筆者には息子と娘の2人の子供がいます。息子は基本的に気が弱く、「嫌なことを嫌」ということが難しい性格です。一方で娘ははっきりと物事を伝えることが得意で、それでいて人間関係を良好に保つセンスが、幼い頃から備わっていました。

そのため息子に関しては「学校で何があったのか」を把握するのが難しく、本人が何を考えているかも分からず、ただ親は慌てふためく…ということが度々起こります。

学校でもなかなか自分の気持ちを伝えることができない息子は、嫌なことをされたり、時には怪我をさせられて帰宅してくることも。その時相手の子の親から謝罪があるのですが、親として「許せないとき」と「許せるとき」があるな、とふと感じていました。

今回は加害者ではないのですが、被害者として、ママ友がする「納得できる謝罪」について考えてみます。

息子の運…?

突然ですが、「運」って遺伝すると思いますか?スピリチュアル的なことはあまり信じていないのですが、筆者の息子は結構「不運」です。そして実の父親も「不運な人」でした。

不運な元夫についてですが、例えば、行列に並ぶとだいたい元夫の前で品切れ、たまたま壊れかけていた手すりに寄りかかってしまい転んで腕骨折、突然通行人に嘔吐され吐しゃ物まみれ、電車で転びかけた女子高生を助けようとして自分が転んで頭を割る、転んだ高齢者を助けたらスラックスが縫い目に沿って裂けて大破、街中でパンイチになる…など、数えたらキリがないくらいエピソード満載な人でした。

そしてそのだいたいのエピソードが「親切心」発信なのもやっかいだな、と思っていました。なぜなら本人を責められないから。一緒にいる筆者も様々な場面に遭遇しましたが、すべて黙って受け入れるしかありません(他人を装って逃げたこともありますが)。

極めつけは「交通事故で2度車にはねられている」ことではないでしょうか。この時20代前半でした。元夫の歯は差し歯が多く、これも交通事故で失っているからです。交通事故ってそんなに遭うものなのでしょうか。筆者は1度も遭ったことはありません。ただ、こんな経験をしていても、生きています。それは逆に「強運」ともいえるかもしれません。

話を戻すと、息子にもその性質(?)があります。育ての親は別で、今の夫はそういったことはあまりありません。生活環境が影響を与えているとは思えないのですが、息子は小学校入学後1年以内に、

  • 目のすぐ下に深い傷を負う(傷跡は残りそう)
  • 持ち物に油性ペンで落書きされる
  • 交通事故に遭う

といった経験をしています。この3回とも加害者(もしくはその親)から謝罪がありました。前置きが長くなりましたが、今回はこの謝罪について、とくに「ママ友同士の謝罪場面」を考えてみます。