本記事の3つのポイント

  • 今や世界でトップクラスのAI大国となった中国。米中貿易摩擦の背景には中国のAI技術の進展が挙げられている
  • 監視カメラもAI技術の応用先。16年末に1.7億台だった中国の監視カメラ設置台数は、20年までに6億台以上に増える見通し
  • 10月にエンティティーリストに新しく加えられた企業は監視カメラやAI開発企業が多くを占めた

 

 中国政府はAI強国を目指し、国家主導でネット大手や新興AI企業が中国独自のAIシステムを構築しようと、怒涛の勢いで開発競争を繰り広げている。特に監視カメラシステムと連動する顔認識AIの識別能力は、世界トップクラスの企業がゴロゴロしている。交通安全や治安管理、商用サービスや公的手続きの本人確認など、社会インフラのあちこちで顔認識AIの実用化が進んでいる。また、2019年に米中ハイテク摩擦が激化したことを契機に、米国製の電子部品を除いてAI開発と運用のエコシステムを完成させようとの意思を強固なものとしている。

アリババはネットスーパーの購買データを解析して都市マーケティングに活用

米中はAI開発で競争

 9月に上海市で開催されたワールドAIカンファレンス(WAIC、世界人工知能大会)に、中国EC最大手のアリババグループ(阿里巴巴集団、浙江省杭州市)創業者のジャック・マー(馬雲、当時は会長)と、米テスラのイーロン・マスク(中国語は馬斯克)CEOのツーショットが登壇した。ジャック・マーは、「将来発達するAIが人間の雇用を奪うかもしれないという心配は不要で、AIは人々の生活を助けてくれるものだ」と聴衆に話しかけた。イーロン・マスクは、中国のAIや電気自動車(EV)、宇宙開発への取り組みや実績を称賛。そして、2人はAIの現在と未来像について自論を披露した。

 私はこのカンファレンスに参加してダブル・マー(馬)のビッグネームの対話を聞いたり、中国のAI開発企業の人たちを取材して回ったりしているうちに、米中両国はAI開発でしのぎを削る競争を繰り広げる対立関係にあるが、AIビジネスの最前線にいる人たちの頭の中は、AI社会を早く実現するために共に奮闘するライバル(兼同志)のような連帯意識を持っているようにも感じた。

 しかし、国レベルではお互いの開発内容に睨みを利かせるとともに、開発したAIの運用ではお互いに相容れることはないはずだ。AIは将来、国家の頭脳、もしくは神経網のようなデジタルインフラの中核的な存在になるのだから。現在のインターネットの検索システム(米国のグーグルに対して、中国のバイドゥ(百度))のように、米中双方は互いが不可侵なテリトリーに棲み分け、未来のAI社会のパラレルワールドを構成することになるだろう。


マンションもオフィスも顔認証

 2018年、中国のいくつかの都市で繁華街の交差点に設置された大型スクリーンに、信号無視した歩行者の映像がリアルタイムで映し出されるというニュースが報道された。1年前にはこれは実験的な取り組みとして紹介されていたが、今は私が住んでいる上海の街中でも移動中にこうした映像を直に見ることもあるようになった。お国柄の違いはあるが、日本では考えられないスピードで監視カメラが社会インフラ化している。

 中国の監視カメラは16年末に1.7億台だったが、中国政府は20年までにこれを6億台以上に増やし、全国の公共の監視カメラをネットワークにつないで安全監視システムを全国規模で構築しようとしている。世界で一番人口が多い中国は、監視カメラと顔認識システムの導入によって、社会の安全を効率的に確保しようとしているのだ。

 公共用途に限らず、オフィスビルの入館時やマンションやアパートなどの集合住宅の敷地に入るゲートなど、民間レベルでも顔認識システムの導入が広がり始めた。私のマンションでも先月から導入された。中国で急速に増えている監視カメラは、もはや日常の風景となった。

 一方で10月に米国西海岸を旅行した際に思ったのだが、街中や公共施設のあちこちでカメラに見つめられていると感じることはなかった。プライバシーに関する社会観念や法律が厳しい欧米社会では、セキュリティー用監視カメラを中国のような爆発的なスピードで普及させることはできない。

 先日、米フェイスブックが独自の仮想通貨「リブラ(Libra)」の構想を発表したが、プロジェクトは混迷を極めている。コンソーシアムに参加していたVISAやマスターなどのクレジットカード会社が脱退してしまい、計画の再検討を余儀なくされている。世界人口の4人に1人という膨大な会員数を抱える一企業が中央銀行を飛び越えてデジタル通貨を発行するということに、G7(の財務大臣・中央銀行総裁会議)は規制を課す方針を固めた。

