総務省統計局が2026年10月9日に公表した8月の家計調査では、二人以上の世帯の消費支出が前年同月を大きく下回りました。

消費支出(二人以上の世帯)は、 1世帯当たり 310,975 円
前年同月比 実質 3.1%の減少 名目 1.0%の減少
出所:総務省統計局「家計調査報告(2026年8月分)」(https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_mr.pdf)

名目(実際に使った金額)よりも、物価の影響を除いた実質の減り方が大きい。値上がりの中で、家計が買う量を減らしている様子がうかがえます。現役世代でさえこうした状況ですから、年金を中心に暮らす老後は大丈夫なのか、不安に感じる人も少なくないでしょう。

では、2019年に話題になった「老後2000万円」を、いまの物価と年金で計算し直したら、いくらになるのでしょうか。今回は3つの仮説を置いて、日本生命で外国株式のファンドマネージャー、フィデリティ投信で証券アナリストを務めた、日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)の泉田良輔が試算します。

今回の仮説:物価高のいま、「老後2000万円」を計算し直したら

「老後2000万円」は、物価が安定していた時代の家計をもとに弾かれた数字です。ここでは、次の3つの「もしも」を立てて試算してみます。

  • 2019年と同じ計算方法で、最新の家計調査を当てはめたら
  • 年金の伸びが、物価の伸びを下回り続けたら
  • 持ち家ではなく、生涯賃貸だったら

先に、この3つの仮説を試算して見えてきた私の結論をお伝えします。

  • 2000万円は「月約5万円の赤字が30年続く」という平均から導いた目安です。最新の家計調査では、赤字はむしろ月約4.2万円に縮んでいます
  • ただし、年金の伸びが物価に追いつかない状態が続くと、必要額は今のお金の価値で2000万円台後半まで膨らみ得ます。生涯賃貸なら、家賃の分だけ約3000万~4200万円になります
  • 金額を一つに決め打ちするより、自分の家計の「毎月の赤字」と「物価に負けない備え」をセットで考えることが大切です

一つずつ見ていきましょう。

そもそも2019年当時に「2000万円」はどう計算されたのか

皆さんは、「老後2000万円」がどんな計算から生まれた数字か、原文で確かめたことはあるでしょうか。出どころは、

2019年6月3日に公表された金融審議会の市場ワーキング・グループ報告書です。

夫 65 歳以上、妻 60 歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり不足額約5万円が毎月発生する場合には、20 年で約 1,300 万円、30 年で約 2,000 万円の取崩しが必要になる。

出所:金融庁 金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」(2019年6月3日)

つまり、「月約5万円×12か月×30年=約2000万円」という、いたってシンプルな掛け算です。そして報告書自身が、この数字にはそれなりの幅があることも断っています。

この金額は あくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。支出については、特別な支出(例えば老人ホームなどの介護費用や住宅リフォーム費用など)を含んでいないことに留意が必要である。

出所:同上

ここに2つの前提が隠れています。一つは、「毎月の不足額が30年間ずっと同じ」という前提。物価が上がれば支出も伸びますから、この前提は物価が安定していた時代のものといえるでしょう。もう一つは、介護や住まいの修繕といった「まとまった出費」は含まれていないことです。

では、物価高が続くいま、この計算を最新の数字でやり直すとどうなるのでしょうか。仮説を一つずつ試していきましょう。

最新の家計調査をもとに3つのシナリオで試算

ここからは、総務省の最新の家計調査(2025年平均)を出発点に、次の3つのシナリオで老後に必要な金額を試算します。

  • 仮説1:2019年の報告書と同じく、毎月の不足額が30年間変わらないとした場合
  • 仮説2:年金など収入の伸びが、物価の伸びを毎年下回り続けた場合
  • 仮説3:持ち家ではなく、生涯賃貸で暮らした場合

いずれも、30年分の不足の合計を示しています(仮説2・3は今のお金の価値に換算)。

仮説1:最新の数字をもとに2019年と同じ条件で試算

まず、報告書と同じやり方で「いまの数字」を当てはめてみましょう。総務省の家計調査には、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の家計収支が掲載されています。2025年平均の月額は次のとおりです。

  • 実収入:254,395円(うち社会保障給付228,614円)
  • 非消費支出(税金・社会保険料):32,850円
  • 可処分所得:221,544円
  • 消費支出:263,979円
  • 不足分(可処分所得−消費支出):▲42,434円

