はじめに

子育ての過程においては、どのような育て方が良いかがよく議論されることがあります。同じように、ビジネスの場においても、新人や部下への教育の違いが最終的にどのようなビジネスパーソンに成長するかに大きな影響を与えると考えられています。新人や部下は褒めて育てるのが理想的と言われていた時期もありましたが、現在では、その弊害も知られるようになってきています。ビジネスの場において、どのような新人や部下の育て方が理想的なのかを考えてみましょう。

目次

1. 褒めて育てることについて知っておきたい基本
2. 褒めて育てることが生み出してきた弊害
3.褒めて育てるのは間違っているのか
4. 褒めて育てる失敗は多発している
5. 褒めて育てる方法と叱って育てる方法の違い
6. 部下にとって褒めて育てる方法の意義とは
7. 褒めて育てると男性は育つという理論


1. 褒めて育てることについて知っておきたい基本

「褒めて育てる」とは、良い点を褒めることによって人の成長を促す方法です。「褒めて育てる」ことには、以下のメリットがあると考えられています。

  • 相手の長所を自覚させることができる。
  • 相手に「さらにその能力を伸ばしていこう」というモチベーションを与えることができる

「褒めて育てる」手法が、ビジネスの現場で用いられるようになったのは、人材教育の過程において、ストレス耐性や忍耐力の足りない人材に対して失敗を強く指摘することで、それを苦に退職してしまうというケースが相次いだためといわれています。つまり、叱責をすることが人材の流出を促した、と考えられたのです。このことから、「褒めて育てる」という方法で、仕事に対するモチベーションを維持させるケアが必要という考え方が広まってきたのでしょう。

「褒めて育てる」手法の基本は、「その人材の長所を認識し、その長所によって大きな成果を上げられたときに最大限の報酬を用意する」ことです。つまり、成果を褒め称え、それに対する報酬を与えることで、部下に自分の長所を伸ばすメリットを実感させるのです。これによって、モチベーションがあがった部下は、ますます努力を重ねて業績を上げ、社内の他の人材にはできない役割を果たせる有能な人材として成長する…といった良い循環が生まれることになります。なお、この場合、むやみやたらに褒めるのでは効果はありません。「ここぞ」というときに褒めるというのが重要なポイントといえるでしょう。

2. 褒めて育てることが生み出してきた弊害

このように、ビジネスの場における新人や部下の育成方法が、「叱責」から「褒める」という方式へとシフトしていったわけですが、時がたつにつれて、長所だけでなく弊害も認識されるようになってきました。

例えば、家庭において、幼い頃から「やみくもに褒める」という育てられ方をした場合、忍耐力のない人や主体性のない人になってしまうといわれています。このような人は、叱られ慣れていないため、ビジネスの場で大きな失敗をし、それに対して叱責を受けたときに激しく落ち込み立ち直れなくなってしまいがちです。また、良いところを褒められることが当たり前になっているため、単純なルーティーンワーク程度の仕事でも、褒められなければやる気がでない、というケースもあるようです。

ただ、世界的にみると、褒めて育てることで主体性が失われるという弊害は、日本の社会のみで顕著に起こっている問題であり、欧米をはじめとした海外ではそれほど大きな問題にはなっていません。これは教育方針の違いの影響が大きいと考えられています。

基本的に欧米では、幼いころから「本人に考えて行動させる」をモットーとした教育を行っています。その流れとして、良い成果を生み出したら褒めるとスタイルになるため、褒めて育てるという方法がうまく機能しているのでしょう。一方、日本では基本的に「教わる」という形の教育が行われているため、忠実に指示に従った人が褒められるということになりがちです。その結果、主体性がなく、叱られることに慣れていない人が育ってしまうのかもしれません。

3. 褒めて育てるのは間違っているのか

では、日本の社会において、褒めて育てることは間違いなのでしょうか?

ここで正しく理解しておきたいのは、褒めて育てることへの弊害が起こっているのは、「褒めて育てる」ことに問題があるのではなく、褒め方に問題があるという点です。「褒められると嬉しいから頑張る」という、素直な子どもの頃ならいざ知らず、ビジネスの場において、褒めていれば人材は育つ、とばかりに、ただ褒めていたのでは、褒められたほうがよい気分になるだけで、そこに大きな成長はありません。また、人によっては、たいしたことをしていないのに褒められることで、ただおだてられているだけではないかという疑念すら抱くこともあるでしょう。「褒めて育てる」の「褒める」は、あくまでモチベーションを上げる手段であることを上司は認識しなくてはなりません。そのためには、「本当に努力して結果に結びついたときに本気で褒める」ことが大切なポイントとなります。

例えば、部下から成果報告を受けたときに、詳しい状況の説明を受ける前に「すごいね」と褒める上司がいますが、これはあまりよくありません。というのも、この「すごいね。」は、その成果に至った経緯を理解しての言葉ではなく、成果報告の内容を、当然のことにように肯定してしまっているだけだからです。

成果があがったといっても、本来は100で当然のはずの成果が50にしかならず、どちらかというと失敗であった場合もあるでしょう。もしくは、部下の努力によって、100でも御の字のところが、200と大成功だったかもしれません。それらをすべて「すごいね。」で片付けたのでは、褒めているようで褒めていないということになります。人によっては、自分の努力を認められていないと感じてしまうかもしれません。

また、いつまでも同じ成果のレベルで褒めていては、部下は成長する必要がなくなってしまいます。最終的には「部下自身が主体的に考えて、前より大きな成果を更新していく」流れを作り、前より大きな成果を出せた時を見極めて褒めるスキルが上司にも必要だといえるでしょう。

