本記事の3つのポイント

  • 次世代パワーデバイスの筆頭であるSiC(シリコンカーバイド)パワーデバイスは車載市場だけでなく、医療機器など様々な分野での採用が検討されている
  • 京都には地元企業のロームを中心に、産学連携による「SiCサークル」が存在し、様々な開発成果を生み出してきた
  • 京都を中心としたSiCの産学連携プロジェクトは17年度で終了するが、SiCデバイスの本格事業化に向けて後継プロジェクトの登場が求められている

 シリコンパワーデバイスと比べて物理特性に優れ、低損失、高耐圧、高速スイッチング、高温動作を実現できるSiCパワーデバイス。今後の電気自動車(EV)の普及拡大やIoT市場の立ち上がりにより省エネの重要性がますます高まるなかにあって、大幅なエネルギーの削減を実現できるキーデバイスとして期待されている。最も注目を浴びている用途は自動車への搭載だが、それ以外の分野においても多種多様な応用開発が進められている。なかでもSiCデバイスと非常に縁の深い京都では、産学連携プロジェクトによる応用開発が進められ、多くの成果が生み出された。そこで本稿では、京都を舞台としたSiCデバイスおよびその応用開発の取り組みを紹介する。

京都で切り開かれたSiCデバイス実用化の道

 そもそもSiCデバイス実用化の歴史において、京都を避けて通ることはできない。SiCを半導体材料として利用する試みは1950年代にまで遡るが、高品質な結晶の作成が困難で研究開発が進まず、より有望な材料としてシリコンが注目を浴びたこともあって、世界的な取り組みは下火となった。そうしたなかで地道な取り組みを継続してきたのが京都大学だ。87年に松波弘之教授(現名誉教授)が開発したSiCの結晶成長技術は、半導体デバイスに利用できる高品質な基板の実現につながる契機となった。

 ただ、当時最盛期を迎えていた日本半導体メーカーはSiCという新材料に視線を向ける余裕がなく、その後のバブル崩壊による景気後退もあって取り組むタイミングを逸した。結局SiCウエハーの事業化を果たしたのは、いち早く松波教授の研究成果に着目した米クリーで、日本企業はこの分野において後塵を拝することになった。

 この事態を憂慮した松波氏は、90年代から国家プロジェクトによる大学、企業が連携したSiCデバイスの研究開発を提唱し、主導的な役割を担う。90年代から2000年代にかけて行われた複数のプロジェクトによってSiCウエハーやデバイスに関する基盤技術が蓄積され、参画した関係者からなる「SiCサークル」とも呼ぶべきコミュニティーが形成された。この蓄積が、2010年代になって本格化したSiCデバイスの事業化フェーズにおける興隆を支えている。

 京都の「SiCサークル」において、企業側の代表的な存在と言えるのが半導体デバイスメーカーのローム㈱だ。90年代からSiCデバイスの研究開発に着手した同社は、10年に世界で初めてSiCショットキーバリアダイオード(SBD)を量産化したのを皮切りに、12年にはダイオードとMOSFETをすべてSiCで構成したフルSiCモジュール、15年には基板表面に溝(トレンチ)を形成したトレンチ型MOSFETを量産するなど、最先端の成果を次々に生み出してきた。09年にはドイツのSiCウエハーメーカーであるサイクリスタルを買収し、ウエハーからデバイス、モジュールまでを一貫して製造できる体制を整えている。後述するSiC応用開発においてもデバイスを提供しており、中心的な役割を果たしている。

ロームのSiCパワーデバイスとモジュール

SiCの「使いこなし」を目指したスーパークラスタープログラム

 13年末から、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の公募事業として、SiCデバイスの社会実装と本格普及を目標に掲げた「京都地域スーパークラスタープログラム」がスタートした。大企業だけでなく中小企業も巻き込み、SiCデバイスを応用した製品やそれに必要とされる部材の研究開発を推進するプロジェクトだ。10年代に入って本格化したSiCデバイスの事業化だが、デバイスと比べると実装や回路などの周辺分野における技術、部材の開発は遅れていた。また、大企業におけるクローズな研究開発が先行したために、中小企業がSiCデバイスを活用したくてもやり方が分からないといった問題もあった。

 そこでこのプロジェクトでは、ロームがデバイスを提供し、京大などの大学の知見を得ながら「SiCを使いこなす」ことを主眼に置いた。大企業、中小企業による応用製品開発や、デバイス、モジュールのさらなる高度化に向けた開発、また大学が主体となった将来を見据えた基盤技術の開発など、多種多様なテーマが同時並行で行われた。応用製品開発ではプロジェクト期間に縛られず、完了したものから順次製品化を進めていったことも、この種のプロジェクトではユニークな特徴と言える。京都をコアクラスターに、長野、福井、滋賀をサテライトクラスターとして位置づけるとともに、大阪大学など周辺地域における大学や企業も参画した広域連携体制で推進された。

