地域で大きな差がある医療費の実情

急速な高齢化を背景に、日本の国民医療費は膨らみ続けている。その額すでに42兆円超。高齢者が増えているのだから、それは仕方のないこと。と考えるのは早計だ。実はそう単純な話ではないというのが本書『医療経済の嘘』の主張である。

各種統計データや医療経済学的見地、さらに地域医療の現場の声をもとに医療と健康(幸福)の関係を解き明かしながら、増加する医療費の適正化への道筋を提示する。

著者は現役の医師。一橋大学経済学部を卒業後、医療界に転じた。著書『破綻からの奇蹟~いま夕張市民から学ぶこと~』で日本医学ジャーナリスト協会優秀賞を受賞。

まず、興味深いデータ(「人口10万人あたりの病床数と1人あたり入院医療費の関係」)が示される。それによると、都道府県によって医療費に大きな差があることに驚く。1人あたりの入院医療費が最も安い県(約8万円)と、最も高い県(約19万円)とでは2倍以上の開きがある。

総じて西高東低の傾向がみられ、高いのは九州や四国で、埼玉や神奈川、千葉など東京圏は低い。高齢者が多い地方では医療費が高く、大都市が低いのは当たり前と思うかもしれないが、地方でも静岡や岐阜などは約9万円と大都市並みに低い。

後期高齢者1人あたりの入院医療費も、最大の高知が約68万円に対し、最低は岩手の約34万円と2倍の差がある。高齢者以外の市町村国保1人あたりの入院医療費も、最大は鹿児島の約18万円で、最低は愛知の約10万円と約1.8倍の開きがある。

なぜ、住んでいる都道府県によってこんなにも医療費の差があるのか。普通に考えておかしいと感じるだろう。住む場所によって病気の人が2倍も多いはずはない。秘密は医療費と病床数との強い相関関係にある。病床数が多い(医療機関が多い)地域ほど、1人あたりの医療費が高いのだ。ここに国民医療費を削減する一つの大きなカギがありそうだ。

財政破綻した夕張市の医療に見た変化

著者がこの問題に関心を持つようになったきっかけは、北海道夕張市での経験。夕張市は2007年に財政破たんし、市にあった唯一の総合病院が閉院、小さな診療所(19床)になった。当然、高齢者や重病患者らは困るわけだが、結果からいうと、そうはならなかった。多くの高齢者らは普通に、むしろ幸せそうに暮らしている。

統計データからも、病院閉鎖後の死亡数(率)に変化はなく、高齢者数は増え続けているのに、医療費は逆に減っている。救急車の出動件数も減ったという。

その理由の一つは、市民の意識変化だと著者は指摘する。夕張市には長年かけて地域住民がつくりあげた信頼関係があった。高齢のひとり暮らしであっても、近所づきあいの中で互いに見守り合う関係性ができていて、それが安心な暮らしにつながっているのだ。

市民の死に対する態度にも変化が起きたという。従来のように病気になれば入院し、悪化したら胃ろうをはじめとした延命措置を受ける……。それが本当に幸せなのかを考えるようになり、ある程度自然に任せ、家族と一緒に家で最期まで過ごすほうがいいと思う人たちが増えた。それを支えるための在宅医療・介護の体制も整えられていった。

病床が減れば医療費も減るというのは、医療経済学の世界ではすでに当たり前とされているらしい。米国の研究調査などで、病院の数と人々の健康や死亡率には因果関係がないことが明らかになっているという。

医療問題の犯人探しに意味はあるのか

日本の医療の充実は世界トップクラスだ。病床数は世界1位(米英の4倍以上)、CT・MRIの保有台数も世界1位(CTは英国の10倍以上、MRIは同7倍以上)、外来受診数は世界2位(北欧諸国の3~4倍)というデータが示されている。

どうして日本はこんなに多くの病床と先端医療機器を有しているのか。そして、それがなぜ各自治体でバラバラに提供されているのか。理由は「医療市場の失敗」のためだという。

医療市場の失敗とは、簡単にいえば、自由市場経済では供給過剰になれば競争原理が働き、淘汰が進み市場は適正化されていくが、医療界ではそうしたメカニズムが働きにくいため、市場が適正化されない。健康保険制度で医療費は全国一律で個人の負担額が少ないため、国民は安易に医療機関にかかる。医療側も経営安定のために患者の獲得に力を入れる。

これは医師不足の問題とも密接にかかわる。前述のように日本は世界トップクラスの病床数と医療機器を有し、外来受診数も多い半面、人口1000人当たりの医師数は少ない(注)ので、医師1人あたりの負担が大きくなる。

注:OECD Health Statistics 2017‐NOVEMBER 2017によると、OECD諸国中のトップはギリシャの6.3人。日本は2.4人で下位に位置し、日本より少ないのはメキシコ、ポーランド、韓国、チリ、トルコ(出所:日本医師会総合政策研究機構「医療関連データの国際比較」、日本は2014年データ)

では結局のところ、医療問題の根本はどこにあるのか。誰が犯人なのか。しかし、誰が悪いのかという犯人探しは思考停止に陥り、本質を見失いかねないと著者は注意を促す。

医療提供側の問題はもちろんだが、国民も気軽に医療機関を受診し、病院任せ、先生任せにしてはいまいか。病気にならないために食事や運動などの生活習慣を見直したり、CT・MRIなどの検査や終末期の延命措置など、「自分や家族に本当に必要な医療とは何か」を国民1人ひとりが当事者意識を持って考えることが重要だと著者は指摘する。

国民健康保険料の高さに不満を持つ人は多いだろう。文句を言っているだけではどうにもならない。本書を読んで、まずは考えることから始めたい。

医療経済の嘘 病人は病院で作られる』(ポプラ新書)
森田洋之 著 
800円(税抜き)

田之上 信