2021年10月22日に行われた、株式会社ほぼ日2021年8月期決算説明会の内容を書き起こしでお伝えします。

スピーカー:株式会社ほぼ日 代表取締役 社長 糸井重里 氏
株式会社ほぼ日 取締役 管理部長 鈴木基男 氏

1.2021年8月期の事業報告

鈴木基男氏:ほぼ日の鈴木でございます。本日は2021年8月期の通期決算を発表させていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

まず、本日のハイライトになります。1つは2021年8月期の事業報告、もう1つは2022年8月期の業績予想となります。

2021年8月期は、手帳の海外直販が好調であり、また「HOBONICHI MOTHER PROJECT」や「ほぼ日のアースボール」という新しい商品が好調に推移し、結果として増収増益となっています。

通期では、業績予想を売上及び当期純利益で上回る着地となっています。そのため、配当予想どおり1株当たり45円とし、従来の水準を維持します。

2022年8月期の業績予想ですが、売上は海外への直販をさらに強化していきます。また、新たなジャンルの商品開発に注力し、前年比6パーセントの増加を見込んでいます。

昨今の新型コロナウイルス関連の状況があるため、物流関連の業務が増加しています。これによりコスト増が予想されていますが、利益は前年同水準を維持する想定です。したがって配当予想も前年同水準の1株当たり45円と考えています。

売上高は、前年同期比約6.2%の増収、過去最高水準となりました。

2021年8月期の事業報告に移ります。売上高は、前年同期比約6.2パーセントの増収で過去最高の水準となりました。金額は56億3,900万円で、前年同期比プラス3億3,000万円となります。

内訳は、手帳関連の主力商品である「ほぼ日手帳」や、「HOBONICHI MOTHER PROJECT」「ほぼ日のアースボール」、アパレル商材などの「ほぼ日商品」があります。また、ECでの配送の際にお客さまから送料に対する手数料をいただいており、それが「その他」の売上に含まれています。

それぞれを見ると「ほぼ日手帳」の売上高は29億4,500万円、構成比は52.2パーセントと約半分を占めていますが、前期比でマイナス5,000万円と微減しています。主な要因として、国内での店頭販売や、卸先に販売している部分が大きく落ち込んでいます。それに対してECや海外の直販が伸びていますが、落ち込んだ部分をリカバーするまでには至らず、その結果として微減となっています。

「ほぼ日商品」の売上高は22億5,900万円、構成比で40パーセントを超えており、前期比でプラス3億1,600万円と16.3パーセント増となっています。こちらについては「HOBONICHI MOTHER PROJECT」や新型の「ほぼ日のアースボール」が堅調に推移した結果となっています。

「その他」は4億3,400万円、構成比は7.7パーセントですが、前期比でプラス6,400万円と17.3パーセント増となっています。こちらは主に海外への出荷が増加することにより、送料に対する手数料が増加した結果となっています。

当期は増収増益。

損益のご説明に移ります。先ほどお伝えした売上高の56億3,900万円に対して、売上原価は25億5,000万円となり、原価率で45.2パーセントとなりました。前期の原価率は49.3パーセントだったため、そこから約4ポイント改善し25億5,000万円となりました。

改善の主な要因は、商品評価損の減少にあります。2020年8月期はコロナ禍により先行きがあまりにも不透明で、世の中の消費が落ち込み、物の動きがかなり停滞したタイミングでした。2021年8月期はその部分がなくなり、もともとの水準に戻ったということになります。

販管費は29億3,300万円で、前期比で約3億2,400万円の増加となっています。このうち約半分の1億5,600万円が一時費用にあたります。2021年8月期は、本社の移転に加え、これから大きく育てていきたいと考えている「ほぼ日の學校」という事業拠点の立ち上げ、店舗の移転等がありました。そのようなところでかかる一時的な費用として、約1.5億円となりました。

結果として、営業利益は1億5,500万円、経常利益は1億7,000万円、当期純利益は、期中に投資有価証券の一部売却を行ったため1億9,600万円となっています。前期比で、売上高はプラス6.2パーセント、営業利益はプラス86.3パーセント、経常利益はプラス71パーセント、当期純利益はプラス29.7パーセント増となっています。

直販売上が増加し、直販比率が前年同期比で1pt増加。

直販の売上が伸びているという話の続きです。販路別では、手帳の海外直販が好調であることに加えて、直販が主となる「ほぼ日MOTHERプロジェクト」も好調に推移しており、直販売上が特に大きく伸びました。そのため、構成比としても1ポイント増えています。

