九州大学発のベンチャーとして有機EL発光材料を開発している㈱Kyulux(キューラックス)と、化学品大手の日本曹達㈱は、次世代の有機EL発光材料と期待されるTADF(熱活性化遅延蛍光)向け新規化合物の共同開発契約を締結したと発表した。TADF材料のさらなる性能向上、高品質の大量生産能力の確保によって、事業化に向けた動きがさらに加速していきそうだ。

次世代の高効率発光材料を開発中

 現在の有機ELディスプレーには、発光材料として、赤色と緑色には燐光発光材料、青色には蛍光発光材料が使われている。だが、蛍光発光材料は性能や寿命に優れるものの、理論上、流した電気の25%しか光に変換できない。一方、燐光発光材料は理論上、電気を100%光に変換できるが、材料にレアメタル(希少金属)を使用するため高価なのが課題だ。

 TADFは、蛍光発光材料、燐光発光材料に次ぐ「第3世代の有機EL発光材料」と呼ばれており、高価なレアメタルを用いることなく発光効率100%を実現できるとして期待を集めている。もとは九州大学の安達千波矢教授が開発した材料で、Kyuluxは九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)から開発成果の独占実施権を得て実用化を進めている。

 さらにKyuluxでは、第4世代の発光材料と呼ばれる「Hyperfluorescence」(ハイパーフルオレッセンス=HF)技術を保有している。TADFを発光材料として用いずに、既存の蛍光発光材料のアシストドーパント(添加剤)として活用し、すでに優れた寿命や発光波長を実現している既存の蛍光発光材料の性能を飛躍的に高める技術だ。

高効率化には中間体の性能向上が重要に

 Kyuluxと日本曹達は2年ほど前から共同開発に着手している。TADFの候補材料を開発するにあたり、その骨格となる中間体の性能向上が年々不可欠になってきているが、ファブレスであるKyuluxにとって、数多くの中間体を実際に合成するには多くの手間と時間を要する。既存材料の改善だけではなく、全く新規の開発を要するケースも増えているため、ここで日本曹達の優れた合成技術に協力を仰いできた。

 一方で、日本曹達は、長期経営計画で新製品の開発促進と新規事業へ進出を推進している。有機EL材料の開発はその1つで、新規分野であるディスプレー事業参入の足掛かりになる。アグリビジネス(農薬)を長年手がけてきたことで化合物の豊富なライブラリと合成技術を有していることに加え、有機EL発光材料で特に重要な不純物の低減・除去でも多くのノウハウを蓄積しており、これを有機ELディスプレーのさらなる性能向上に生かせると考え、ディスプレー分野への進出を検討してきた。

徹底した不純物の削減・除去が高品質化のカギ

 中間体の純度が低いと、最終製品であるTADFの目標純度が達成できない、あるいは純度が達成できても、残留不純物の種類によって有機ELディスプレーの寿命が短くなることがある。この性能を一定に保ちつつ高品質化できることは、Kyuluxのような有機EL発光材料メーカーにとって大きな意味がある。

 日本曹達は、微量分析技術を駆使し、不純物の除去あるいは同定を徹底的に実施し、合成過程での発生や混入の根本原因を常に突き止めるよう努めてきた。また、化合物開発の初期から携わることで、実際の製造時の合成プロセスの効率的ルートや各不純物の管理法が容易になる。高純度を実現できる合成技術が確立できれば、その後の昇華精製(高純度化)プロセスを不要にすることも可能になるため、最終的な発光材料のコストダウンにつなげることができる。

 日本曹達はすでに、これまで供給した中間体を使用した化合物で「発光寿命が延びた」という評価を得ている。

RGB各色の性能を向上中

 Kyuluxは、2019年から台湾のパッシブ有機ELメーカーであるWiseChip Semiconductor(智晶光電)にHFの黄色発光材料を量産出荷しており、現在はHF技術を用いた赤色と緑色の発光材料の性能向上を進めている。現在のところ、輝度1000ニット時のLT95(輝度が初期値から5%低下するまでの寿命)で、HFの赤色は3万7000時間、緑色は1万8000時間を達成済みだ。緑色はこの1年間で7倍以上に寿命が延びた。

 また、開発が最も難しいとされるHFの青色発光材料についてもLT95で250時間を達成済みで、これを700時間まで早期に引き上げる考え。色度もかなり向上しており、色再現性の国際規格であるBT.2020を満たすy値は0.05だが、KyuluxのHF青色発光材料は有機ELディスプレーがトップエミッション構造の場合0.07まで来ている。さらなる性能向上に日本曹達の中間体技術が大きく寄与してくれると期待している。

 Kyuluxでは、引き続き低分子系でHF発光材料の開発を進め、まずはスマートフォン用有機ELディスプレーへの量産採用を目指し、21年からディスプレーメーカーでの量産テスト、22年に量産採用を実現する考え。また、日本曹達は、中間体に限らず、将来はHF発光材料の最終製品まで製造を請け負いたい考えで、今後も緊密に連携していく。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村 明宏