出所:総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」

意外に思われたかもしれません。毎月の不足は約4.2万円と、2019年の報告書の「約5万円」より小さいのです。これを30年分に掛けると、約1528万円になります。物価が上がった一方で、年金を中心とする収入も一定程度伸びていることが、この数字から読み取れます。

では、「2000万円も要らなかった」と安心してよいのでしょうか。私は、ここで立ち止まるべきだと考えています。この計算もまた、「不足額が30年ずっと同じ」という前提の上に立っているからです。

仮説2:年金の伸びが物価を下回り続けると

上の2025年平均の家計を出発点に、支出(消費支出+非消費支出)は物価どおりに伸び、収入は物価より少し低い伸びにとどまると仮定しました。30年分の不足の合計を、今のお金の価値に換算して示しています。

  • ズレなし(収入も物価どおりに伸びる):約1528万円
  • 収入の伸びが物価を毎年0.5ポイント下回る:約2150万円
  • 収入の伸びが物価を毎年1ポイント下回る:約2718万円

前提:物価上昇率は年2%とし、収入は年1.5%または1%で伸びると仮定。税・社会保険料の制度変更、介護・住宅などの特別な支出、資産の運用益は考慮していません。

たとえるなら、下りのエスカレーターを上るようなものです。一歩ごとの差はわずかでも、30年続けばずいぶん下に戻されてしまう。年金の伸びが物価を毎年1ポイント下回るだけで、必要額は約1528万円から約2718万円へ、1.8倍近くに膨らむ計算になります。

仮説3:生涯賃貸の場合

ここでもう一つ、見落としやすい前提があります。家計調査の「住居」は月17,739円と、家賃を払って暮らすには少なすぎる金額です。高齢の夫婦世帯の多くが持ち家に住んでいるため、平均の住居費が小さくなっているのです。

高齢者のいる世帯が居住する住宅の所有の関係別に割合をみると、持ち家が81.6%、借家が18.2%となっており借家(専用住宅)の1か月当たり家賃は59,656円となっており、2018年と比べ、7.1%の増加となっている。

出所:総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果」(2024年9月25日)

そこで、家計調査の住居費(17,739円)を、借家の平均家賃(59,656円)に置き換えて計算し直しました。毎月の不足は約4.2万円から約8.4万円に増えます。30年分の合計(今のお金の価値)は次のとおりです。

  • ズレなし:約3037万円(持ち家中心の平均は約1528万円)
  • 収入の伸びが物価を毎年0.5ポイント下回る:約3659万円(同約2150万円)
  • 収入の伸びが物価を毎年1ポイント下回る:約4227万円(同約2718万円)

前提:家賃は2023年の借家(専用住宅)の全国平均で、地域や広さで大きく異なります。家賃も他の支出と同じく物価どおりに上がると仮定し、更新料や引っ越し費用は含めていません。

生涯賃貸の場合、家賃の分だけ必要額はおよそ2倍になり、「2000万円」を大きく超えます。ただし、持ち家にも、家計調査の住居費には表れにくい大規模なリフォームや建て替えの費用がかかり得ます。どちらが得かという話ではなく、

「自分の住まいの前提で計算しているか」が大切だということです。

「もしも」は絵空事ではない:年金と物価のズレはすでに起きている

「収入の伸びが物価を下回る」という仮定は、決して極端なものではありません。厚生労働省が2026年1月23日に公表した2026年度の年金額改定を見てみましょう。

2026年度(令和8年度)の年金額改定

  • 物価変動率:3.2%
  • 名目手取り賃金変動率:2.1%
  • マクロ経済スライドによるスライド調整率:▲0.2%(基礎年金)、▲0.1%(厚生年金の報酬比例部分)
  • 年金額の改定率:基礎年金1.9%、厚生年金(報酬比例部分)2.0%
  • 標準的な夫婦世帯の年金額(月額):237,279円

出所:厚生労働省「令和8年度の年金額改定についてお知らせします」

物価は3.2%上がったのに、年金は2%前後の引き上げです。年金の改定は物価だけでなく賃金の動きも反映し、さらにマクロ経済スライドによる調整もかかるためです。2026年度に限っていえば、年金の伸びは物価を1ポイント以上下回ったことになります。先ほどの試算の「毎年1ポイントのズレ」は、絵空事ではないということです。

もちろん、このズレが今後毎年同じように続くとは限りません。賃金が物価を上回って伸びれば、年金の伸びも大きくなります。ただ、「年金は物価に完全には追いつかないことがある」という前提で備えておくほうが、老後の計画としては堅実といえるでしょう。