海外売上高は前年同期比37.8%増となり、構成比が24.5%に増加。

海外売上高です。数字についてはスライドのとおりで、前年同期比でプラス37.8パーセントと、海外売上高が大きく伸びました。構成比も24.5パーセントと、全体の4分の1近くまで伸びてきています。

エリア別に見ると、特に大きく伸びたところは北中米で、当期は5億2,100万円となっています。前期比で約2億円増加しており、約60パーセント程度伸びているかたちです。

中華圏も前期比約20パーセント増とそれなりに伸びているほか、その他のエリアも比較的大きな水準で伸びている状況です。

貸借対照表

貸借対照表です。本社移転等々のため、資産合計としては微減している状況です。動いたところは固定資産の増加で、有形固定資産の増加についてはオフィス周りの部分にあたります。

無形固定資産の増加は、「ほぼ日の學校」の事業に関わるものです。これまでは100人くらい入る教室で授業を実際に行う形態でしたが、いわゆる動画で学ぶスタイルにモデルチェンジしました。スマートフォンやPCで見られるアプリケーションとして、2021年6月28日に再スタートしています。

その際のシステム開発投資に加え、「ほぼ日刊イトイ新聞」及びそのストア、EC開発等々による無形固定資産が増加しています。

キャッシュ・フロー計算書

キャッシュ・フローです。期首の16億9,800万円に始まり、期末残高は17億7,300万円となっています。営業活動によるキャッシュ・フローで、4億6,600万円増加しました。

投資活動によるキャッシュ・フローについては、約3億円のキャッシュアウトとなっています。内訳としては、投資有価証券の売却により2億5,000万円をキャッシュインした上で、本社移転や「ほぼ日の學校」等々を含めた部分で5億5,000万円程度の投資があったためです。

財務活動によるキャッシュ・フローは、例年どおり、配当金の支払いが約1億円となっています。当期は、将来に向けた大きな投資を具体的に行いながら、キャッシュポジションを悪化させることなく推進した年になりました。

コロナ禍の影響

数字だけではなく、コロナ禍の影響に関するお話を少し挟みます。新型コロナウイルス感染拡大により、私たちの事業としては、「生活のたのしみ展」のような大型のイベントに加え、「TOBICHI」やパルコに出店している店舗も、もちろん大きく影響を受けています。

また、3PLや配送業者など、物流周りのオペレーションにも影響がありました。業務遂行において、消毒を行ったり、確認するべきことが増えたりと、そのようなコストの増加が配送料に転嫁されてきています。

このように、事業へのマイナスな影響も多分にありましたが、それだけではなく「よかったこと」もあったため、あらためて共有できればと思います。

各社でいろいろな取り組み方をされていると思いますが、働き方を根本的に見直す機会になりました。当たり前のように出社して仕事するのではなく、家で集中することによりクオリティが上がる業務があることと併せて、やはり「会社に集まって働きたい」という気持ちや、集まることで「クリエイティブの種」が生まれるというようなこともあり、そのようなものがあらためて認識できたと考えています。

それらを考慮することで、今後もリモートワークという働き方を通じて、家で集中することによる生産性の向上に加え、アイデアを出す時は集まって話せた方がよいということで、組み合わせていきたいと考えています。

直接集まるべきところをオンラインで実施すると、決まったアジェンダを淡々と進めて、終わったら「では、さようなら」とすぐに解散してしまうことがあります。しかし、リアルに集まった時は「昨日食べたあれ、おいしかったですよね」のような雑談から始まって、会話が「クリエイティブの種」につながることもあります。直接集まることにより、アイデアのクオリティが上がるという部分も、発見できたと思います。

働き方に制限がある中で、コンテンツの生産力を落とすことなく過ごせたことは、非常に大きな自信につながりました。

また、新規事業として再スタートした「ほぼ日の學校」についても、今後どのようなあり方とするべきかをじっくりと考え、礎とすることができたと思っています。

コロナ禍でダメージを受ける部分もいろいろとありましたが、組織の収穫としてはそのようなところがありました。

第44期は売上高で前年比6.0%増の見込み。

2022年8月期の業績予想です。第44期は、売上高としては前年比6.0パーセント増を見込んでおり、引き続き成長させていきたいと考えています。売上高は59億8,000万円で、内訳は「ほぼ日手帳」で32億円、「ほぼ日商品」で21億9,000万円、「その他」で5億9,000万円としています。

営業利益・経常利益ともに3億円と見ており、当期純利益で2億円と予想しています。もちろん、新型コロナウイルス感染症などによる不確実な環境であることは前提としていますが、オンラインでの販売は堅調に推移しており、ある程度しっかり読める部分だと思っています。そのため、売上増加の部分はこのようなかたちで考えています。

