日本は世界一「妊娠できない不妊治療」が行われている!?

治療レベルは低くないのになぜ? そこにある日本的事情とは

「日本は世界で最も妊娠できない不妊治療が行われている国」──医療先進国・日本の衝撃的な事実を突きつけた1冊の本があります。

不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道」 (ブルーバックス)』(講談社・2016年刊)

生殖医療専門医である浅田義正氏と出産ジャーナリストの河合蘭氏の共著による本書は、不妊治療大国・日本の現状から、妊娠のしくみ、そして実際の不妊治療がどのようなものなのかを端的かつ丁寧に紹介しています。

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日本では、不妊治療どころか性に関する話題自体がなにかとタブー視されがちですが、そんなことも言っていられない事態に陥っているのです。

3組に1組が不妊の心配を抱えている

国立社会保障・人口問題研究所によると、不妊を心配したことのある夫婦は3組に1組を超え、子どものいない夫婦では55.2%にのぼります。さらに結婚歴15~19年の夫婦の15.6%(6組に1組)が検査や治療を経験。これらの割合はいずれも上昇傾向にあります注1

不妊治療の中でも、体外受精、顕微授精、凍結融解胚移植といったより高度な技術を用いる治療を「生殖補助医療/ART:Assisted Reproductive Technology(アート)」注2・3と呼びます。

本書でも日本産婦人科学会のARTデータブック注3に基づき、そのARTの実施件数の推移が示されていますが、その数は1990年代前半が2万件弱だったのに対し、現在は30万件を超えています。

また、同データブックの最新データでは、2014年に生殖補助医療によって生まれた子どもの数は4万7,322人に達しています。厚労省の平成26年(2014)人口動態統計より、同年の出生数は100万3,539人であることから、約21人に1人が生殖補助医療で出生していることになります。

こうした背景に晩婚化があることは言うまでもありませんが、日本のように女性の平均初産年齢が30歳を超える国は、先進国の中でも数えるほどしかないのです。近年は「妊娠力」や「卵子の老化」という言葉を聞く機会も増え、女性側の年齢の壁は意識されるようになってきました。

女性に比べればゆっくりですが、男性でも35歳ごろから徐々に精子の質の低下が起こります。しかし男性の場合は不妊に対する心配があったとしても、精液検査に対する抵抗感からなかなか病院に足が向かないという人も少なくないのではないでしょうか。

「不妊」の境界線はどこ?

そもそも、どこからが「不妊」なのでしょうか。日本産婦人科学会では、WHOなど海外の諸機関の定義を踏まえて、不妊(症)について次のように定義しています。

<生殖年齢の男女が妊娠を希望し、ある一定期間、避妊することなく通常の性交を継続的に行っているにもかかわらず、妊娠の成立をみない場合を不妊という。その一定期間については1年というのが一般的である。なお、妊娠のために医学的介入が必要な場合は期間を問わない。>

つまり「不妊症」という病気があるわけではなく、医学的には一定期間(1年間)妊娠しない状態を指していて、その理由は問われていないのです。

となると、それこそ病院に行くべきかどうか迷ってしまいます。「とりあえず1年は様子を見よう……」と考えてしまうかもしれませんが、妊娠のしやすさに年齢という因子が関わっている以上、時間を無駄にはできません。早いに越したことはないのです。本書では“いちおうの目安”としながらも、医師に相談するタイミングを次のように示しています。

  • 女性が34歳未満…1年間妊娠しない場合
  • 女性が35歳以上…半年間妊娠しない場合
  • 女性が40代…子どもがほしいと思ったとき
  • 何らかの理由でセックスができないとき

ちなみに私も「特段、不調がある自覚はないけれど、なかなか妊娠しない」という状況だった時、通常の産婦人科に行くべきか、不妊治療専門のクリニックに行くべきか迷いました。そこで専門クリニックの受付で尋ねたところ「妊娠をご希望ですか? ならばこちらです」と言われ、思いの外あっさりと不妊治療の扉を開いた日のことを覚えています。

なぜ日本は不妊治療の成功率ワースト1なのか?

さて、冒頭で紹介した「日本は世界で最も妊娠できない不妊治療が行われている」という事実。これはどういうことなのでしょうか。

先ほど日本のART実施数は年間30万件以上に及ぶことに触れましたが、国際生殖補助医療監視委員会(ICMART)の報告によれば、この数は60の国と地域の中で最多。一方で、1回の採卵あたりの出産率は60カ国・地域中で最下位。つまり、日本では妊娠・出産に至らない不妊治療が非常にたくさん行われているというのです。

出所:『不妊治療を考えたら読む本』(講談社・ブルーバックス)より許可を得て転載

著者の浅田医師は、国際的にみても日本の不妊治療のレベルは決して低いものではないと記しています。では、なぜ日本はこのような事態にあるのか。本書はその背景に「日本独自の事情」があると指摘しています(以下抜粋)。

<日本の文化には「できるだけ自然にしているのがよい」という無為自然を尊ぶ考え方がありますが、そのためか、まず治療の開始年齢が遅いという傾向があります。(中略)不妊治療を始めた場合も、「薬の使用はできるだけ控えたい」と望む人が多いのも特徴です。こうした自然志向の結果、自然療法や薬を控えた治療に時間をかけすぎて、いざ本格的な不妊治療に切り替えることにしたときには、妊娠できる卵子がすでに少なすぎる人が目立ちます。>

たしかに書店に並ぶ本やインターネットでは「子宮を温める」「妊活に良い食」といったフレーズが目立ちます。健康状態を高める努力は大切ですが、しかしそれだけで妊娠に至らないケースが多いのが実情です。

ただ、本書は衝撃的な事実を突きつけて終わるものではありません。妊娠を望む人の道しるべに、将来的に考えている人にとっては入門書となるはずです。すでに不妊治療中の人もいざ医師に対面すると質問したいことの半分も聞けない人もいることでしょう。そんなとき、ぜひ手にしてもらいたい1冊です。

注1:第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)第Ⅱ部 夫婦調査の結果概要:3.妊娠・出産をめぐる状況/国立社会保障・人口問題研究所
注2:生殖補助医療の種類/日本生殖医学会
注3:病気を知ろう:不妊関連/日本産婦人科学会、ARTデータブック

堀川 晃菜

参考記事

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堀川 晃菜

新潟市出身。長岡高専への進学を機に理系の道へ。東京工業大学 生命理工学部、同大学院の修士修了。
農薬・種苗メーカーを経て、日本科学未来館の科学コミュニケータ―に。その後、JBpressの編集・記者を務め、現在はフリーランス。
著書に『バイオ技術者・研究者になるには』(ぺりかん社)がある。