米国商務省が中国ファーウェイ、ならびに傘下の半導体設計子会社ハイシリコンテクノロジーズ(海思半導体)への規制を強めたことが波紋を呼んでいる。今回の措置は特にハイシリコンの動きを止めるための、いわば「狙い撃ち」的な要素が強い。すでにTSMCはハイシリコンからの新規受注を止めたもようで、今後の先端プロセスを中心に稼働率の低下や設備投資戦略にも影響を及ぼしそうだ。ファーウェイとしてはハイシリコン製チップの生産委託先変更やチップ調達先の多角化によって、これを乗り切りたい考えだが課題も多い。

米国製半導体装置が対象に

 今回の規制は米国製半導体製造装置も対象に含めていることがポイントとなっている。これにより、米国製装置を使ってハイシリコン向けにチップを製造した場合、米国政府の許可を取る必要が出てきた。ハイシリコンのチップ製造を受託していたTSMCはこの規制が施行された場合、原則ファーウェィ向けの生産および出荷が行えなくなる。規制の効力発効までの猶予期間は120日間とされているが、TSMCはすでにハイシリコンからの新規受注を停止していると一部報道が出ており、現在の仕掛かり済みのウエハーをもって供給を停止することになりそうだ。

 TSMCとしても今回の措置は大きな痛手となりそうだ。ハイシリコンは近年、先端プロセスを採用する重要顧客として存在感を高めており、売上高に占める割合も1割前後とアップルに次ぐ水準と推定される。

 TSMCは米中貿易摩擦が激化するなか、この対立関係の狭間で常に揺れてきた。売上高比率で60%(19年実績ベース)を占める米国市場はクアルコムやアップルなど重要顧客が名を連ねている。一方の中国も19年実績では2割まで増えてきており、ハイシリコンを筆頭に、現地ファブレス企業の台頭が目立ってきている。

アリゾナ州に新工場建設を表明

 TSMCとしては中立の立場を強調するために、両国に生産拠点を設けるアイデアを以前から描いていたとみられ、中国には南京市ですでに工場を稼働させている。米国工場の構想も19年から観測が出始めており、リスク回避の目的もあって今回アリゾナ州での新工場建設を表明した。

 アリゾナ工場は2021年から着工、24年からの生産開始を予定する。新工場では5nmプロセスを導入し、月産2万枚の生産能力を設ける計画。アリゾナを建設地として選んだのは、インテルが最先端ファブの「Fab32/42」を構えており、共通する材料サプライヤーや装置メーカーのサポートを得られやすいほか、アリゾナ州は共和党支持者が多いこと、州政府から多額の補助金を得られることも決め手となったようだ。

 TSMCの一手で、米国側の軟化も期待されたが、今のところ強硬姿勢を崩していない。これを受けて、ファーウェイはハイシリコン製チップの生産および調達が行えない事態を想定し、クアルコムやメディアテックからの調達を拡大させる方針。しかし、クアルコムはともかく、メディアテック製チップではファーウェイの旗艦機種をカバーできず、代替調達も課題が多い。

年間設備投資金額を10億ドル増額

 TSMCに代わる生産委託先の確保については、中国ファンドリー最大手のSMICが代替候補として浮上している。実際に、SMICもハイシリコンからの受注拡大など、先端プロセスの需要拡大に対応するため、2020年設備投資金額を年初計画の32億ドルから第1四半期(1~3月)決算にあわせて43億ドルに引き上げた。

 増額分は14nm世代の能力増強前倒しと見られている。SMICはすでに、ハイシリコンの14nm製品(Kirin 710)の量産をすでに開始しており、TSMCで従来製造していた16/12nm品をSMICにシフトさせていく方針だ。SMICの投資増額は半導体製造装置業界の受注環境にも変化を与えており、SCREENホールディングスの1~3月期SPE(半導体製造装置)受注高は500億円半ばの当初想定に対し、624億円と上ぶれた。同社は上ぶれ要因の1つとして中国ファンドリー顧客の投資拡大を挙げており、SMICを指しているものと見られている。

 しかし、ハイシリコンは今後最先端品の採用プロセスが5nmに移行することを考慮すれば、SMICはTSMCの代役候補としては不足感が否めない。それ以上に今後、米国製半導体装置を納入できなくなる恐れもあり、7~9月期に納入スケジュールの前倒しを図るべく、製造装置メーカーに要請している。

電子デバイス産業新聞 副編集長 稲葉 雅巳