一方で、海外の直販が伸びている部分があります。これに伴い「Tmall Global(天猫国際)」や「Amazon.com」など海外の直接販路を通すと、手数料や販促費などがかかります。つまり、海外の直販の増加に伴いコストの増加があるということです。

それに加えて、配送単価が増加します。作業量が増えるため、1配送当たりのコストが上がりますし、最近の燃料費高騰の部分でのコスト増が予想される環境下だと思っています。こちらについても適時に対応することで、収益性の悪化を防ぎながら進めていきたいと考えています。

また、新たな場として、2021年6月28日にリニューアルした「ほぼ日の學校」の認知拡大をしっかりと推進していきます。そのような1年にしていきたいと考えています。

また、新商品として来月販売の「ほぼ日ノオト」についてです。目のストレスに着目した新しい罫線ノートです。

見ていてストレスを感じず、書いてストレスを感じずということで、罫線が特徴となっており、その罫線で特許が取られているノートになります。大事に書くというよりは、「何かメモを書くぞ」というところでご利用いただき、ぜひリピートしていただければ思っています。

糸井重里氏:本日は、雨の中お越しいただきありがとうございます。おそらくコロナ禍の間は一度もこちらにお邪魔していなかったため、なにかうれしいような、少し晴れがましい気分があります。

上場したての頃から始まった新人の会社ですので、なるべくルールを守ってしっかりとやっていこうと思っていたのですが、この2年間はコロナ禍でいろいろと考えることがあり、「もう変わろう」とあらためて思いました。口では言っていたのですが、本当に実行するのは、なかなか度胸のいることがたくさんあります。

例えば今、決算報告がありましたが、企業の種類としては、僕らは「小売業」に分類されています。決算報告も「小売業として何を売り上げて、売り上げたことによって、どれほどの利益を得た」ということが数字で記載されており、それについてのコメントがされています。

「これは果たしてそうなんだろうか? 僕たちが続けてきた仕事というのは、小売で56億円売り上げた会社なのだろうか」と考えると、そのような小さな会社は誰も相手にしてくれないわけです。つまり、小売業として56億円の売上のある会社は、あちこちにざらにあるわけです。

いわば社会的影響力や、数字に表れない支持のようなものについて、「他には何があったんだろうか」「人が僕らに何を期待しているのか」と考えた時、小売業という分類で現在のままで終わってしまったら、永遠に「売り上げを56億円から58億円にする」「60億円にする」ということだけです。少し余計にものを売る会社にはなりますが、そのまま衰退していくと思うのです。

しかし、今日みなさまがここに集まってくださっているように、そして多くの株主の方々が、ほぼ日を応援して出資してくださっていることの実態はそうではないと思います。小売の会社に「がんばれ」と言っているわけではなく、「ほぼ日刊イトイ新聞」から始まったほぼ日がどのようなことをしでかしてくれるのか、どのようなことを考えて、どのように成長していくつもりなのかを期待して、集まってくださっていると思います。

今までも口ではよく言ってきたのですが、1人の人材を採るということは、1つの工場を作るのと同じようなことです。「人がものを作る」ということが、僕らの会社の仕事です。

その意味で、すべての人が活躍できる場を作り、どのような人に入ってもらうかということが、事業の最も根幹のところにあります。何度もお伝えしてきましたが、みなさまの前でその実感のようなものを堂々とお話しするのはなかなか遠慮がありました。しかし、この約2年間、コロナ禍の中であらためて実感したということです。

つまり、人がどこで働いていて、どのようなつながりで何を考え、何を生んでいくのかということを、小売事業で行っているわけではありません。コンテンツを作り、コンテンツを仕入れ、コンテンツを届け、コンテンツを広げているのです。

すべてにおいて、もののかたちをしたコンテンツ、読みもののかたちをしたコンテンツ、イベントのかたちをしたコンテンツということです。コロナ禍で動きづらくなった時、自分たちが望まれているのはコンテンツを生み出す力であるということを、あらためて考える大きなきっかけになったと思っています。

内部では、「コンテンツを生み出し、コンテンツを仕入れ、コンテンツを配る会社だ」ということを、もう何度も言ってきたのですが、外部から「そのコンテンツがどれだけの売上や利益を上げたのですか?」と聞かれた際、売上と比較した実際の影響を数字として評価することは難しいです。そのため、なかなか声を大にして言えなかったのですが、実際に行っていることとして、「ほぼ日手帳」についても「利用者のコンテンツを載せるコンテンツ」を作っていると考えていただくと、非常にわかりやすいと思います。

