親が子どもを死亡させた事件として記憶に新しいのが、1月18日に同居する生後1カ月の次男を栄養失調などで死亡させたとして、仙台市に住む28歳の母親が保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された事件。母親は、「ミルクを買うお金がなく、10日前からお湯を飲ませていた」と供述していました。生活保護などは受けていなかったと見られています。

この事件では、同居していた母親の父親(次男の祖父)は逮捕されていません。母親の父親は「子どもの異常には気が付かなかった」と供述しているということです。

この事件で罪にとがめられたのが母親だけであったことにも疑問の声があがっています。ミルクを与えられない中で、必死にお湯を飲ませていた母親は有罪で、同居をして子どもの様子を見ていたはずの母親の父親は無罪。そもそも子どもの父親である母親の夫の存在や、行政による支援の届かなさなど、母親以外の問題にも目を向けるべき事件です。

母親に重くのしかかる養育の責任

この2つの事件からは、子どもの養育に関するすべての責任が、母親にだけ重くのしかかっている現状があるように思えてしまいます。「自分がいくらDVされていようと、母親ならば虐待を止めて当然」「母親なのに子どもにミルクを与えず見殺しにした」。

母親の責任は、父親、学校、行政とは比べ物にもならないほど重く、その責任を全うできなければ、どんな事情であれ罪に問われるべきなのでしょうか。虐待死や貧困からくる栄養失調による死を防ぐには、母親だけが咎められる風潮をなくしていくことも大事なことのように思えます。

「母親なのだから」「母親なのに」という世間の目によって、母親が外にSOSを発信しにくくなっている現状もあるでしょう。こうした状況が改善され、心愛ちゃん、そして生後1カ月の赤ちゃんのような事件が繰り返されないことを心から望みます。

秋山 悠紀