10月1日、ビールが少しだけ安くなりました。値上げラッシュの秋に、思わぬ朗報。1本あたり9.10円の減税です。酒売り場で、値札の変化に気づいた方もいるでしょう。
ところが同じ日、「第3のビール」と缶チューハイは増税になりました。しかも「金麦」や「本麒麟」は、中身ごとビールに生まれ変わろうとしています。なぜ、こんなことが起きるのか。
答えは、税率表の一行にあります。人も企業も、税金にどこまで合理的に反応するのか。17世紀の英国の「窓」から、順にみていきましょう。缶1本の値札の見え方が、変わるはずです。
「ビール減税は家計にいい話」は本当か
10月1日、ビールの酒税が下がりました。1klあたり18万1,000円から15万5,000円へ。350ml缶に直すと、63.35円から54.25円への▲9.10円です。
値上げ続きのなかで、ようやく安くなるものが出てきた。そう受け止めた方は多いと思います。
しかし、この理解は半分しか正しくありません。
同じ日に、「第3のビール」と呼ばれてきた新ジャンルは350mlあたり約7.26円、缶チューハイなどは7円の増税になっています。家計の味方だった安いお酒の方が、高くなったのです。
しかも、帝国データバンクによれば、10月に値上げされる飲食料品は3,153品目。分野別で最も多いのは「酒類・飲料」の1,399品目でした。値上げは平均で約10%。背景には中東情勢による原油・ナフサ高と、1ドル150円を超える円安があります。
9円の減税は、この値上げの傾向の中では誤差のようなものです。それにビール類の多くはオープン価格で、店頭で実際にいくら下がるかはお店が決めます。
では、この改正の本当の意味はどこにあるのか。答えは、値札ではなく商品そのものの変化にあります。
人も企業も、税率表どおりに動く
経済学には、身もふたもない前提があります。人はインセンティブに反応する、というものです。
17世紀末の英国には、家の窓の数に応じてかかる「窓税」がありました。すると人々は、窓をれんがでふさぎ始めます。日当たりや風通しよりも、税金を優先したのです。愚かに見えますが、個人としては合理的な行動でした。
日本のビール類も、同じ構図のなかにありました。酒税法は「麦芽比率」や原料で品目を分け、品目ごとに税率を決めています。そこで麦芽を減らした「発泡酒」や、麦芽以外の原料を使う「新ジャンル」が生まれました。窓の代わりに、麦芽をふさいだわけです。
その差は小さくありませんでした。2023年9月までの3年間、酒税は1klあたりでビール20万円、新ジャンル10万8,000円でした。350ml缶に直すと、70円に対して37.80円。1本あたり32.20円、毎日1本飲めば1年で1万1,000円を超える差です。これだけの差があれば、消費者が安い方へ流れるのは当然です。
つまり、「第3のビール」を生んだのは、消費者の好みだけではありません。税率表です。
だとすれば、税率表が変われば商品も変わるはずです。実際、そのとおりになりました。2020年10月から3段階で進められてきた見直しがこの10月に完了し、ビール系の酒税は1klあたり15万5,000円にそろいました。税の差がなければ、原材料の費用の考慮は必要ですが、ビールを飲みたいという消費者も多いことでしょうから、本質的には麦芽を減らす理由はあまりないといえるでしょう。
英国の例ではないですが、窓税がなくなれば、人は窓を開ける。それだけのことなのです。
全員が使える抜け道は、武器にならない
たとえば、こんな場面を想像してみてください。
新ジャンルが飛ぶように売れていた頃。駆け出しのアナリストが、あるメーカーの強気のレポートを手に、居酒屋で先輩のファンドマネージャーに意気込んで話をしています。新商品のヒット、利益率の改善。材料はそろっている、と。
先輩は資料には目もくれず、一言だけ聞き返します。
「その利益、誰がくれたものですか」
若手は答えられません。そして先輩自身は、新ジャンルではなく普通の生ビールを注文する。「店で飲むときは、税金の差なんて気にしないだろう」と。
この問いの答えははっきりしています。税率表です。
経営戦略論には「VRIO」という物差しがあります。企業の強みが「価値があるか」「希少か」「まねしにくいか」「組織で生かせているか」を問うものです。希少性や模倣困難性を欠く強みは、長続きしないとされます。
税の差に価値があったことは確かです。しかし、税率表は誰にでも公開されています。同じ条件を満たせば、どの会社も同じ税率を使える。希少でもなければ、まねしにくくもありません。
全員が使える抜け道は、競争優位ではありません。
これはビールに限った話ではないでしょう。補助金、優遇税制、規制のすき間。制度が生んだ利益は、制度が変われば消えます。そして制度は、いつか必ず変わります。
歪みは消えない。消費者の好みが引っ越すだけ
これでビール類の歪みは解消された。そう考えるのは、やはり早計です。
缶チューハイなどの酒税は、引き上げ後も350mlで35円です。ビールの54.25円との差は、まだ19.25円残っています。
税の差がある場所に、人もお金も流れる。窓税の時代から、この原則は変わっていません。歪みは消えたのではなく、ビールの棚から隣のチューハイの棚へ引っ越しただけなのかもしれません。
元機関投資家イズミダの視点
投資家が確かめるべきなのは、税の差が消えた後に残る利益です。品質やブランドで自分で稼いだ利益を、率ではなく額で見る。その答え合わせが、これからの決算で始まります。
では、私たち消費者はどうすればいいのか。
缶の値札を見たら、そのうちどこまでが味の対価で、どこまでが税法の対価かを考えてみる。安いものには、たいてい安い理由があります。そしてその理由が制度なら、その安さには賞味期限があるのです。
参考資料
- 財務省「酒税に関する資料」(https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/consumption/d08.htm)
- 国税庁「発泡性酒類の段階的な税率変更に係る品目及び税率適用区分の表示方法の手引き」(https://www.nta.go.jp/taxes/sake/pdf/0023008-027.pdf)
- 国税庁「令和8年10月に実施される酒類の手持品課税(戻税)に関するフローチャート」(https://www.nta.go.jp/taxes/sake/annai/pdf/0026007-082-01.pdf)
- 帝国データバンク「「食品主要195社」価格改定動向調査 ― 2026年10月」(https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260930-pricepass-on202609/)
- サントリー「ビールになった新「金麦」誕生」(https://www.suntory.co.jp/news/article/2026/15085.html)
- サッポロビール「「サッポロ GOLD STAR」「サッポロ 麦とホップ」 新ジャンル(発泡酒②)からビールへ品目変更」(https://www.sapporobreweries.com/newsroom/release/detail/20260617000032.html)
- キリンホールディングス「本格ビールの「本麒麟」、誕生」(https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2026/0527_02.pdf)