あるいは「ほぼ日のアースボール」について、外部では「地球儀のかたちをしたおもちゃを売っている」と分類されるのですが、「地球儀に載っている専用コンテンツを利用者が楽しんでいる」と考えることができます。こちらは文具大賞をいただいてあちこちで取り上げられており、非常にありがたいところです。

「ほぼ日のアースボール」では、現在の地球上の雲の動きや温度、風向きなど、直近1週間以内の範囲のデータが載っています。それを見て「台風が近づいているね」「まだ南のほうにあって台風の目は小さいから、明日はまだ沖縄のあたりだね」とわかるということで、単に地球儀というおもちゃを買って、食べたり壊したり舐めたりしているのではなく、そこに表現されているコンテンツを楽しんでいるわけです。

オリンピックを見て、例えば「カメルーンという国はどのような国だろう」と考えた時に、人口やサッカーの順位など、国の情報すべてがコンテンツとなります。それを「ほぼ日のアースボール」というメディアに載せているのが僕らの仕事です。国の情報というのは公のもので、特に版権があるわけではないため、それを仕入れて「ほぼ日のアースボール」の上に載せるだけということです。

手帳はさらにそのような意味合いが強く、「自分が誰かとどこかに行った思い出」というコンテンツを載せてくれるメディアであり、そのプラットフォームを配っています。その中に、長く使い続けられるようなさまざまな文字の要素があり、ある種ファンクラブのようなコミュニティなどが作られています。それが僕らの作ったコンテンツとなっています。

それを伝えてはいたのですが、決算ではどうしても、「具体的にお店でいくつ売れている」「直販でこれだけ動いている」「このように外国から仕入れている」などという物の動きに合わせた数字の「答え」を出さなければなりません。そこに「目を奪われる」ことで、僕ら自身がそこに囚われてはいけないと思いつつ、コンテンツが持っている広がりに「足を取られる」ことがある状況がまだ続いていたと思います。

しかし、今回「みんな会社に来ないように」と言わなければならない事態となり、「自分たちが行っていることは果たして何だろう?」ということを問いかける素晴らしいチャンスになりました。

「コンテンツを作り、コンテンツを出し合いすり合わせ、コンテンツを新しく仕入れて実現する。コンテンツを表現していく」ということで、コンテンツを表現することで人々に集まっていただくにあたり、「リアルの場が閉ざされていても、ここまでならできる」ということが教えられるよい機会になったと考えています。

実際に、コンセプトそのものをもう一度疑い直すこと、あるいは、会社としての事業計画について、勇気を出して「本質のほうに突っ込んでいく」ことを行おうとした時に、この不自由さは非常にありがたかったです。

「日々のちょっとした動き」のようなものに囚われずに、本当はどちらがよいのか、今評価されなくても3年後に評価されると考えた時に、僕らが本当に行うべきことはどのようなことなのか、と考えて実施するよい機会になりました。

「力が足りなくても、最初からそれをやろうぜ」ということを志として持つのに非常に都合がよかったのです。例えば「ほぼ日の學校」ですが、この決算説明会の場ではすでにアプリでご覧になった方が3人くらいいると思います。まだこのくらいですので、あとは伸びしろばかりだと考えています。

2021年6月28日にスタートしたばかりのため、アーリーアダプターにも届いていないという状況です。これはこれでまったく構わないと思っています。そのような中で、「そこまでしておく必要があるのか」というようなことを最初から入れています。

例えば「授業」の表現方法を工夫しています。講義、授業で先生が話すと、その人が映っている映像、声が音として聞こえてきます。顔の映像、動きの映像があり、声が音として聞こえてきます。そして、その下にどのようなことを話しているのかの字幕が出ます。

これは最初から、目の不自由な人、耳の不自由な人、加えてラジオで聞ける人、あるいは電車の中でイヤホンがなく映像で見ていたい人といった、いろいろなケースを考えています。「文字」「表情」「声」の3つが全部あるということが、将来的には必要になるだろうと思ったためです。

また、目の不自由な人、耳の不自由な人への配慮として、最初から入れておくのは大変なことです。スタートが遅れることにもなりますし、コストもかかります。

同時に、字幕を索引代わりにして、いつでもその言葉のところに戻れるよう、下に表れる字幕で検索できるようにしました。実際に、僕が今「手帳は紙の束ではなくて、コンテンツです」と言うと、映像の下に「手帳は紙の束ではなくてコンテンツです」という言葉が出てきます。

その言葉を取っておこうと思ったら、自分のメモのところに取っておくことができます。自分で書かなくても、クリックすれば自分のノートに言葉が増えていきます。同時に、「あの前後に何を言っていたかな?」と振り返りたい時には、その言葉を索引として流していき、見つけたら、そこの場所に授業を戻すことができます。

