スマホなどのデジタルデバイスが集中力を削ぐことは、いまやよく知られている。

年に5000本の科学論文を読み続けるサイエンスライターにして、話題の新刊『最高の体調』の著者である鈴木祐氏は、スマホを通して得られるネットやSNSなどの刺激は「超正常刺激」の一つであると語る。「超正常刺激」とは、“本来、自然界には存在しないもの”に対して本能が反射的に作動してしまう状態を指し、この状態が続くと「脳は単純な刺激に満足できなくなり、さらなる興奮を求めて暴走を始める」という。

それでは、実際にデジタル環境を遠ざけたとき、人はどんな反応を示すのだろうか。科学的見解や科学者の実体験について、鈴木氏に教えてもらった。

ハマるとやめられない「超正常刺激」

超正常刺激は、現代社会のいたるところに見られます。

たとえばジャンクフードもそのひとつで、糖と脂肪が絶妙に配合されたハンバーガーやスナック菓子は、私たちの舌に超正常刺激を与えます。糖と脂肪はどちらも古代人が生き延びるために欠かせないエネルギー源だったため、人類の脳はビタミンやミネラルよりも「カロリー」に反応するように進化してきたからです。

もちろん、ジャンクフードが悪だと言いたいわけではありません。大事なのは、現代にあふれる超正常刺激の存在に気づき、自分の反応を調節していくことです。ジャンクフードに操られるのではなく、こちらがコントロールする側に立つのです。

ユーザーの10%は「ネット依存」

遠ざけるべき超正常刺激はさまざまですが、まずおすすめしたいのは「デジタル環境」のコントロールです。

インターネットやスマホは私たちの生産性を高めた一方で、弊害ももたらしています。

アメリカ医療情報学会が「インターネットおよびビデオゲーム中毒」を正式な診断名に推奨したのは2008年のこと。ハーバード大学の調査によれば、ネットユーザーのうち5~10%は依存傾向にあり、回線につながらない状況では、彼らはギャンブル中毒に似た禁断症状を示します。

自宅でスマホを使い続ける人は仕事のストレスが回復しない

ほかにも、「スマホの使用時間が長い者ほど社会不安のレベルが高い」とのデータや、「自宅でスマホを使い続ける人は仕事のストレスが回復しない」といった報告もあり、デジタルデバイスが現代人のメンタルに負荷をかけているのは間違いありません。

ネットのサイトやSNSが私たちの生産性を下げているのは自明でしょう。SNSの通知が来るたびに作業を中断したり、仕事中に急にツイッターやインスタグラムのタイムラインが気になって仕方なくなったりと、いずれも現代ではおなじみの光景です。

「情報収集」が快感! 原始の快楽システム

原始の森やサバンナでは、「情報の入手」と「コミュニケーションの有無」が生存の成否を分けました。

効率のよい狩り場はどこか? 感染症に効く薬草はどれか? 味方になりそうな者は誰か? 厳しい環境を生き抜くには効率のよい情報収集が欠かせず、人類の脳は「新しい情報」や「対人コミュニケーション」に快感を覚えるシステムができあがってきました。

ネットとSNSは、この快楽システムを刺激します。クリックひとつで情報が手に入り、いつでもコミュニケーションが可能な状況は、進化の過程には存在しませんでした。難病ドラマやチャリティ番組を「感動ポルノ」と呼ぶことがありますが、その点では、いまのニュースサイトは「情報ポルノ」、SNSは「コミュニケーションポルノ」だと言えるでしょう。

SNSのダメージは復旧可能

しかし幸いにも、私たちの脳は柔軟性が高いため、超正常刺激のダメージは完全に復旧できることがわかっています。

精神科医のノーマン・ドアッジによる研究では、性欲障害の患者がしばらくポルノ視聴を止めたところ、興奮状態だった神経ネットワークが徐々に弱まり、元の状態を取り戻せたと言います。ドラッグ中毒者の治療と同じように、いったん「超正常刺激を絶つ期間」をつくればいいのです。

ITライターがデジタル断食。その成果は?

2012年、IT系のライターだったポール・ミラー氏が、興味深い実験を行いました。仕事の種だったスマホとネットを止め、1年におよぶ「デジタル断食」を行ったのです。

当時26歳の彼は、IT業界の高速なペースに、本を読む時間も家族と過ごすヒマもなく、脳がパンク寸前でした。この時の心境を、彼は「ウェブブラウザの向こう側には『本当の生活』が待っているのではないかと思った」と記しています。

その効果は、想像を超えるものでした。仕事に支障が出たかと思いきや逆に生産性が上がり、かつてのペースを上回るスピードで原稿を書き上げたというのです。

「自分でもどうやったのかはわからないが、いつの間にか小説を半分書き上げ、毎週のようにエッセイを編集部に送っていた。ある月などは、編集長から書きすぎだと叱られたほどだ。こんなことはこれまでになかった。確かに退屈は感じたし、多少の孤独にも襲われた。でも、それが僕に良いペースを与えてくれた。刺激のなさと退屈のおかげで、本当に大切なものをやり抜くモチベーションが生まれたんだ」

なかなかやめられないスマホ。遠ざけるコツは?

さらにデジタル断食の初歩として効くのは、「あらかじめSNSやメールのチェック時間を決めておくこと」です。ブリティッシュコロンビア大学の実験によれば、スマホの通知を切ってメールチェックの回数を1日に3回までに減らした被験者は、仕事中の緊張やストレスがやわらいでいます。

やり方は簡単で、「12:00~12:30 メールチェック」「インスタグラムは月・水・金 だけチェックする」とスケジュール帳に書き込んでおくだけ。それだけで、あなたの生産性と幸福度には大きな差が出ます。最初は軽い不安に襲われるかもしれませんが、少しずつ「興奮」の感情システムが落ち着き、やがて「満足」のシステムが起動していくはずです。

「デジタル断食は失恋の味」? ドアッジ博士の見解

前出のドアッジ博士は、デジタル断食を「失恋」にたとえています。大好きなネットやゲームから引き離された直後には、多くの患者が異性から振られたかのような反応を示すからです。

しかし、そのうち悲しみは穏やかな退屈とさびしさに変わり、しばらくすると穏やかな安らぎが取って代わります。その間も頭のなかではニューロンの配線がつなぎ直されており、あなたの脳は文字通りリセットされるのです。

筆者の鈴木祐氏の著書(画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします)

たかがストレス対策とあなどることなかれ

ストレス反応は決して悪者ではありません。古代の環境では、私たちを外敵から守り、生き延びる動機を生み出すために役立ってくれた大事な機能です。問題なのは、「ストレスが慢性化してしまうこと」です。睡眠負債や超正常刺激のようなストレスは、気づかぬうちにあなたの命を削っていきます。

たかがストレス対策とあなどることなかれ。ストレスのコントロールとは、「人生の支配権」を自分の手に取り戻す作業でもあるのです。

 

■ 鈴木 祐(すずき・ゆう)
サイエンスライター。1976年生まれ。慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人以上の海外の学者や専門医への取材を重ね、現在はヘルスケアをテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」では心理、健康などに関する最新の知見を紹介し、月間100万PVを達成。ヘルスケア企業などを中心に、科学的なエビデンスの見分け方を伝える講演なども行う。

鈴木氏の著書:
最高の体調

鈴木 祐