それに対し、ポルトガルのスタートアップエコシステムは発展途上ではありますが、2000年代後半から急速に改善しています。

もともとポルトガルの魅力としては、西欧の他国と比べ物価が安いこと(例:住宅費や外食費はEU平均の8割程度)、温暖な気候、美しい建築物、おいしい料理やワイン、若いポルトガル人のアーリーアダプター志向(英語を話し、新しい商品やサービスへの高い受容性)などが指摘されます。

グーグルなど外資系企業のデジタル開発拠点設置やコワーキングスペース(リスボン市「ベアト・クリエーティブハブ」、ロンドン発「セカンドホーム」等)の建設も相次ぐ一方、現在、インキュベーター数は約90社に及んでいます。

2016年にはウェブサミットの開催地がダブリンからリスボンに移りましたが、それをテコに政府は15の施策からなる国家戦略「スタートアップ・ポルトガル」を打ち出し、スタートアップ支援プログラムを改善させています。

ちなみに、2018年11月に開催されたウェブサミットで、ポルトガル首相アントニオ・コスタ氏はウェブサミットがリスボンにもたらした経済効果は3億ユーロ(約388億円)以上だと述べ、会場設備を拡張(当面3年以内に2倍)することを含め、今後10年間、ポルトガルでの開催を約束しました。

主要な公的プログラム(参考:IAPMEI中小企業・技術革新支援局)では、政府系のベンチャーキャピタルであるポルトガルベンチャー(4.5億ユーロ規模のファンド)と、政府から独立した非営利機関のスタートアップ・ポルトガルが中心的な役割を果たしています。

たとえば、「スタートアップバウチャー」という制度があり、18~35歳の起業家によるアイデア段階のプロジェクトを対象とし、12カ月間、毎月約700ユーロの資金援助や専門家による助言などが受けられます。

結果、スタートアップ数は劇的に増加しています。『欧州スタートアップモニター〜カントリー報告ポルトガル2016年』によれば、企業ステージごとのポルトガルのスタートアップ分布は創業段階が55.2%と最大の割合を占めています。また、スタートアップ全体の44%がデジタル産業やイノベーション領域で事業展開しています。

そして、2018年にはポルトガルからもユニコーン企業(企業価値が10億ドル以上のスタートアップ)outsystems(ソフトウェア開発会社)が誕生しています(参考:Pichbook)。

日本人の未来に向けた教訓

今、ポルトガルのスタートアップ関係者とつきあいながら、ふと、そこには未来の日本人への教訓があるように感じます。それは次のようなことです。

・たとえ国家が長期にわたって衰退しても意気消沈せず、基本的なインフラやスタートアップエコシステムさえ最低限あれば、その中で個人は自立して何とかやっていくしかありません。

・個人事業を始めるにしても、何か一つでも自分が提供できる価値を見つけ出さなければなりません。街で一番のおいしいケーキが作れる、カウンセリング能力が高い、営業トークが抜群、リーダーの自覚やスキルが備わっている、データサイエンティストとして鍛錬している等々。つまり、自らの稀少性を再定義して地道な研鑽を積んでいくべきでしょう。

・日本では1980年代末から開業率が廃業率を下回る状況が続いているので、政策立案者はそれを問題視しているようですが、ある限界点を超えれば自ずと政府による地道な支援策や環境作りは生きてくるでしょう。本当に厳しい雇用環境下では個人は自分で何かを始めざるを得ないのですから。ポルトガルに比べれば日本の衰退などは序の口だと言えるでしょう。日本はまだ本当の危機には直面していないのかもしれません。

・経済大国日本も、将来、消費増税による国内消費の冷え込み、デフレへの再突入、貯蓄率の低下、国家財政への不信認、国債価値の暴落、長期金利上昇、円への不信任等々が万一起これば、次のグローバルな経済危機をきっかけに政府は財政運営の舵取りが難しくなるかもしれません。

リーマンショックから10年超が経過した今だからこそ、そろそろ個人の心構えとしては「Fasten your seatbelt」(シートベルトをお締めください)の時です。取越し苦労に終わることを願いつつも、用心するに越したことはありません。

大場 由幸