習い事として近年、人気が復活してきている「そろばん」。文部科学省もその効果を認め、2011年に導入された小学校の新学習指導要領では、これまで小学3年生のみだった「珠算学習」の時間が、小学3~4年生の2年間にわたってとられるようになり、それは近年の改定でもそのまま継続されています。いまや100円ショップでも電卓が売られているような時代に、そろばんの価値が見直され始めているのです。

そろばんに関心のある皆さんは、そろばんの習得を通して子どもに「暗算力」をつけさせたいと願っているかもしれません。しかし、どんな習い事であっても、継続するのは簡単ではありません。珠算上級になれば暗算力習得に近づくものの、長い道のりに挫折してまったり、結局、暗算ができるようにならなかったりする子もいます。

そこで、『5歳からはじめる 世界で羽ばたく計算力の伸ばし方』の著者であり、経営する学習塾で暗算力を効果的にトレーニングするアプリを開発している山内千佳氏に、「暗算」を身につけるための効果的な方法を教えてもらいました。

筆算を学ぶ前の「5~8歳」がベスト

そろばんが暗算の習得に有利といわれているのは、そろばんに熟達すると、珠のイメージが頭の中に浮かぶようになるからです。そろばんの珠をイメージして暗算することを、私たちは「イメージ暗算」と呼んでいます。

そろばんは現在、小学3〜4年時の新学習指導要領に取り入れられていますが、私たちはそろばんを使って暗算をトレーニングする適齢期は5~8歳だと考えています。なぜなら、筆算ですらすら計算問題が解けてしまうと、珠をイメージする上では邪魔になってしまうからです。

「5+3=8」と一瞬でわかる子に、「5のイメージはこうで、3のイメージはこうで……」と言っても、すでにわかっている答えを導くために、わざわざ頭の中でイメージしたりはしません。これは、すでに右手を使ってごはんを食べている子どもに「左手で食べなさい」と言っているようなものです。学校で筆算を本格的に始めるのが小学2~3年生ごろなので、その前にイメージ暗算をトレーニングするのがよいと私たちは考えています。

「公文式」もまた、人気の習い事です。私も、公文式を見習って自分たちの学習カリキュラムを改善したくらい、そのクオリティに感銘を受けています。一方で、公文式とイメージ暗算の習得を目的としたそろばんの両方を習いたい場合には、その「順序」が重要ではないかというのが私たちの見解です。公文式では筆算の反復練習をするため、イメージ暗算を習得する前に公文式に通うと、イメージ力が育ちにくい可能性があると考えています。ただし、イメージ暗算を身につけた後に公文式で計算の反復練習をして、非常に伸びている生徒は何人もいます。

問題を聞いて計算する「読み上げ暗算」が効果的

子どもたちの暗算力をどうすれば伸ばせるのか悩んでいたころ、珠算式暗算で実績を出しているそろばん教室の先生たちに、効果的な方法は何か聞いてみたことがあります。すると、みなさん口を揃えて「暗算力をつけるには、読み上げ暗算がいいよ」と言います。

読み上げ暗算とは、「願いましては~、◯円なり~、◯円なり~」と数を読み上げる声を聞いて計算するそろばんの種目です。子どもは「聞く」「話す」→「読む」「書く」という順番で言葉を覚えるので、読み書きよりも会話のほうが得意です。だから、数字を「読む」よりも「聞く」ほうがイメージに直結しやすく、暗算力がつきやすい、というのです。

さまざまなレベルの子どもたちが一緒に学ぶ私たちの教室で、それぞれのレベルに合った読み上げ暗算を一斉にトレーニングさせるにはどうしたらよいか? その答えとして、私たちはアプリ学習という方法を選びました。アプリであれば、同じ教室に何人いても、それぞれがイヤホンをして問題を聞きながら学習することができます。

もちろん、自宅で学習する場合は、読み上げ暗算の音源を聞いたり、親が読み上げたりして学習すればよいでしょう。また、そこまでかしこまらなくても、「これとこれ、足したらいくつ?」と会話の中で計算させるなどしても、同様の効果があると考えています。

反復練習を「反復」だと思わせない

イメージ暗算習得への道のりには、反復練習も欠かせません。しかし、問題もあります。「反復練習は退屈」だということです。同じような計算問題を何十回も解くことは、もちろん知識の定着には役立つでしょうが、反復している本人はちっとも面白くありません。退屈してしまうと、それが反復練習の妨げになったりします。

そこで大事なのが、子どもたちが嫌いな反復練習を「反復だと思わせない」ような工夫です。私たちのアプリの例でいえば、お買い物をして合計金額を計算するゲームをはじめ、20種類以上あるゲームの中で暗算を練習させることが、その工夫にあたります。ゲーム性を持たせたり、効果音やキャラクターを使って学習が楽しくなるような演出をしたりすることで、実質的には暗算の反復練習をしていても「同じことを何回もやっている」と思わせないようにしているのです。

日常生活の中で反復練習をさせる方法もあります。たとえば、親子で買い物に行ったときに、レジで合計金額を計算する。家族で食事に行ったときに、もしワリカンにすれば一人いくらか計算してみる。割引セールの値引き額を求めるなど、使うシーンが違えば、単なる「反復練習」だとは思いません。むしろ親兄弟に感謝されるなどして、好んで計算を反復練習するようになる可能性もあります。

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暗算力は人生を豊かにする

効率的にイメージ暗算をトレーニングできるように、われわれもアプリ上で、珠の色や形は記憶に残りやすいものを選ぶなど、さまざまな工夫をしています。その甲斐あって、私たちの教室では、イメージ暗算を習得した子どもの割合は3年間で1割から6割へ大幅に改善され、この数字は今なお向上しています。しかし、ここで紹介したのはアプリを使わなくてもできる学習方法です。ぜひ試してみてください。

暗算力は、人生を豊かにします。小さいころに暗算力をつけたおかげで「積極的にいろんなことに挑戦するようになった」とか「ほかの分野でも活躍できるようになった」といったお母さんたちからの報告は後を絶ちません。効果的な学習方法を知ってさえいれば、子どもは楽しみながら、その後の人生に役立つ暗算力を獲得することができるのです。

 

■ 山内千佳(やまうち・ちか)
株式会社Digika 代表取締役会長。神奈川県生まれ。東京女子大学文理学部数理学科卒業後、1989年日本興業銀行入行。1993年からCitibank東京支店にてデリバティブ商品のトレーディングと商品開発業務に従事する。2009年、株式会社Digika設立。2011年に珠算教室「かるトレ」開校、2014年ママスタッフとともに「そろタッチ」考案。2016年国内特許取得。2017年日本eラーニング大賞最優秀賞受賞。2019年2月現在、国内外に約60教室、生徒数約1500名。

山内氏の著書:
5歳からはじめる 世界で羽ばたく計算力の伸ばし方

山内 千佳