金融危機は、予想外のことが起こるから、実体経済の不況より遥かに恐ろしい、と久留米大学商学部の塚崎公義教授はリーマン・ショックを回顧します。

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金融危機が恐ろしいのは、予想外のことが起きるからです。普通の不況であれば、次々と燃え広がっていく火事のようなものですから予測は比較的容易ですが、金融危機は飛び火をしたりガス管を伝わって予想外のところで出火したりするので、とても怖いものなのです。それがリーマン・ショックの教訓です。

リーマン・ショックを一言で言えば、「米国の貧しい人が住宅ローンを踏み倒したことで世界中が不況になった」という事件でしたが、本稿は日本の株価が暴落したことに焦点を当てて見たいと思います。「米国の貧乏人(失礼)が住宅ローンを踏み倒したって、日本の株価が値下がりするはずはない」と思っていた人も多かったでしょうから。

バブル崩壊で不良債権が増加し、貸し渋りで景気が悪化

米国では住宅バブルが発生し、金融機関は貧しい人にも住宅ローンを貸すようになりました。サブプライムローンと呼ばれた貸出です。それが米国の成功報酬システムによって増幅されたことは、拙稿『米国型「強欲資本主義」がバブルを生んだ:リーマン・ショックの教訓(1)』で指摘したとおりです。そして、貸し出された住宅ローン債権は、証券化という取引によって転売され、リーマン・ブラザーズ等にも所有されるようになっていました。

バブルが崩壊すると、住宅ローンの返済が滞り、金融機関は巨額の不良債権を抱えることになりました。最も多額の不良債権を実質的に抱えていたのがリーマン・ブラザーズです。

リーマン・ブラザーズが破綻しそうになった時、米国政府は助けませんでした。この判断は歴史に残るミスだと筆者は考えています。政府なりに理由はあったのでしょうが、その後に起こった世界経済の大混乱を考えれば、言い訳できるようなものではありません。

リーマン・ブラザーズが倒産したことで、世界中の金融機関が疑心暗鬼になりました。次はどこが倒産するのかわからないため、金融機関相互の貸し借りが一斉に回収されてしまったのです。そこで、資金を回収された金融機関は、貸し渋りをせざるを得なくなりました。

貸し渋りを受けた中小企業の中には、給料が払えなかったり材料を仕入れる資金がなかったりして、倒産したところも多かったはずです。それによって、米国の景気が悪化しました。

サブプライムローンによる損失は、金融機関全体でもそれほど巨額ではなかったはずなのですが、「どこの金融機関が損失を被っているのかわからないため、万が一のことを考えて他の金融機関に貸している資金は回収しておこう」と皆が考えたのですね。

資金繰りの問題は、中央銀行が潤沢な資金を供給したため、ほどなく収束しましたが、サブプライムローンの焦げ付きと景気悪化による不良債権の増加で、銀行の自己資本が減少し、銀行が貸し渋りを始めました。

銀行には自己資本比率規制という規制がかかっています。極めて大雑把ですが、銀行は自己資本の12.5倍(銀行によっては25倍)までしか貸出をしてはいけない、という規制です。融資が焦げ付いて赤字になり、自己資本が減った銀行は、それに応じた融資残高まで融資を回収しなければいけないのです。そこで貸し渋りが横行する、というわけです。

米国が震源地であったがゆえに世界不況に

リーマン・ショックの震源地が米国であったことが、影響を世界に広めてしまったのは不幸なことでした。一つには、米国は世界最大の輸入国ですから、米国人が倹約すると世界の輸出国が大いに困る、ということが挙げられます。

今ひとつは、米国の通貨が世界中の取引で使われているため、米国の金融機関が貸し渋りをすると、世界中の金回りが悪くなり、世界経済全体に悪影響が及ぶことになるのです。

昨今、中国や欧州で金融危機が起きるかもしれない、という人が少なくありませんが、筆者はあまり心配していません。仮に金融危機が発生したとしても、影響は概ね域内にとどまるでしょうから、米国の金融危機と比べれば、世界経済全体に与える影響は遥かに小さいと考えるからです。

米国の利下げと「リスクオフ」で円高になった

米国の景気が悪化したため、FRB(米国の中央銀行)は金融緩和をしました。金利を下げて設備投資や住宅投資などを促そうとしたのです。米国の金利が下がると、日本人投資家は「円をドルに替えて米国債を購入しても大した金利がもらえないなら、日本国債を買えば良い」と考えます。そこで彼らは、ドルを買うのをやめてしまいます。

そうなると、輸出企業が持ち帰ったドルを買う人がいないため、ドルが値下がりする(円高になる)のです。もちろん輸入企業はドルを買いますが、貿易収支、経常収支が黒字なので、輸入企業が買うだけではドルが余ってしまうのです。

円高になった理由が今ひとつありました。「リスクオフ」です。日本は巨額の対外純資産を持っています。つまり、日本人投資家は、ドル安のリスクをおかして対外資産を持っているわけです。「米国債の方が日本国債より金利が高いから、ドル安のリスクはあるが、投資しよう」というわけですね。

しかし、金融危機などが発生すると、「何が起きるかわからないから、リスクのある投資は嫌だ。米国債を売って日本国債に乗り換えよう」という投資家が増えます。そうなると、円高になるのです。「安全資産の円が買われた」と言われることがありますが、こうしたメカニズムなのですね。

円高になれば、輸出企業の輸出競争力が落ちますし、企業が持ち帰った輸出代金のドルが安くしか売れませんから、当然輸出企業の利益は大幅減となり、株価も下がった、というわけです。

ちなみに、円高は輸入製品を使っている企業には増益要因ですが、円高差益が消費者に還元されてしまうと上場企業の利益には貢献しないので、差し引きすると株安の要因となるのです。

金回りの悪化も株価に悪影響

米銀が貸し渋りをして、世界中の金回りが悪くなったことも、二つの意味で日本の株価を押し下げました。

一つは、自動車ローンが借りにくくなったことです。現金で自動車を購入する人には無関係ですが、自動車ローンを貸す会社が銀行から貸し渋りを受けたため、自動車ローンの貸し出しができなくなってしまったのです。それによって、自動車を買いたい人がいるのに自動車が買えない、ということが起きたわけです。

自動車だけではありません。企業が貸し渋りを受けて設備投資ができなくなると、日本の設備機械メーカーも売り上げが落ち込みます。

今ひとつは、全く違う場所で起きた話です。借金をして株式投資をしている投資家が、銀行に返済を迫られて、泣く泣く日本株を売って返済した、ということも起きたのです。

金融危機の影響が、思いもよらない経路で伝播していくことがご理解いただけたと思います。「どうして米国の貧乏人(失礼)が借金を踏み倒したら、俺の持ち株が暴落したのだ」と不快に思っておられた方も多いと思いますが、納得していただけましたでしょうか。

じつは、上記の他にも、値下がりが売り注文を増やすから市場が暴走する、といったことも起こります。それも金融危機の怖いところですが、それについては拙稿『値下がりが売り注文を増やすから、市場が暴走する』をご参照ください。

本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。

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塚崎 公義