このようなことがスタートの時からできているというのは、コロナ禍の、物事がなにも思うような速度で進まないことが大きな利点になりました。落ち着いて「先のことを先に行おう」と考えられたのが、よかったと思っています。

あるいは、ちょうど1年ほど前ですが、青山にあった本社を神田に移しました。なぜかと言いますと、青山はむやみに家賃が高くなっているためです。ブランドの旗艦店は置いてありますが、そこで利益を出すまでの地価ではありません。

普通に商売を続けていこうと考えると、青山はお客の数が少なく、売上も少ないにもかかわらず、家賃は高いということです。そこで利益を出すような商売をしていくのは難しく、美容院とファッションの旗艦店だけになってしまいます。住んでいる人も出ていってしまい、スーパーもつぶれていくということで、そこにいることの意味とどんどん見合わなくなってきています。

同時に、僕らが青山にいた時には、世界で一番注目されているブランドが集まっている場所に通っているということで、「僕らは毎日、一級品を見ていられるんだ」という誇りを持って仕事をしようと考えていました。別に高い家賃のところにいたくていたわけではありません。

「外国からのお客さまも来たくなる、魅力ある街に僕らはいるんだ」という環境に自信を持って、コンテンツの品質への厳しい目を持つということも含めて、青山にいることがとても重要でした。しかし、もう僕らはそこのところで「趣味のよいお客さまや、小銭なら自由になるというお客さまと一緒に年をとるのはやめようじゃないか」と、考えました。

つまり、ごく普通の人たちがほぼ日と接して、今までよりももっと楽しくなるような暮らしや、もっと明るくなるような未来を一緒に見ていくコンテンツを生み出し、配る会社になろうと思いました。その時に、いつまでも青山にいたのでは、「ある趣味のよい同人の集まり」になってしまうと感じました。「さあ、どこに行こう」としばらく探していたのですが、その答えが、江戸時代からの長い歴史があって、最寄り駅が5つも6つもあり、新しいビルがどんどんできている丸の内に近い、皇居のそばにある神田という街でした。

「ここに引っ越そう」と決意し、これからは、「ある趣味のよい同人」と仲よく歳をとっていくのではなく、子どもや若者、お年寄りの方を含むそのような方々に喜んでもらえる事業を行うコンテンツの会社になりたいと思い、そして、コロナ禍でそれが実行しやすくなったため引っ越しました。

新しい「ほぼ日の學校」のメインのキャッチフレーズは「2歳から200歳までの。」です。2歳児は字も読めないため、お客さまではないと思われますが、読み聞かせする人がいると、2歳児でもお客さまの対象になります。

加えて、ダンスであれば2歳の子どもでも踊ることができます。そのため、今後「ほぼ日の學校」の中で、おもしろいダンスを教える教室を実現できたら、2歳の子どもはお客さまということになります。

また、リンダ・グラットンさんの「人生100年時代」「ライフシフト」という考え方がありますが、100年時代と言っている時には100歳以上の人がいるということです。

医療の発達などのさまざまな理由で、将来の寿命は200歳まで行くかもしれません。「まだ字は見えるんだよね」という人の楽しみになるようなコンテンツもありうると思います。僕らがターゲットとして狭いところで「当たり」を見つけるというよりは、「ほぼ日の學校」の中で、人間ならばだれでも喜んでくれるものやポテンシャルの広さのようなものを狙うために、そのようなキャッチフレーズをつけました。

これまでは、「セグメントする」という思考が効率もよく、低コストでハイリターンがあると考えられていました。テレビ番組でも「何歳からの女性」ということでセグメントを狙ってきましたが、そのセグメントは今、ことごとく外れています。

最近では韓国で「江南スタイルが、アメリカのチャートで上に行ったね」という話がありましたが、「あんなものはフロッグだろう」と思われていました。実はその時、すでに日本の女性たちは韓流ドラマを見ていました。また、その後、BTSのような韓国のグループがアメリカのチャートの上のほうにいたり、あるいはアカデミー賞で『パラサイト』という映画がトップになりました。偶然だろうと思っていた人たちは謝らなければいけません。

つまり、狙ったことを当てたのです。今お伝えしただけで4つくらいあります。なおかつ今、Netflixの『イカゲーム』という連続ドラマが1億4,000万人を集客し、今のところトップにいます。つまり、「韓国でもこのくらいはできるんだよね」という見方で整理してしまった人たちは、「韓国人が出ているだけで見ないよ」と思っていたかもしれません。