 フェイスブックのある幹部は「中国は国家としてデジタル通貨を発行する構想を持っている。10年後かいつかはわからないが、中国が世界でデジタル通貨の運用を始めた時に、米国に同等のものがなければ取り返しのつかない事態に追い込まれるだろう。今、誰かが始めておかなくてはならないのではないか」という趣旨の発言をしていた。少なくとも顔認識AIを実装したセキュリティーカメラでは、すでに米国は中国に置いてけぼりを食らっている。というか、中国だけが独走していると言った方がよいのかもしれない。

センスタイムの顔認識ゲート

米国が警戒する中国AI企業

 米商務省は10月、中国の監視カメラシステムやAI企業の8社をエンティティーリスト(国家安全保障や外交政策上の懸念がある企業リスト)に登録した。監視カメラではハイクビジョン(海康威視数字技術、浙江省杭州市)とダーホワ・テクノロジー(大華技術、杭州市)の2社が指定された。また、顔認識など画像認識AIを開発している中国企業4社もリストに入れられた。警戒対象に指定されたのは、センスタイム(商湯科技開発、北京市)やメグビー(昿視科技、北京市)、イートゥーテック(依図科技、上海市)、アイフライテック(科大訊飛、安徽省合肥市)。さらに警備システムのECガード(頤信科技)とデータ認証のメイヤピコ・インフォメーション(美亜柏科信息、厦門市)も規制対象に入れられた。

 センスタイムは9月のWAIC上海で、顔認識技術を使ったオフィスビルの出入場ゲートや企業の出退勤システム、画像認識による自動車の自動運転支援システムなどを公開した。創業者のシュー・リー(徐立)は1981年生まれのアラフォー世代。米マイクロソフトやレノボの研究所に勤務後、2015年に同社のCEOに就任した。日本ではホンダと技術提携し、移動体認識技術を使った複雑な道路状況に対応する自動運転技術を開発している。ソフトバンクグループの出資も受けており、時価総額は19年に75億ドル(約8155億円)を超え、時価総額ベースでは世界最大のAIスタートアップ企業となった。

 イートゥーテックは、顔認識やMRI(磁気共鳴断層撮影装置)の画像診断システムなどを展示した。同社は創業者の朱瓏CEOがAIチップ「QuestCore」を開発している。「QuestCore」は英アームとメニーコアのCPUアーキテクチャーを採用して16nmプロセスで設計され、チップ製造はTSMCに委託している。

イートゥーテックの「QuestCore」

 エンティティーリストには入っていないが、画像処理アクセラレーターのFPGAを開発しているホライゾンテック(地平線科技、上海市)やファーウェイグループのデザインハウスのハイシリコン(海思半導体、広東省深セン市)にニューラル・プロセシング・ユニット(NPU)を供給したカンブリコン(寒武紀信息科技、上海市)、FPGA設計のゴーウィンセミコンダクター(高雲半導体、広東省広州市)などAI関連のチップ開発企業が台頭してきている。

 中国政府は2030年にAI最先端国になるという国家目標を定めている。中国には国内に十数億人のユーザーを抱えるネット大手(バイドゥやアリババ、テンセント)がいて、これらの企業もAIとAIチップ開発を進めている。また、米国シリコンバレー帰りの優秀な若いエンジニアや、ベンチャー精神に溢れた若者も多い。5G通信は世界で最も早く大規模普及させる予定だ。

 先端半導体の開発では中国は遅れているが、AIチップの開発競争は今まさに始まったばかりなので、中国が出遅れているというわけでもない。そして、膨大な人口が誕生間もないAIにビッグデータのエサ(データ)を与え続けて、AIを急成長させられる有利な立場もある。国家資本主義の体制をとる中国は、5GやAI時代のデジタルインフラの構築で最もアドバンテージが揃っているといえるだろう。

電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

まとめにかえて

 日本に住んでいるとわかりませんが、中国ではAI技術の進展を日常生活で感じるほどに凄まじい勢いで浸透しています。半導体業界ではAIチップの開発が盛んになっていますが、ここでも中国企業の台頭は凄まじく、世界レベルでも先行グループにあるといえます。中国のファブレス半導体メーカーといえば、ファーウェイ傘下のハイシリコンテクノロジーズが有名ですが、今後ハイシリコンに次ぐファブレス企業として、AIチップ企業が名を連ねる可能性は十分にありそうです。

電子デバイス産業新聞