となっています。そして、18年度に過去最高の644億ドルに達した海外からの直接投資の増加を背景に、保険業での外資規制の緩和や、小売業におけるインド国内調達義務の緩和も盛り込まれました。外資導入に弾みをつけ、成長率を高める戦略です。

インドは、足元の課題も多く抱えますが、これを乗り切って、長期的な成長と世界のトップ5への道を歩むべく、政策を打ってきていることも確かです。少なくとも、モディ政権は、そうした方向感から外れてはおらず、政策は評価できると見ています。

ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一