モーター、医療用加速器を大幅に小型化

 具体的にスーパークラスタープログラムにおいて生み出された成果を紹介しよう。日本電産㈱は、従来は個別のシステムであるモーターとインバーターを一体化した、機電一体モーターの開発に取り組んだ。モーターの電力消費量は世界全体の半分以上を占めるとされ、その省エネ化の波及効果は大きい。開発では大阪大学がインバーター、立命館大学が制御用コントローラーを担当し、ロームがインバーター用のデバイス、ニチコン㈱がフィルムコンデンサーを提供した。これらを日本電産がモーターと一体化させたことで、従来比で32%小型化、69%軽量化した機電一体モーターを実現した。家電や産業分野のほか、車載用への展開を目指して開発を継続している。

 また、医療分野をターゲットとした成果も生まれた。ロームと同社らが出資している福島SiC応用技研㈱は、SiCデバイスを搭載することで従来品より大幅に小型化した医療用加速器の中性子源を開発した。これを用いたホウ素中性子補足療法用治療機器(BNCT機器)を、京都府立医科大学と共同で開発している。

SiCを搭載した医療用加速器中性子源の試作機

 BNCTは点滴によりホウ素薬剤をがん細胞に取り込ませ、中性子と反応させることで正常細胞へのダメージを最小限に抑えて選択的にがん細胞を破壊する治療法。微小あるいは体内に分散したがんに有効で、新たながん治療法として期待されている。SiCを搭載した加速器を用いることで機器を大幅に小型化、低コスト化でき、従来は困難だった多門照射が可能になるなど実用性にも寄与する。機器の開発が進めば京都府立医大内に治療棟を建設し、装置を設置して臨床を行っていく予定だ。

中小企業の製品、部材なども多数

 大企業が中心となったものばかりではない。京都地域を中心とした中小企業による製品開発も活発に進められた。例えば京都電機器㈱による半導体製造装置向け直流電源、㈱近畿レントゲン工業社によるX線発生用電源、神戸電気産業㈱による鉄道旅客車両用電源などだ。いずれも開発完了後に顧客への提案が進められており、製品化に向けた動きが活発化している。

SiC搭載の半導体製造装置用電源

 応用製品開発に伴って、部材の開発も進んだ。例えば上述の日本電産の機電一体型モーターには、㈱村田製作所の高耐圧セラミックコンデンサー、京セラ㈱のモジュール用セラミック基板、㈱カネカの封止樹脂などが用いられた。さらに、大学が主体となった将来に向けた研究開発においても多くの知見が蓄積された。電力を通信パケットのように制御する電力パケットに関連する技術や、回路の解析技術、GaNパワーデバイスとの組み合わせなど、SiC利用のさらなる高度化を目指す開発などである。

 これらの部材や研究成果は今後、SiCデバイスのポテンシャルを最大限に発揮し、様々な市場で広く普及させていくための有用な資産として幅広く活用される。プログラムを通じ、基礎から応用製品に至るまでの広範な領域において、多様な成果が生み出されていったと総括できよう。

望まれる次世代の産学連携プロジェクト

 スーパークラスタープログラムは17年度いっぱいでその期間を終える。実施主体となった公益財団法人京都高度技術研究所(ASTEM)の西本清一理事長は、「企業、大学の横連携により理想的なオープンイノベーションの仕組みが構築できた」と総括する。コアクラスターだけでなく長野、福井、滋賀のサテライトクラスターにおいても、それぞれの地場産業を活かした部材開発などの取り組みが行われ、開発成果に寄与した。今後はこれらの成果が全国に波及し、さらにSiCデバイスの応用が広がっていくだろう。すでに参画企業には首都圏の企業からの成果活用オファーが来ているという。

 ただ、今回構築された連携の仕組みを発展させていくためには、大学や企業、地域だけで取り組むには限界がある。これまで20年以上にわたって続けられてきた数々のプロジェクトがSiCデバイスの事業化を下支えしてきたように、これからの普及拡大においても国による後押しは不可欠だ。スーパークラスタープログラムの成果を次代につなげるために、これを継承する新たな仕組みが望まれる。

電子デバイス産業新聞 大阪支局 記者 中村 剛

まとめにかえて

 SiCパワーデバイスは長らく次世代候補の筆頭として、産業界で研究開発、事業化に向けた取り組みが進められてきました。しかし、コスト高などいくつかの理由で、いまだ本格的な普及期に入ったとは言い難い状況です。京都企業を中心にした地域プロジェクトはハードルの高い車載市場だけでなく、医療分野などニッチなマーケットに焦点を当てていることが非常にユニークです。こうしたニッチマーケットを足がかりに採用実績を積み重ね、応用範囲を広げていくことが、SiCパワーデバイスには求められているのかもしれません。

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