このようなことは全部枠を飛び越えてきます。ターゲット論では、『イカゲーム』は少年少女や青年向けの漫画に分類されると思います。しかし、1億4,000万人というのは、そのようなセグメントから離れたおかげで獲得した数字です。

これには理由があります。ある時期に、韓国政府が「文化事業で外貨を稼ぐ」という国策を決定した際、脚本や映画作りを学ぶために、韓国の多くの若者たちがアメリカに渡りました。その時に留学していたのが、今の韓国カルチャーを作り上げたメインの人たちです。

それについては、韓国のローカルカルチャーと、「ハリウッド流」あるいはアメリカのグローバルカルチャーとの間で、「戦略」と「カルチャー」の掛け算が発生したと考えています。まさしく「2歳から200歳までの。」というコンセプトを、韓国のカルチャーが学んで実現したということだと思うのです。

日本の映画業界や音楽業界でも「英語できちんと歌えなければダメだ」「英語の発音が少しでも違っていたら変に思われて、チャートの上位に行けない」などとよく言われており、日本の音楽業界の常識でした。「そうであれば、本国にいる人並みに発音をよくしてみよう」と考えたのが、韓国の少年グループです。「踊りの水準もそこまで上げればよい」と努力したわけです。

オリンピックで金メダル、銀メダルを取るように、世界水準で努力することはエンターテインメントの領域でも可能です。さらに言い添えると、リバプール訛りのある「The Beatles」がアメリカのチャートで1位になりました。つまり、「英語の発音が云々」という理由がそこまで厳密ではないということで、絶対にチャートの上位に上がれないことはありません。「ダメなほうの理由」をたくさん語る人により、今までどこかでいろいろな夢が邪魔されてきたのだと思います。

セグメントが云々、ターゲットを絞りきった的確な戦略、資本の効率的な使い方などについて、秀才たちが厳密に判断したとしても、それはどこでも同じ結論になってしまいます。

そうではなく、「どこかに穴があって、大勢の人が喜ぶものは何だろう?」「誰もが納得せざるを得ないものは何だろう?」と考えると、これからの「新しい大勢」を作れる可能性があるということです。それが、ここ何年かの間に韓国のカルチャーが教えてくれたことだと思います。

僕らが行っている事業も、小さな規模ですが同じであると言えます。「ほぼ日刊イトイ新聞」を始めた時に、「ターゲットは何歳くらいで、男女どちらですか?」とよく聞かれました。しかし、「女性は政治や鉄道に関心がない」「かわいいものに男性は見向きもしない」ということはありませんし、誰が決めたことでもありません。

人間は、「好きな人が好きなもの」を必ず好きになろうとします。だからこそ、彼女が好きなブランドを彼氏は知っており、プレゼントを買い、あるいは一緒にお店に行くのです。彼女に「あのイタリアンレストランで、おいしいパスタがあるの」と言われたら、彼氏は一緒に行ってそのパスタを食べるのです。

ターゲット、セグメントという考え方のもと行ってきたことは、言うなれば「俗流マーケティング」です。本当にマーケティングをするのであれば、「人間は何が好きか?」くらいまで突っ込んでいかなければならないのではと考え、自信があったわけではありませんが、これまでほぼ日を運営してきました。

当初は小規模でうまく進められましたが、それをよく理解してくれる人たちが、小さな「輪っか」を作ってくれて、広がっていきました。その中で、「輪っか」をさらに広いドーナツ状にするためのテストを何回も繰り返してきました。

例えば「生活のたのしみ展」では、ほぼ日を知らなくても来てくれるお客さんが増えました。昼間の丸の内の人口を一気に増やすようなことを、僕らの小さな力でできた理由はそこにあります。「ほぼ日って何?」という人までも集めるような、「2歳から200歳までの。」と今お伝えしているイベントもできるようになりました。

のぞくだけで帰ってもかまいません。300円で買い物できますが、中には何十万円の買い物もあります。見本市でもあり、文化祭でもあり、同時にバザールでもあります。クリエイターの人たち、あるいは小規模のお店がデビューする機会にもなります。まさしく、コンテンツを生み出し、コンテンツを生み出した人を集め、コンテンツを喜ぶ人に届けるというかたちで作ったイベントです。

このように少しずつテストのようにしながら、実験を重ねてきたのですが、やはり「失敗したくない」という気持ちが小さな会社なりにもあったため、その速度が緩かったのです。

大勢のお客さまを意識したかたちでできればよいと思って株式公開したわけですが、上場後のみなさまへのアピールも、専門の人たちが集まるところで、その話だけで終わるような循環ができてしまいます。

