飲食店は宅配便と事情が違うので、値上げには少し時間がかかると久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。

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筆者は、宅配便の値上げを見て、遠からず飲食店にも宅配便を見倣った値上げの動きが広がると考えています。ただ、両業界は事情が異なる点も多いので、「遠からず」ではあっても「近々に」ではなさそうです。そのあたりについて、考えてみましょう。

客を断れる飲食店、断れない宅配便

宅配便会社は、客が持ち込んだ荷物を「忙しいから引き受けない」というわけに行きません。法律的には可能であっても、断ったら客との軋轢が生じるでしょうし、悪評が立つかもしれません。

したがって、宅配便会社は、労働力不足で荷物が運べなくなった場合、値上げをして客に自発的に帰っていただくしか選択肢がないのです。

しかし飲食店には、労働力不足に陥った時、値上げをして客に自発的に去ってもらう選択肢のほかに、客を断るという選択肢もあります。後者の場合には「満員です」と言えば、客との軋轢も悪評も生じないでしょう。あとは、どちらが得かを考えればよいわけです。

いつも多忙な宅配便、ピークだけ忙しい飲食店

宅配便は、時間指定がないものも多いので、いつでも多忙です。そこで、労働力不足になると客を選ばずに総量を減らすことになります。そのためには、値上げが有効です。

一方で、飲食店はピーク時だけ多忙ですから、ピーク時の客だけは減っても構わないけれども、それ以外の客は減ってほしくありません。値上げをすると、肝心の非ピーク時の客まで減ってしまうので、それは避けたいのです。

加えて飲食店は、売上高に占める変動費の比率が宅配便より低いので、非ピーク時の客が1人減ることの損失が大きいのです。客が1人減ると売り上げが落ち込む一方で、コストはそれほど減りませんから。

宅配便は均質だが飲食店は多様

宅配便は、大手の寡占状態にあり、各社のサービスは似ています。そこで、最大手のヤマト運輸は「我が社が値上げをすれば、客はライバルに流れるだろう。そうなれば、ライバルも荷物が運びきれず、値上げをするだろう。そうなれば、客は我が社に戻ってくるだろう」と読めるわけです。

あとは、値上げで増えた収入を用いて、労働力を他業界から奪い取ってきて、客が戻ってきた時に困らないように準備をすれば良いだけです。

一方で飲食店業界は多様ですから、味や値段に問題があって客が少ない店が多数あります。そこで飲食店主は、「我が店が値上げしたら、客はそういう店に流れて行き、二度と戻ってこないだろう」と考えて値上げを諦める場合が多いのです。

問題は、飲食店Aがそう考えて値上げを見送ると、飲食店Bは「Aが値上げをしないのに当店だけ値上げをしたら、客をAに奪われてしまう」と考えて値上げを諦めるということです。互いに牽制しあって値上げができないのです。

飲食店は人件費比率が低いからコストプッシュも小さい

以上のように、宅配便に比べて飲食店には値上げをしないインセンティブがあるので、なかなか値上げに踏み切らないところも多いようです。しかも、値上げをするとしても、値上げ幅は小幅にとどまるようです。それは、コストに占める人件費の比率が小さいからです。

宅配便業界は、コストに占める人件費の比率が高いので、人件費が上昇したら値上げをしないといけません。コストプッシュ・インフレと言われる現象です。一方で、飲食店のコストに占める人件費の比率はそれほど高くないので、人件費が上昇しても、売値の上昇率はそれほど高くありません。

仮にコストの7割が人件費であれば、人件費が10%上がった時に売値を7%値上げする必要がありますが、コストの3割が人件費であれば、売値を3%だけ値上げすれば十分だからです。

報道が値上げを遠ざけているケースも散見