このようにポイントをおさえていない褒め方をしてしまうことで、人が育たないという結果を招いているケースもあるようです。

4. 褒めて育てる失敗は多発している

正しい褒めかたをしていないために「褒めて育てる」ことを失敗し、人を育てるつもりが台無しにしてしまったというケースは多々あります。

主体性がない、指示待ち人間になる

典型例としては、自分の指示通りに仕事をして成果を上げた人に対して褒めるという形で育てたことで、主体性がないビジネスパーソンになってしまったというケースがあります。この場合、自分で主体的に考える力が育まれず、指示待ち人間になるというリスクもはらんでいます。結果として、指示通りに働くことはできても、新しいことを考えて事業の発展に寄与してくれる人材が育たないということにつながってしまう恐れがあるのです。

自信を失う

大した成果も上げていないのに褒められ続ける、褒められているにもかかわらず出世しない、ということが続くことで、逆に自分の能力に疑問を感じだす、というケースです。思いつめて転職するなど、人材の流出につながることもあります。

間違った褒めかたで育ててしまった、と気づいたときは、できるだけ早急に方針を変更して修正を試みましょう。可能な限り、本人に主体的に考えさせる機会を増やし、本人の考えた方法が成果に結びついたときにだけしっかりと褒めるようにしていくことで、状況は変わるかもしれません。

5. 褒めて育てる方法と叱って育てる方法の違い

褒めて育てることに対するメリット、デメリットについて述べてきましたが、では、もう一方の叱って育てる方法はどうなのでしょうか。

メリット

  • 明確な失敗をしたときに再度同じミスをさせないように戒める効果が高い。
  • 禁止しなければならない部分があったときに、端的に根拠を持って叱ることで、成長につながる。

デメリット

  • 上司が部下に対して叱る行為には強制力があり、むやみに叱ることで部下の行動の自由度が下がることがある。
  • 特に叱られる経験が多くなると、余計な仕事をしようとすると叱られるという恐怖から、部下が主体的な活動を控えてしまう。

叱り続ける、褒め続けるというのはどちらも問題を引き起こす可能性があります。絶対にしてはいけない行動については強く叱責し、良い行動を起こしたときには褒めるようにするなど、それぞれの効果の違いを理解し、バランス良く使い分けたほうがよいでしょう。このようにすることで、両者のメリットを最大限に享受することが期待できます。

6. 部下にとって褒めて育てる方法の意義とは

「褒めて育てる方法が良い」神話に加え、パワハラにより失墜するリスクを回避しようとする風潮もあいまって、だんだんと叱らないで褒めようとする上司が増えてきているようです。ただ、「部下にとって、ただ褒めて育てることが適切か」といった点については、しっかりと考えたほうがよいでしょう。

基本的に、部下にとって、褒められるという行為は心地良いものです。自分の起こした行動やもたらした結果が肯定的に評価してもらえたと実感することは、自信へとつながるでしょう。しかし、会社にとって不利益になるような行為を行ったときには、上司がしっかりと叱っておかないと、やってはいけない行為に対する部下の認識が甘くなり、さらなる不利益をもたらすリスクがあることは否めません。最悪の場合、会社の存続が危ぶまれる事態に陥り、上司がその部下の責任を負わなければならなくなることもあるでしょう。

会社のための成果につながるモチベーションを上げさせるために部下の良い行動を褒め、一方で不利益を生むようなミスを繰り返させないために部下の良くない行動を叱るという切り替えが、上司にとって欠かせないことなのかもしれません。なお、部下を褒めるときには、褒められた喜びを存分に味わい、それが成長につながるように、成果の大きさに応じて褒めかたを変えるのがおすすめです。

7. 褒めて育てると男性は育つという理論

一般的には「男性は褒められたほうが育つ」といわれますが、これには明確な根拠があるわけではありません。

もともと子供の頃から褒めて育てられてきていると、成長してからも褒めて欲しいという傾向が男性の方が強い、ということや、逆に子供の頃に厳しく育てられている人の場合、周囲に認めてもらいたいという気持ちが強く、自己顕示をして褒めてもらおうという傾向があるといわれていますが、この自己顕示欲も、女性に比べて特に男性のほうが強くなりがちということもあるのかもしれません。ただし一概には言えない部分もあり、男性の全部がそうか、というと、そうではないでしょう。

部下を褒めて育てるときには、「褒められることで安心感を得たい人」なのか、「褒められることで自己顕示欲を掻き立てられる人」なのか、といった点を考慮し、褒める意義が大きいと判断した場合に実行することもポイントといえるでしょう。また、もともと意欲的に自分から行動する習慣がある部下であれば、こちらからわざわざ意識して褒めなくても、本当に良い成果を上げたときに褒める、というだけでもビジネスパーソンとしての成長が見込めることもあります。

「男性の部下は褒めれば育つ」と決めつけず、それぞれの部下の性格を見極めた上で、「褒める」と「叱る」を使い分けていくようにするのが、よいのではないでしょうか。

おわりに

「叱って育てるよりも、褒めて育てるのが良い」と、よく聞くものの、「褒めて育てる」にも、「叱って育てる」にも、極端にそれだけでは、いずれにも良い面と悪い面があります。どちらかに偏るのではなく、「主体的な行動を通して成果を上げられたときに褒める」「不利益をもたらす行動をしたときには叱る」をバランス良く取り入れたうえで、人材育成に取り組んでいくことが理想的といえるのではないでしょうか。

LIMO編集部