では、どう備えればよいのか。私は、次の3つの「ツマミ」を同時に回すイメージを持つとよいと考えています。

収入を伸ばす

  • 内容:働く期間を延ばす、年金の受け取り方を検討する
  • 効果:取り崩す年数そのものを短くできる

支出を整える

  • 内容:住居費や保険料など、毎月かかる固定費を見直す
  • 効果:月の不足額が1万円減れば、30年で360万円の差になる

物価に負けにくい資産を持つ

  • 内容:預金だけでなく、株式など企業の成長や値上げとともに価値が伸び得る資産を一部組み入れる
  • 効果:物価が上がったときに、資産の価値が目減りしにくくなる(ただし元本は保証されない)

年金の受け取り方や税制の扱いは個人の状況によって異なるため、具体的な判断の前に、ご自身の「ねんきん定期便」や年金事務所で見込み額を確かめてください。

元機関投資家イズミダの視点

「2000万円を貯められなければ、老後は破綻する」という声をよく耳にします。しかし、これは誤解だと私は考えています。報告書自身が断っているように、この数字は平均の不足額から導いたものです。持ち家か賃貸か、厚生年金があるかどうか、何歳まで働くか。それだけで必要額は数百万円単位で変わります。平均の数字に自分を当てはめて安心したり焦ったりするより、自分の家計の数字で計算し直すほうが、はるかに役に立ちます。

もう一つよくあるのが、「物価高だから、預金をすべて株式に移すべきだ」という考え方です。これも誤解だと私は考えています。株式は長い目で見れば物価に負けにくい資産といえますが、短期的には大きく値下がりすることもあります。老後の生活費や介護・住まいの修繕のように「使う時期が近いお金」まで株式に回すと、値下がりしたところで売らざるを得なくなります。物価への備えは、使うまで時間のあるお金で行う。ここは切り分けて考えたいところです。

私は機関投資家として企業を分析していたころ、将来を当てにいくよりも、まず過去の数字を丁寧に読むことを大切にしていました。老後資金も同じです。物価が何%上がるかを予想するのは、プロでも簡単ではありません。しかし、自分の家計がこの1年で月いくらかかり、それが何%増えたかは、家計簿や通帳を見ればわかります。平均の「率」ではなく、自分の「額」で見る。そこから老後資金の計画は始まると私は考えています。

まとめ――老後資金を見積もるときのチェックポイント

「老後2000万円」は、月約5万円の不足が30年続くという平均から導いた目安でした。2025年の家計調査では不足は月約4.2万円、同じ計算で約1528万円と、数字の上ではむしろ小さくなっています。ただ、2026年度の年金改定のように年金の伸びが物価を下回る状態が続くと、必要額は今の価値で2000万円台後半まで膨らみ得ます。生涯賃貸の場合は家賃の分だけさらに膨らみ、試算では約3000万〜4200万円になります。しかもこの計算には、介護や住まいの修繕といったまとまった出費は入っていません。老後資金を見積もるときは、次の点を確かめてみてください。

  • 自分の家計の「毎月の不足額」を、年金の見込み額といまの支出から計算したか
  • その不足額が、物価の上昇で年々大きくなる可能性を織り込んだか
  • 介護・住まいの修繕など、毎月の生活費とは別の出費を見込んだか
  • 使うまで時間のあるお金の一部を、物価に負けにくい資産に回しているか
  • 持ち家か賃貸か、自分の住まいの前提で住居費を見込んだか

「いくら必要か」の答えは一人ひとり違います。平均の2000万円ではなく、自分の数字で一度計算してみることが、物価高の時代の老後準備の第一歩です。

参考資料

  • 総務省統計局「家計調査報告(2026年8月分)」(2026年10月9日)(https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_mr.pdf)
  • 総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」(https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_gaikyo2025.pdf)
  • 金融庁 金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」(2019年6月3日)(https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20190603/01.pdf)
  • 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果」(2024年9月25日)(https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2023/pdf/kihon_gaiyou.pdf)
  • 厚生労働省「令和8年度の年金額改定についてお知らせします」(2026年1月23日)(https://www.mhlw.go.jp/content/12600000/001672868.pdf)

※本記事は情報提供を目的としたもので、特定の金融商品の購入や売却を推奨するものではありません。試算は物価上昇率や収入の伸びに関する編集部の仮定に基づく目安であり、将来の家計や年金額を示すものではありません。年金の受給額や受け取り方、税金の扱いは、日本年金機構や税務署などでご確認ください。投資判断はご自身の責任で行ってください。内容は2026年10月14日時点の情報に基づいています。

泉田 良輔