「パワー半導体はエネルギー節約という点で重要な役割を果たすのだが、これまではいかんせん市場が小さかった。しかし、2017年段階で世界市場は2兆円を超えてきた。とりわけEV、ハイブリッド車、燃料電池車などの車載用途が大きく伸びてくる。またここに来てSiC(シリコンカーバイド)の優れた材料物性が高く評価されている」

 こう語るのは、大阪大学大学院で招聘教授を務める中村孝氏。中村氏は1990年から2018年までロームで強誘電体メモリー、SiCパワーデバイスの研究開発に従事してきた人であり、パワー半導体の世界で彼の名前を知らない人はいない。ロームにあっては研究開発本部の統括部長まで務めた人だ。

 「パワー半導体の市場は電力と周波数の兼ね合いで様々な製品開発が進んでいる。動作周波数の大きい分野においてはシリコンのMOSFETが主役であり、家電分野においては逆に動作周波数の小さいパワーICが多く使われている。電力変換容量で言えば、超高い分野ではサイリスタやGTOが活躍する。ちょうど真ん中にあるのがIGBTモジュールであり、これが使い勝手の良さで花形になりつつある」(中村氏)

各社で積極投資進む

 パワーMOSFETは各種電源、アダプター、照明、DVD、そして車載向けに需要が拡大している。東芝はこのMOSFETの量産大手であり、同社幹部によれば現状は「作っても作っても足りない」という。これに対応するため石川の主力工場では100億円を超える増強工事を行っており、さらに追加投資も考えられるという。

 またロームはSiCデバイスにも注力しているが、産業用機器や車載向けにIGBTモジュールを拡大すべく、滋賀県の石山にある工場に8インチウエハーによるIGBT量産のための投資を実行しつつある。富士電機や三菱電機なども、これまでの投資額を上回るペースでパワー半導体の投資には注力しており、その中心はやはりIGBTなのだ。

 ちなみに、IGBTの歴史はそれほど古いものではない。1990年ごろに登場したが、初めはそれほどの話題にはならなかった。火がつくきっかけは何と言ってもトヨタのハイブリッド車「プリウス」に搭載されてからである。それからは車載向けの花形になっていく。

エコカー中心に搭載広がるSiCパワーデバイス

 さて、IGBT1が主役で動くパワー半導体市場であるが、SiCパワーデバイスもかなりの注目を浴びている。バンドギャップはシリコンの1.12に比べ3.26と高く、熱伝導率もシリコンの1.5に比べ4.9と高い。高周波特性にも優れ、高電圧対応という点でも1200ボルト以上を実現している。つまりは高電圧・大電流を扱うアプリケーションに最も適したパワーデバイスなのである。

 「ロームはホンダの燃料電池車であるクラリティにSiCパワーデバイスを搭載した。フルSiCで駆動する世界初の燃料電池車であり、高温下での動作特性や低損失性に優れるため、冷却用のヒートシンクを小さくでき、高周波でのスイッチングによりリアクトルの小型化も実現している。このため、内部スペースに余裕ができ、トヨタの燃料電池車MIRAIが4人乗りであるのに対し、ホンダのクラリティは5人乗りを実現した」(中村氏)

 SiCパワーデバイスのターゲット市場は、何と言ってもEV、ハイブリッド車、燃料電池車などのエコカーである。また最近ではパワコンや産業機械用の電源にも使われ始めた。コストパフォーマンスはかなり向上している。鉄道にも搭載され始めており、JRの新幹線N700Sシリーズなどに搭載されているが、フルSiCは三菱電機のみである。富士電機、日立製作所、東芝などはフルにはなっていない。

ウエハー供給は全く追いつかず

 車載向けをメーンターゲットに伸び続けるパワー半導体はIGBT拡大、SiC採用の2つを実現しながら、2030年には4.5兆円の大型市場になるといわれている。ただ、最大のボトルネックはSiCウエハー供給が全く追い付いていないことだ。

 「ロームの場合はSiCrystal社を買収したので材料手当てができるものの、他のメーカーは現状で非常に厳しいだろう。今のところ、市場の要求の半分も供給できていない。このままでは市場を失うことにもなりかねない。大手のクリー社の供給責任は大きいが、SICCAS、SICC、CETC、CENGOL、SKCなどのアジア勢、そして昭和電工などの増産体制が今後のカギを握ることになるだろう」(中村氏)

産業タイムズ社 社長 泉谷 渉