「フィンテック」――金融とテクノロジーの融合などと言われますが、その“主役”ともいえる位置にいるのがインターネット通販大手の米アマゾン・ドット・コムかもしれない、と聞いたら、あなたはどう感じるでしょうか。

「フィンテックって、テクノロジー系ベンチャー企業の金融領域での新規ビジネスのことじゃないの?」とか「既存金融機関におけるシステムをテクノロジーで発展させることなのでは?」と思われるかもしれません。

実際はそうした話はフィンテックが秘めるポテンシャルの一部を表しているに過ぎません。今後ミレニアル世代が主要な労働人口となり、金融サービスが未発達な新興国市場が成長する過程において、フィンテックを取り入れた新しいビジネスが数多く生み出され、育っていくはずです。

では、そのとき、金融機関でも新進気鋭のベンチャー企業でもなく、なぜアマゾンがフィンテックの“主役”になりうるといえるのでしょうか。

技術そのものではなく「活用方法」こそがフィンテックのキモ

例えば、近年急速に成長しているシェアリング・エコノミーの大手企業にUberとAirbnbがあります。前者はドライバーと乗客を結びつける配車サービス、後者は空き部屋オーナーと短期滞在者を結びつける民泊サービスを提供している企業です。新しいビジネスとして言及されることが多いこれらシェアリング・エコノミー企業ですが、彼らの成長に欠かすことができない要素が実はフィンテックなのです。

いずれの企業も、サービスを提供する人と利用する人をマッチングさせることをビジネスにしていますが、見知らぬ個人の間のお金のやり取りには多大なリスクとストレスが伴います。これらシェアリング・エコノミー企業は、フィンテックの要素技術の一つであるモバイル決済機能を自社アプリに組み込むことにより、お金のやり取りに伴う障壁を大幅に低下させました。また、提供者・利用者双方互いに利用状況を評価し合うデータを蓄積することにより、個人間のサービス利用・提供に伴う不安を解消し、急速に市場を拡大しました。

既に存在するビジネスにフィンテックを組み込むことにより、顧客に全く新しいサービス体験を提供することができる……まさにこれがフィンテックの「破壊力」なのです。金融機関のシステム効率化やアプリ対応、モバイル決済などはあくまで土台の技術であって、それらを活用したサービスが肝要なのです。

つまり、フィンテックの要素技術を上手に取り込み、新たなビジネスを創出する企業にはとんでもない伸びしろがあると考えられます。なぜならお金はすべての経済活動の裏側にあるものだからです。

アマゾンはフィンテックで消費者に新しい経験をもたらしている

アマゾンは創業以来、届け先住所と支払い方法を設定することでボタン1回のクリックだけで注文できる機能「1-Click注文」に始まり、出品されている商品を購入する際の支払い処理システム「Amazon Payment」、ワンプッシュでお気に入りの商品を注文できる「Amazon Dash Button」、店舗でレジに並ばずに商品を購入できる無人店舗「Amazon Go」や音声だけでリモート操作できるスマートスピーカー「Amazon Echo」シリーズなど、消費者に新しい体験を提供するためにフィンテックを活用し続けてきました。

「破壊的イノベーション」にフォーカスした投資をすることで知られる米国のアーク・インベストメント・マネジメント・エルエルシー(ARK社)のアナリストは、こうしたアマゾンの取り組みについて、「アマゾンはオンラインとオフラインの両面で、商品購入プロセスのあらゆる工程で発生する煩わしさをできるだけ取り除き、顧客を喜ばせようとしている」と分析しています。

現在、米国のEC化率(消費におけるEコマースが占める割合)は約10%と言われており、その中でアマゾンは圧倒的なシェアを有しているとみられます。しかし、裏を返すならば約90%は実店舗(オフライン)で購買が行われているということでもあります。

このオフライン市場でもアマゾンは、米高級スーパーで米国中心に約460店舗を有するホールフーズ・マーケットを買収し、Amazon Go店舗や書店運営を展開するなど、着々と存在感を増しつつあります。ホールフーズの商品を自社サイトで販売するなど、ネットと実店舗をさらに融合する戦略を推進するアマゾン。その戦略のベースにはフィンテック技術の活用があります。

フィンテックを使った融資も登場

アマゾンがフィンテックを活用している領域のひとつに、法人向け金融の分野があります。すでにアマゾンは「マーケットプレイス」の取引実績がある法人に対し「Amazonレンディング」という短期の運転資金のローンを提供しています。アマゾンは、アマゾン上における取引実績データを融資の審査・与信判断に使うことが可能です。

さらに、アマゾンの物流倉庫はロボティクスを活用した非常に効率的なオペレーションで知られます。この強みを生かし、メーカーや百貨店、外部ECサイトのような業者に対し、自社の物流機能を外部にサービスとして提供し始めています。これにより、アマゾンは物流倉庫を利用する企業の、アマゾン上だけでなく、それ以外での取引のデータも把握できる可能性があります。

ここで金融機関の役割のひとつである「貸出先企業の資金繰りの手当て」と対比してみましょう。金融機関にとって重要な業務ですが、貸出先の日々の資金の出入りや取引実績をリアルタイムで把握するのは難しいのが現実です。しかし、「Amazonレンディング」を行なっているアマゾンは、それを実質的に可能とする環境を整えているといえます。

「Amazonレンディング」の過去1年間の融資実績は総額約10億ドル、2014年のサービス開始からの融資総額で約30億ドルといわれており、今後米国だけでなく日本でも同事業を拡大するとみられています。こうした電子商取引と融資事業の融合のベースにもフィンテックの技術の活用があることは言うまでもありません。付け加えるならば、アマゾンだけでなく、取引情報と融資を結びつける新しいサービスが次々に生まれてきており、今後さらに拡大することが見込まれています。フィンテック技術の活用により新しい事業領域が出現している好例といえるでしょう。

おわりに

前述のように、アマゾンは、自社ビジネスにフィンテックの各種技術を積極的に取り込むことにより、全く新しいビジネスを作り出してきました。しかし、アマゾンはフィンテックそのものを前面に打ち出しているわけではありませんし、これからもそうすることはないと思われます。

刻々と進化するフィンテック技術を「活用」し、いかに新しいサービスや顧客体験を創り出すか――様々なフィンテック技術が可能にする大きな成長機会に気づいているのはアマゾンだけではありません。あらゆる経済活動の裏側にはお金の流れが存在する以上、フィンテック技術の活躍の場はいたるところに存在しています。

皆さんが最近使い始めた便利なサービスも実は裏ではフィンテック技術を活用していませんか?もしかしたらその会社、フィンテックの“主役”になるかもしれません。

 

(本稿はフィンテック技術を活用する企業の例示としてアマゾンを紹介していますが、当該銘柄の売買を推奨するものでも、将来の価格の上昇または下落を示唆するものでもありません。また、日興アセットマネジメントが運用するファンドにおける保有・非保有および将来の銘柄の組入れまたは売却を示唆・保証するものでもありません。)

千葉 直史