しかし、僕らの株主総会に参加するとわかると思うのですが、株主総会の後で株主ミーティングを行っています。この2年間は新型コロナウイルスによってできませんでしたが、「初めて株を買うのはこの会社だったんだよ」という人がご家族と一緒にいらっしゃって、「ほぼ日を応援するということは、どんなことなんだろう」ということを一緒に話し合っていく場を作っています。

マーケティング、セグメント、ターゲットなどのすべてのものから、自分たちとお客さま、市場を解き放ち、お客さまが誰でも笑顔になって喜んでくれるような、なにか貢献したくなる輪っかを作っていこうと思っています。

そして、コロナ禍の2年間、動きの不自由な間に、徹底的に進めようと思っていた事業計画があります。それが「ほぼ日の學校」です。

もともと実験的に99人の生徒を集めたところから始まりました。大学では教えてくれないような「シェイクスピアっておもしろいね」「万葉集ってこんなに愉快に楽しめるんだ」「試験もないし、入学試験もないし、あとでテストもない。でも、シェイクスピアを知ったおかげで、あの学校の授業のおかげで、あの後いっぱい読んだんだけど、全部おもしろかった」といった人たちが集まってくれる場所を作ることができました。

専門的にシェイクスピアをとてもよく知っており、楽しい先生が集まってくれたのですが、それだけでは「素敵なカルチャーセンター」の枠の中に入ってしまいます。しかしながら、シェイクスピアの授業を受けた人は「こんなにおもしろい学校はなかった」と言ってくれました。「次回はダーウィンです」と言ったら、ダーウィンも受けてくれます。

再度の申し込みがあるため、抽選にして「シェイクスピアを受けた方はダーウィンはご遠慮ください」としたり、つまり、少ない人数でも、よさがわかる人たちが、同じ人数で循環していく、昔のカフェバーのお客さまのようなコミュニティができるということです。これは、僕らがこれから進めようとしていることは真逆かもしれません。

これにより、自分たちが「楽しいぞ」と思ってしていたことが、ある意味ではとっても善良なエリートを作っていると気づいたのです。「もう他に何も勉強なんかしたくないけれど、これだけは読みたかった」「このことだけは知りたかった」という人たちが1回でものぞきに来て、「ついでにこれも見ちゃったらおもしろかった」と言ってくれる、押し合いへし合いするような学びのマーケットが、本当はあるのではないかと思いました。

「それを実現するためにどうすればよいか」ということから試行錯誤の第一歩が始まり、2021年6月28日にスタートしました。今までの学校のイメージとはまったく違うものになったと思います。権威を振るうこと、上から啓蒙することを学校に期待している人は、「あんなものはインチキだ」などと言うと思います。「あれでいいのならヤクザからだって学べる」などという悪口が聞こえてきたら「こっちのものだ」と考えて始めました。

「ほぼ日の學校」の先生として、代表的なところでは「スーパーボランティア」と呼ばれる尾畠春夫さんという方がいます。はちまきを巻いて赤い服を来たおじさんで、2歳の子どもが行方不明になった時に、自分の考えを頼りに探して見つけてきた方です。

その方は元魚屋で、現在はボランティア専門なのですが、ボランティアを行っている人たちの中には「尾畠さんのそばに付きたい」という人が多いのです。なぜかと言いますと、ボランティアの関する知識の量が膨大だからです。僕はその話を聞いて、「なぜだかわからないけどおもしろいな」「あの人の話は『ほぼ日の學校』のシンボルになるな」と思って、お話を聞きに行きました。

お話を聞くと、テレビに出たおかげで相当いろいろな目に合ったようで、「人に話をするなんて嫌だよ」と言っていたのですが、ボランティアの手伝いに来てくれて合間に喋るのであればよいということになりました。僕も大分県の由布岳の麓に行って、土嚢に砂を詰めるなどのボランティアを手伝いました。そこからお話を聞いたのですが、尾畠さんは小学校を卒業していないということでした。学校に行けていなかったのです。

ご自身の家があまりに貧しいため、人の家に預けられ、ごはんを食べさせてもらう代わりにその家の仕事をするという働き手となり、朝は牛や馬に餌をあげて、夜は草鞋を作る間にごはんを作っていました。「飯さえ食わせてもらえればそれでいい」ということで預けられた子であるため、後に魚屋として一本立ちするまでの間、すべて自分の力で技術を盗んだり学んだりしながら、学校ではないところで「自分を作った」人間なのです。

現在の大学の授業は1単位が6,000円にあたるらしいのですが、学生の中には「行かなくても単位は取れる」と言って喜んで休んでいる人もいます。しかし、6,000円もあればひと月は食べていけるという暮らしをしていた人が何をどのように学んだのかということは、僕は「ほぼ日の學校」のシンボルであると思います。最初から「あの人のところに行きたい」と考えて、尾畠さんの授業を取りました。おもしろいです。

代表的な方でもう1人、みなさまもご存じだと思いますが、経営学者で大学教授としても知られている野中郁次郎先生もいます。野中先生は、社長などを務めるトップの方々を集めて、自叙伝を書かせるという授業を行っています。秘書に書かせるのではなく、社長自ら文章を書くということを野中先生のもとで行うワークショップを実施しています。

野中先生は大学での授業はもう行っていません。講演にお呼びするのも大変なことなのですが、この「ほぼ日の學校」の趣旨にいたく喜んでくださって、「なんでもやるよ」と言って授業を受け持ってくれています。まだ発表していませんが、その一部は「ほぼ日イトイ新聞」で読めます。また、野中先生は「ほぼ日手帳」も使ってくださっています。

谷川俊太郎さんも先生の1人です。「もう詩は短くしか書かない」などとおっしゃっていますが、「学校は大嫌いだったんだよ。用務員さんの役だったらやるよ」と言って、「ほぼ日の學校」の用務員さんをやってくれることになりました。

このように、学校の外側にあるものの、「人は何から学ぶのか」ということの原点がすべて入っているような学校を作ろうということがコンセプトです。小さな企業なりに使えるお金はまだあるため、惜しみなくコストをかけようとしています。この学校に必要なものはどんどん入れていくつもりです。現在は映像の技術者を募集しています。

誰もがディレクターになることができて、誰もが素敵な授業を作れるような学校を作ろうと思っています。例えば、「受付のプロ」の女性は何を考えてどのような訓練をしているのかという授業があってもよいわけです。

昔であれば、「保険のセールス日本一」という人の話を聞くことができても、まったく違う視点で、「この職業にどのようなコツがあるのか」という話を聞いたことがある人はいないのではと思います。「ほぼ日の學校」では、そのような人や「ある業界のアナリストは何を研究するのか」のようなことも含め、すべて授業になります。

このように、非常に多くの人たちに物見遊山でも構わないというかたちで来てもらうのが「ほぼ日の學校」のテーマです。思い切ってこのかたちでスタートを切ったのは、僕らの「人」がすべての財産のもとであるという考えと、「学ぶ」とは、本当は「人」から学ぶという考えがあるためです。教科書ではどうだとかというのではなく、「バイト先の先輩から、あれを教わったのが俺の一生を決めた」というようなことがありうるということです。

あるいは、地方にずっと住んでいて同じ人とばかり会っていたら、同じ話しか知らないという状況で人生を過ごしてしまいます。しかし、僕らは急に尾畠さんや三谷幸喜さんが現れたりするという人生を送れるわけです。「そこに入ってみませんか?」というかたちで「ほぼ日の學校」という授業のコンテンツを作り、仕入れ、配る事業を会社の大きな柱として育てていくことを決意できたのは、コロナ禍のおかげであったと思っています。

3年先どうなるのかは、笑いながら夢しか語れないのですが、どのように失敗するのかについても僕はよく考えることがあります。ただし、今のところはあまり失敗の可能性はないです。なぜかと言いますと、先生をお願いした人全員が「また来ていいですか?」と言うためです。「友達紹介してもらえますか?」とお願いすると、「いっぱいいるよ」と言ってもらえます。

つまり、お客さまに会う機会があまりないのです。しかし、先生を引き受けてくれる人からは、「だったら糸井さん、この人いるよ」と紹介してもらえます。一昨日も、サッカー界の岡田武史元日本代表監督が「ここで、あいつに話をさせてみたいな」と言って帰りました。そのようなことが、今、モクモクと入道雲のように始まっています。

提供を開始した2021年6月28日から3ヶ月、4ヶ月しか経っていませんが、ここまで来たということは、今の僕らの力足らずの割には大成功だと思っていますので、ますますご期待いただきたいです。

「いくら儲かるんですか?」ということを来年のレベルで答えるように問われたら、僕には答えられません。もっと先のレベルで、「ちょっとおもしろいことになる」ということは言えます。管理部長の鈴木からは、一応「これだけ集まるとトントンにはなります」ということで、数字は案外高くないところで設定されています。つぶすようなことはないと思いますが、これから先はもっと博打をしていこうと思います。

今、講師をお願いする方が少し渋っている場合には、「俺の最後のお願いだから頼む」と言っています。この卑怯な方法で、もう少し展開していきたいと思いますので、みなさまにもお声がかかるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

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